5 水の町ウルタ
「徐々に」と書くと変なポーズをしたくなるのは、例の漫画のせい。
西の国を目指し、少しばかり大きな町に着いた。
着いたのはウルタという町で、名水が沸くことで有名な水の町だ。
豊かな土地にも恵まれ、名水を利用して作られる果実や農作物で有名な町でもある。
ここで作られる果実酒は、この町が属している中央国である聖アルクサード王国の特産品にも指定されている。果実酒の価格はピンきりだが、安い酒でもかなり美味い部類に入るだろう。
町の入り口には、衛兵の詰め所が備えられており、町への入場者を監視している。
町や都市に入る際は身元の確認がある。
これはどこの町や都市でも同じことだ。
身元の確認の前に犯罪履歴が調べられる。
犯罪履歴を調べる魔道具、それがカルマクリスタルだ。
順番が来て、詰所の中で俺とコロナは順番にクリスタルに触れる。
クリスタルに色の変化は現れなかった。
強盗、殺人、強姦、放火等の悪事を行ったものがクリスタルに触れれば、クリスタルは赤い輝きを灯す。色の変化がなければ犯罪歴がなく入るのは問題ないと判断される。これがなかったころは犯罪者の侵入を止められず、被害の多い時期もあった。
500年ほど前、俺たちは偶然、生き物には業罪という値が付与されていることを知った。
善行を積むものは業罪値が低く、悪行を繰り返すものは業罪値が高くなる。
これはその生き物の死後にジャッジを下すために神が与えらたものだと俺たちは推定している。
正確には分かっていないのが実情だ。
そもそもは防犯アイテムを作ろうというお気楽な考えで、カルマクリスタルの開発・制作に着手した。実験に実験を積み重ね、20年という歳月を得て、特殊な方法で魂に刻まれている業罪値を読み出し、一定以上の値を反応させることに成功――そして完成した。
検証するのに盗賊どもを潰しまくったのは懐かしい思い出だ。
魔族以外の国に配るのは気を遣ったが、魔族が関わったことはばれず、俺たちの目論見通りに世界的に普及することも成功した。
どこかの国の教会が、カルマクリスタルのシステムは自分たちが開発・作成したものだと豪語したときは呆れたものだが、魔族の関わりを隠したい俺たちにとって、いい隠れ蓑になってくれたのでそのままにしてある。
詰所を抜けると次は門番だ。
「コロナ、入り口でギルドカードを提示するから用意しておけ」
「はい、おじい――ウォルフさん」
まだ口癖が抜けないのか。
親しくなったからか、コロナが俺を呼ぶときに間違えておじいちゃんと呼びそうになる。
アビエルが生きていたころは、こんな感じのやり取りだったのだろう。
身元を示すには町や都市が発行している身分証、各種のギルドカードもその代わりになる。
身分証やギルドカードを持たないものでも、多少の手間はかかるが町に入れてもらえる。
入場料として税金を納めれば数日間だけ滞在許可が下りる。
滞在許可期間を過ぎるまでに身分証やギルドカードを発行して貰わないと、犯罪者同様に扱われ衛兵に捕まり大抵は奴隷落ち、最悪死刑もあり得る。
門番に俺のカードを示す。
俺のカードには、次の表示がされている。
商人ギルドカード
名前:ウォルフ
種族:人間
性別:男
年齢:28
レベル:8
職業:商人
ランク:D
所属:ミハエル王国
組合:個人
「商人か。その子はお前さんの子供かい?」
「俺の護衛に雇っている冒険者だ。コロナ、カードを見せろ」
「はい、どうぞ」
門番はコロナからカードを受け取ると、疑わしそうにコロナを見る。
冒険者に見えないよな。見た目ちっこいし、童顔だしな。
「ドワーフにしては細っこい奴だな」
「私は人間です! カードにもそう書いてあるでしょ!」
「ああ、本当だ、すまんすま……お嬢ちゃん本当に18歳か?」
「嘘じゃないです。カードに嘘は書けないでしょ!」
「まあ、そうだが。そう怒るなお嬢ちゃん」
コロナはプンスカ怒ったが、迫力がないからか、あまり門番に伝わっていない。
コロナが言うように身分証やギルドカードに嘘は記述できない。それはこの世界の一般常識だ。
貴族や一般人が持つ身分証、冒険者や商人、聖職者が持つギルドカード。
このすべてが偽造できないはずなのだが――できるんだな、これが。
実際、俺のカードは嘘だらけだ。
俺の偽カードは適当な情報が書き込んである。
更新させるプログラムも備わっていない。
外部からの干渉を防ぐロックを俺自身がかけているだけだ。
何故こんな真似ができるのか。
元はといえば、このカードも300年前くらいに俺たちが作り上げたものだからだ。
これも苦労した。
偽情報を書き込めないようにするプロテクトの構築に時間がかかったが、カルマクリスタルに比べると比較的楽に完成した。それでも10年ほどかかった。
鑑定魔法で読める範囲のデータをカードに転写、外部からの干渉を一切排除するプロテクト、ランダムタイムで鑑定魔法と転写して更新する仕組みでできている。
これも、あっという間に他種族に普及出来た。
種族を問わず便利なものは使われるってことが証明された一品だ。
ただ、このカードには欠点がある。
対象はこの世界でも数人だけに絞られるが、レベルが高すぎると効果がない。
レベルが100未満であればカードに反映できるが、それ以上ともなるとエラーを起こす。
鑑定魔法の効果対象がレベル100未満となっているがために起こる現象だ。
俺もその一人だ。
人間の寿命だと100レベルに達することは、ほぼ不可能。
100歳まで生きたとしても、後半になればなるほど必要な経験値は桁違いに多くなる。
レベルは40を超えると達人の域、50を超えると英雄の域。運に恵まれたり、凡人でも頑張れば30くらいまでなら到達できるが、一年に1レベル上げるだけでも相当強い魔物を倒し続けなければならない。
コロナの中にいるナナのレベルが51で英雄レベルだ。
俺がナナを化け物だという理由だ。
たかだか15年であそこまでレベルを上げれるのは異常すぎる。
アビエルがナナにどんな修業をしたのか気になるところだが、ナナに聞いても教えてくれなかった。
チェックを終え、俺とコロナは町に入ることができた。
村と違って、町を行き交う人の数が多い。
エルフやドワーフといった亜人は少ないが、獣耳や尻尾を持った獣人はそこそこいる。
コロナはエルフ村で育ったため、これほど大きな町に来たことがなく、田舎者丸出しのようにキョロキョロし、何かを見つけては興奮して報告や質問してくる。
「おじい――ウォルフさん、ほらほら陸亀が売ってますよ。おっきいです、乗れそうです」
「ああ、あれ一応魔物だからな」
「おじいちゃ――ウォルフさん、あそこにあるの食べ物ですか? なんだかいい匂いがします」
「あれは菓子の類だ。甘いから食べ過ぎると太るやつ」
「おじいちゃん――ウォルフさん、あの建物に人がいっぱい集まってますよ、何でしょうか?」
「何だろうな? あとで覗いてみるか」
「おじいちゃん――もう、ウォルフさんのことおじいちゃんでいいんじゃないでしょうか?」
「おい、既成事実を重ねて徐々に侵略するな。この俺の容姿でおじいちゃんはおかしいだろ」
「おじいちゃんもエルフだったから、見た目は若かったですよ?」
そう、そこだよ。俺が分からないところは。
何でアビエルはこいつに『おじいちゃん』なんて呼ばせてたんだ?
アビエルは年齢こそあったが、見た目は俺と同じような若さの持ち主だった。
「数百年も生きていたらおじいちゃんでしょう」
合ってる。確かに千年生きてるし、アビエルも800歳は越えてた。
生きた年数で言うなら、確かに年寄だっていうのも分かる。
でもな、それを認めたら駄目な気がするんだよ。
老いがあって初めておじいちゃんだろ。
俺もアビエルも老いには縁が遠い存在だぞ。
「おじいちゃんは一度もこのことで文句言いませんでしたよ?」
アビエル、ちょっと化けて出てこい。
お前に説教したいことができた。
お前、コロナに甘すぎだろ。
☆
少しばかりこの街に滞在するつもりだ。
コロナが旅自体あまり経験がなく、疲れを癒す時間が必要だと考えた。
それとコロナがエルフ村からほとんど出たことがないと口にしていたのを思い出し、初めて来た町の観光くらいさせてやろうと思ったからだ。
この町は広いし、見ごたえのある物も多いから日数は必要だろう。
急ぐ旅でもないので焦る必要はない。
物見遊山に歩いていると、青の水晶亭という宿屋を見つけた。
町一番ではなさそうだが、それなりにいい構えの店だ。
中に入ってみて聞いてみると、宿泊費は朝夕の食事代込みで一泊一人銀貨2枚。
風呂の施設もあるようなので、この宿に決めた。
コロナは宿泊値段が高いと目を丸くしていたけれど、オーク1匹の討伐報酬が一泊で飛ぶんだから、そう言われれば高いか。とりあえず5日分として銀貨20枚を払っておく。
部屋も空いていたので、別々の部屋を取ろうとしたが、何故かコロナに阻止された。
部屋に入ったあと、コロナにどうするか聞いてみると、町の見学に行きたいと言い出した。
町に入ってからずっとキョロキョロしてたからな。
部屋を出て、宿の受付にいる女の店員に聞いてみる。
「出かけるが、この時期にこの町で見ごたえがあるところとか、お薦めはないか?」
「今の時期なら町の広場から北にある水車群ね。年中見ごたえはあるけれど、今が最高よ」
「見たいです!」
よしよし、分かったからコロナは落ち着け。見た目以上に幼い感じがするから落ち着け。
迷子になってもいいように、コロナにマーカーだけはつけておこう。
お読みいただきましてありがとうございます。