2 アビエル
じいちゃん子が可愛いと思う件
冒険者たちの弔いが終わったあと、コロナと同行して歩みを進める。
コロナ一人で旅を続けるにしても、魔物に遭遇すれば終わるのが目に見えている。
お礼に自分の身体を差し出そうとする脳味噌の軽さも心配になった。
とりあえずせめて、近くの村にたどり着くか、通りすがりの馬車にでも乗せてもらえるまでは面倒を見てやることにした。
歩みを進めているが、背が低いからか、こいつの歩幅が少ないのか、歩みは遅い。
俺が目算していた、3日で近くの村にたどり着くのは無理な気がしてきた。
よくオークに追いつかれなかったものだ。逃げ足だけは速いのかもしれん。
日も沈み、街道沿いの大きな岩場で身を休めることにする。
身の丈の数倍はあろう大岩が数個並ぶ。
これなら隠すのに十分だろう。
街道から見えない位置に移動し、アイテム袋の中から小さな家を取り出す。
突如現れた家に、コロナが目を丸くしてひっくり返った。
お前オーバーアクションだな。
「な、なんですかこれ!?」
「何って、持ち運びしている家だが?」
「家を持ち運ぶなんて見たことも聞いたこともありませんよ!」
今、ここにあるだろう。
念のため、周りから見えないように隠蔽しておこう。
『虚像』
今回は空間認識を阻害しておけば問題ないだろう。
離れたところから見れば、ここに家があることを認識できないはずだ。
「まあ、ともかく入れ。あ、お前よく見たら随分と汚いな。よし、先に風呂に入れ」
「お風呂まであるんですか!?」
それがどうした。
俺は風呂が好きなんだ。
旅をするのに風呂は必須だろ。
俺はコロナを浴室に連れて行き、操作を教える。
蛇口には魔石を備えており、それに魔力を流すことで作動させる。
魔石の扱いは一般化されているので、コロナでも問題なく使える。
魔石は光、闇、炎、水、風、土、雷、無属性の8種類。
小さいと壊れやすいが、壊れるまでずっと利用できるのが魔石のメリットだ。
魔石の大きさはそのまま効果の大きさに繋がる。
この風呂場に置いてある魔石は、俺のこぶしくらいの大きさで、十分な余力がある。
赤い炎の魔石と青い水の魔石を操作する。
魔力を流し込み、蛇口から適温のお湯が出てくるよう調整する。
コロナの薄汚れた服が目に付く。
衣服は嵩張るだろうし、見るからにボロボロだし。
「お前、着替えはあるのか?」
「す、少しだけなら」
「ふむ、ちょっとそのままじっとしてろ」
『身測』
魔力で緩やかな風を操作し、コロナに纏わせる。
コロナをまとった風は、コロナの寸法を正確に計測していく。
身長:135㎝
体重:30㎏
B:86㎝
W:58㎝
H:88㎝
ドワーフかよ。
いや、ドワーフならもっと体重あるよな。
痩せのドワーフかよ。
予想通り胸は大きかった。
もしもこいつを拠点に連れて帰ったら、確実にあいつから敵認定されることだろう。
コロナはきょとんとしている。
気にするな。
俺が勝手にお前の知らないところで色々把握しているのと、お前が知らない奴のことで少し不憫に思っただけだ。
アイテム袋から木綿糸と絹糸を数種類取り出す。
ついでに、風呂用タオルと上がったとき用の大きめのタオルも用意。
イメージ的に簡単なのはワンピースか。
下着は拘らず、覆えるものであれば問題ないだろう。
しかし、普段おねだりされてることが役に立つとは思わなかったな。
『装備創造』
コロナの身体情報を基にイメージを固める。
この魔力操作は慣れに慣れてしまっているのでお手の物。
木綿の糸と絹糸が空中に踊りだし凄まじい速度で紡がれていく。
ワンピース、肌着シャツと下着がコロナの寸法ぴったりに完成した。
「これ、お前の着替えな」
「い、今のなんですか!? 勝手に服ができましたけど」
「いや、魔法で作っただけから。作るの慣れてるし」
「ウォルフさんって、ものすごい魔法使いさんなんですか?」
「どうだろうな」
部下にねだられ、そいつの下着を作る上司ってのは、すごい魔法使いなのか?
それに魔法は使えるが、俺の職業は魔法使いではない。
俺の職業は旅商人だ。今は便宜上そうしている。
「まあ、ともかく風呂に入れ。飯の用意をしておいてやる」
「わ、わかりました。何から何までありがとうございます」
コロナを風呂場に残し、俺はキッチンに立つ。
南方の土地で手に入れた地鶏肉を使って料理を始める。
焼き物で済ますつもりだが、香辛料をふんだんに使って、カレー味にするのもありだろう。
味の好みもあるから、数種類作っておくことにしよう。
スープとパンはアイテム袋に出来立てが入っている。
流石、世界に二つとない奇跡のアイテム袋だけはある。
完全に時間の概念を無視している。
おかげで食料品とかが腐らない。
パンもスープも出来立てほやほやの状態で収納されている。
生き物は入れられないが、作り置きが仕舞えるのでとても重宝している。
あいつ好き嫌いあるのかな?
☆
風呂から上がってきたコロナ。
俺の作ったワンピースを身に着けている。
テーブルに並ぶ料理を見て目を丸くする。
「……何ですか、この豪勢なお料理は」
「飯は大事だ。しっかり食え」
「いただいてよろしいのですか?」
「そのために用意したんだ。気にするな、ほれ」
椅子を引いてやると、明らかに戸惑っているようだったが、素直に座った。
「ん、どうやら服の作りは問題ないみたいだな」
「ありがとうございます。ぴったりです。なんでサイズとか分かったんです?」
「魔法でちょちょいとな」
「魔法って便利なんですね。とても着心地が良いです」
「それはよかったな。それはお前にやる。俺も飯を食ったら風呂に入る。さっさと食うぞ」
「重ね重ねありがとうございます」
俺は対面に移動し、アイテム袋からスープ鍋とパンを取り出す。
器にスープを注ぎコロナに渡す。
皿の上にはパンを数個置いておく。
「好きなだけ食べていいからな。あと、スープは熱いから気を付けろ」
「色々とおかしいですが、もう諦めました。いただきます」
どうやらコロナは何かを悟ったらしい。
☆
風呂から上がると、コロナが剣を胸に抱いて窓から見張りをしていた。
「何してるんだ、お前?」
「一応、見張りをと思いまして。冒険者の方たちとは、いつもそうしていたので」
「見張りなら、家の周りにいるぞ? 護衛のゴーレムが地中に潜んでる」
正確には、俺のゴーレムじゃないけどな。
俺の護衛というより、俺の見張りと言った方が正解かな。
この条件だけは外してもらえなかったんだよ。
「だから、家の中で気楽に過ごしてても問題ないぞ?」
「……おじいちゃん。私、おじいちゃんや冒険者さんに教わった常識が分からなくなってきたよ」
コロナは窓から遠くを眺めてそんなことを呟いていた。
「ところでお前の寝床だが」
「ここで十分です。床で寝かせてもらえれば」
「あほか。ちゃんと部屋があるからそこで寝ろ」
寝室用の部屋は3つあり、俺が使っている手前の部屋以外なら好きに使っていいと告げる。
先に案内して、部屋を見せる。
「わぁ、家具もついてるし、ベッドもある」
「布団はふかふかだぞ。この間、天気のいい日に干したばかりだ」
「……何かまた色々とおかしいと思うのですが、聞いても無駄な気がするので諦めます」
コロナは俺の隣の部屋を使うことを決めた。
ダイニングのテーブルに戻る。
そこでコロナから今までの話を聞いた。
「おじいちゃん村一番の剣士だったんですよ」
愛されていたのだろう、ほとんどがじいさんの話だった。
「おじいちゃん剣の腕ばかり磨いてて、魔法は苦手だったみたいですけど」
ああ、そういう奴いるよな。
俺の古い知り合いでもそういう奴がいた。
とても懐かしく感じる。
長いこと会っていないが、長生きする種族だから今も元気だろう。
会いに行けば驚くだろうか、旅の目的の一つに加えるのもありだな。
「すっごく強かったらしいんですけど、流石のおじいちゃんも病気には勝てなくて」
「本人は長い年月を生きたからいいと言っても、私はもっと長く生きてほしかったです」
「おじいちゃんが死んだあと、私だけ村にいるのは、ちょっと辛くて」
「エルフの村に人間がポツンと暮らしているのは、どうなのかなって」
コロナの話を聞いていたが、今おかしいことを言った。
「ちょっと待て。エルフの村?」
「はい。エルフの村です」
「お前、人間なのにエルフの村の出身なのか?」
「エルフの村育ちです。そこで捨てられていたからなんですけど?」
頭の中で糸が変に繋がる。
「もしかしてなんだけど、おまえのじいさんはエルフなのか?」
「そうですよ」
コロナは言った。
『おじいちゃんは剣の腕ばかり磨いていて、魔法は苦手だった――』
俺もそれで思い出した。
昔一緒に旅した仲間のことを、世界が不安定だったとき共に生き抜いた仲間のことを。
別れてから100年以上たっているけれど、今でも仲間だと胸を張って言えるやつのことを。
あいつなら捨て子を拾って育てるくらいのことをやりかねん。
「おまえのじいさん、もしかしてアビエルって名前?」
「ウォルフさん、おじいちゃんを知ってるんですか!?」
ビンゴかよ。
お読みいただきましてありがとうございます。