3 おじいちゃんと呼ばせない
ぺしぺし音を耐久で聞きたい件
少し眠れなかった。
コロナの話によると、アビエルは半年ほど前に病気で亡くなっていた。
凄腕の剣士も病気には勝てなかったか。
俺が気付いていれば、俺に知らせてくれれば、アビエルはまだ生きていられた。
だが、あいつは俺に連絡しなかった。
あいつは死ぬことを受け入れたのだろう。
未練はなかったのだろうか。
コロナの話だと、最後の最後に笑って頭を撫でてくれたと言っていた。
「頑張って生き抜け」
それがアビエルの最後の言葉だったらしい。
多分、あいつは幸せの中で逝けたのだろう。
コロナは俺より早く寝たのに、遅く起きてきた。
俺が起きてから軽く1時間くらいあとだ。
なんでもアビエルと一緒に暮らしていたころは、10時間は寝るのが普通だったらしい。
いくらなんでも寝すぎだろ。
「ていっ、てりゃ、へぶっ、とりゃっ、そいやぁ、あぐっ………………」
コロナに朝の修行用に出してやった木人ゴーレムを相手にさせてみたが、健闘むなしく反撃を受けてのたうち回ってる。これ、そこらの子供でも勝てるレベルに設定してるんだぞ?
「……お前、この世界で生きていくには弱すぎるな」
アビエルよ、お前の認識ちょっと間違ってるぞ。
普通、こんなの置いていったら未練残るだろ。
化けて出てこい、説教してやる。
☆
「まさか、ウォルフさんがおじいちゃんのお知り合いだとは思わなかったです」
「ああ、俺もまさかお前がアビエルに育てられたとは思わなかった」
旧友であり、仲間でもあったアビエルが拾って育てた人間の子――コロナ。
何の因果があって出会ってしまったのか。
旧友のことを思うと、このまま捨て置くには忍びない。
「おいコロナ。お前が良ければ王都じゃなく俺のところで暮らすか?」
「ウォルフさんのところでですか?」
「働き口ならいくらでもあるからな。多分、大丈夫だと思う」
問題はあいつらが納得するかだが。
アビエルの名前を出せばいけると踏んでいるが、納得してくれない可能性も否定できない。
しかし、俺の中ではすでに拠点へ連れて行くしか選択肢が浮かばない。
もし万が一駄目だった時でも、こいつが安寧な生活を送れるように手配してやろう。
それぐらいなら、あいつらも文句を言うまい。
「私でいいんですか? 大したことできませんけど」
「お前がいいならそれでいい。俺の拠点はここから遠いからな。それまで修行は付けてやる」
「頑張ります!」
コロナはふんすと鼻息を荒くして、気合をいれているがどうなることやら。
こいつの剣を見た限りだと全く期待ができないんだよな。
「ところで、ウォルフさんって何歳なんです? おじいちゃんの知り合いにしては若すぎるような」
「俺か? 確か今年で……1020歳だったと思う」
「おじいちゃん……私が田舎者だからってウォルフさんが馬鹿にするよ」
「おいおい、マジな話だぞ。1000年は確実に生きてる」
「エルフでもなければそこまで生きられませんよ。おじいちゃんでも800歳だったのに」
アビエルが俺の元から離れていったのは、100年以上前の話だ。
俺の元から離れた理由も剣の修行に300年くらい行ってくるってのが理由だった。
人間の寿命に比べれば、確かに長すぎるのだろう。
「そんなの魔族だったら普通だぞ。俺も魔族だし、いつ寿命で死ぬか自分でも分からん」
「へ?」
青い目をパチクリとさせ、考え込んでいるコロナ。
どうやら俺の言葉を咀嚼しているらしい。
一気に血の気が引いたのか、青ざめた表情を浮かべる。
「ま、魔族なんですか?」
カタカタと震えながら、俺に怯えた瞳を向けてくる。
「こらこら、誰から聞いた話か知らないが、魔族に対する偏見は止めろ」
「ぼ、冒険者の皆さんが魔族にだけは気を付けろって、おっしゃってました」
「まあ、人間は俗説を信じてるやつが多いからな。実際、ちょっかい掛けてきて返り討ちにあったり、かなり痛い目にも遭ってることもあるしな。ひどいときは国が亡んだりもしたことがあったっけか」
「それは俗説というより、事実になるのでは?」
「ひとつ言っておくぞ。戦争を仕掛けてくるのはいつも人間からだ。俺たちから仕掛けたことなどただの一度もない」
「ひっ」
おっと、脅かすつもりはなかったが、コロナがビビってしまった。
ちょっと眼力を強め過ぎたか。
気を付けよう。
「まあ、他種族を理解するのは時間がかかるからな。絶対に分かり合えない部分もある。今は基本的に平和だ。国と国が大きく争っているところもないし、魔族への侵攻もない。こんな時間が長く続けばいいと俺たちは本気で思っている」
「ごめんなさい。不快な気持ちにさせました。実際、私を助けてくれて、世話までしてくれようというのに、魔族というだけで疑ってしまいました。おじいちゃんも種族は関係がない、つきあいは人自身をみて判断しろって言ってたの思い出しました」
アビエルらしい教え方だな。
昔のお前が一番種族に拘ってたことは、コロナには言わないでおいてやるよ。
会ったころはお前はエルフ絶対主義だったもんな。
「ということは、ウォルフさんもおじいちゃんなんですね?」
「それは認めない」
その期待したような目は止めろ。
☆
「ほれ、頑張れ」
「う~」
ぺしぺし。
ぺしぺし。
相変わらずの切れ味の悪さ。
逆にどうやっているのか興味が沸いてくるぞ。
反撃できない状態の魔物にこれでは思いやられる。
今日の魔物はダーズボア。
猪みたいな魔物だ。
こいつは何より肉がうまい。
肉目的で討伐されることの方が多い。
口の脇には鋭い牙が出ていて、突進による突き刺しをくらうと大ダメージになる。
一般の人間だと一発で死んでしまうこともあり得る。
だが、冒険者レベルで3が適正。今のコロナのレベル2でも十分倒せる相手だ。
今は、俺の手で最強武器である牙が折られ、動けないように両足を縛った状態で吊るしてある。
本来なら、血抜きをするために吊るすのだが、コロナの修行用に使うことにした。
頸動脈辺りに炭で印を入れ、その印を斬るように指示したのだが、かれこれ5分はたつが一向に斬れる気配がない。ぺしぺしと変な音が聞こえるだけだ。
「はい、時間切れ」
「す、すいません。また達成できませんでした」
「まあ、気長にいこうか」
仕留めたダーズボアは、血抜きをした後、俺のアイテム袋に収納した。
仲間への土産にしよう。
あいつら食欲魔神だからな。
「飯できたぞ」
「今日もありがとうございます。いただきます」
そういえば、コロナも見かけ以上に大ぐらいな食欲魔神なんだよな。
このちっこい体のどこにあれだけの量が消えるんだか、不思議だ。
☆
コロナと共に行動し始めてから数日。
ようやく近くの村にたどり着いた。
村には小さいながらも宿屋やギルドがあるようだ。
「お前そういえば冒険者登録してるの?」
「前に街で登録しました。成人した年におじいちゃんに連れて行ってもらったんです」
成人がおじいちゃんに連れて行ってもらうなよ。
アビエルお前こいつに甘すぎるだろ。
「お恥ずかしい話、自分だけで登録に行ったら追い返されまして。おじいちゃんが一緒じゃなかったら受け付けてもらえなかったんです」
アビエルごめん。
お前、こいつを育てるの苦労していたと思う。
とりあえず宿をとることにした。
風呂もない小さな宿屋だ。
今はちょうど旅の商人が来ているらしく、空き部屋は一つしか残っていなかった。
「コロナ、俺と相部屋だけど構わないか?」
「大丈夫です。おじいちゃんとも街に来た時はそうしてました」
「そ、そうか。じゃあ二人で一泊頼む。食事はいらない」
「銅貨20枚、前払いしか受け付けないよ」
相場よりも高い気がするが、前払いで二人分の宿泊代として銅貨20枚を渡す。
村には酒場を兼ねた食堂があるらしいので、食事はそっちを利用することにした。
部屋の鍵を貰って部屋に入る。
腰を落ち着けたかったが、部屋の狭さに落ち着かない。
「狭い部屋にベッドが一つかよ。これ完全に一人向けの部屋だな」
「私は一緒に寝るの全然平気ですよ。おじいちゃんが生きてたころは毎日一緒に寝てましたよ」
どうしよう。
俺の仲間であり、旧友でもあったアビエルにロリコン疑惑が急浮上してる。
あの堅物に何があった。
「私が勝手におじいちゃんのベッドに潜り込んでただけなんですけどね」
ごめんアビエル。
お前は無実だった。
「ウォルフさんだと安心して寝られます。おじいちゃんみたいな感じがするんですよね」
アビエル、お前が拾って育てた子は危機感が薄いぞ。
俺がコロナに欲情することはないけれど、成人女性としてはどうなんだと言いたい。
あとコロナよ、俺におじいちゃんポジションを求めるような視線を向けるのは止めようか。
この後、二人でギルドに向かう。
コロナはアイテム袋から冒険者カードを取り出し受付に渡す。
カードには魔物を討伐すると記録が残される。
コロナは出会った時にオークのとどめを刺したので報酬が貰えるのだ。
「お嬢ちゃんここら辺で見かけない服を着てるね。どこの国の衣服だい?」
「西の国だ。ここらじゃあまり見かけないだろう。俺は商人なんでね。宣伝兼ねて着てもらっている」
嘘だ――俺のお手製だ。
コロナの元々着ていた服があまりにもズタボロだったから作り直した。
「そうだねえ。あまり見かけないねえ。お嬢ちゃんによく似あってるよ」
そう言われて、コロナは愛想笑いを浮かべていた。
コロナは報酬として銀貨2枚を受け取った。
オークを倒したコロナに受付の人が絶賛していたのが印象的だった。
オーク一匹で銀貨2枚か。割と良い報酬だ。
「オークはゴブリンとかに比べると強敵ですからね。ベテランならともかく、私みたいな初心者冒険者とかなら1対1だと殺されちゃいますよ。私は運が良かったんです」
そんなもんか。
コロナだったらゴブリン相手でも危険すぎるような気はするが。
幾つかの商店を回り、掘り出し物がないか物色。
大したものはなかったので、酒場兼食堂に向かう。
適当に食事を頼み、雑談としゃれこむ。
「エルフって、上手に木から木へ飛び移るんですよ。私、それがいつまでたってもできなくて」
「いつだったか、小っちゃい頃に無理しちゃって、木から落ちて死にかけたことがあるんです」
「もうそれからというもの、10歳くらいまで木に登るのも禁止されたんですよ。みんなひどいんです。村の人全体で見張るのってどう思います?」
「おじいちゃんに背負ってもらって、森の中を駆け巡ったときは楽しかったです」
コロナは食事の時にエルフ村での出来事をよく話す。
必ずアビエルの話が出てくるので相当懐いていたのだろう。
よかったなアビエル。お前の苦労が実っているぞ。
コロナの話だと、アビエルから剣を教わったことは一度もないという。
アビエルの存在も大きかったようだが、赤子の頃から村で育っていたので仲間はずれにされることはなかったらしい。逆にエルフの村人から可愛がられている節も見えた。
ただ、身体能力や魔法面で種族の違いが出てしまい、本人はコンプレックスを感じていたようだ。
「エルフって成人までは人間と同じように成長するんです。友達も後から生まれた子供たちもどんどん私を追い抜いていきました」
コメントしづらいから止めろ。
やっぱり身長のことは気にしてるんだな。
夕食を終えて、宿屋に戻ってくる。
特に何もすることがないので、ベッドで横になる。
「ふふ、なんだか懐かしい感じです」
俺の横でコロコロと転がりくつろぐコロナ。
俺が横になると、気にもしないように追従して、俺の横に転がってきた。
あえて言っておく。
「コロナ、俺はその気がないから大丈夫だが、世の中には紳士という名の変態もいるから気を付けろ」
「わ、凄い。おじいちゃんと全く同じこと言ってます。懐かしいです」
すでにアビエルから聞いてたのか。
分かってんのかこいつ?
翌朝、目が覚めると、コロナが俺にしがみつくようにして寝息をたてていた。
アビエル、お前どうすんだこれ、こいつ全然分かってないぞ?
お読みいただきましてありがとうございます。