11 やっぱり出てきやがった
一号「……」
二号「……」
三号「……プル」
コロナ「はい、三号の負け」
三号「プルプルプルプルプルプル!」
ウォルフ「抗議は認めない」
※このシーンは本編にありません。
コロナに予定の変更について伝えた。
本来の予定は、明日の朝にこの町を出る予定だったが延期することにした。
理由はただ一つ、孤児院をこのままにしておけないからだ。
「この町での滞在期間を延ばすんですか?」
「ああ、孤児院の商売が軌道に乗るまでとは言わないがしばらく様子を見たい。調べたいこともあってな」
「私は全然構わないですよ。ところで、調べたいことって何ですか?」
「ああ、些細なことだ。コロナは気にしなくてもいい」
調べたいのは、孤児院がここまで酷い扱いを何故受けているのかだ。
普通、孤児院は町からの補助金で運営される。
贅沢はできないが、衣食住に関して困ることはないはずだ。
事のきっかけは孤児院の引っ越しから始まる。
院長先生の話だと二か月ほど前に今の施設に引っ越すように役人から言われ従ったらしい。
今の孤児院に引っ越し後すぐに追い打ちをかけるように補助金が打ち切られた。
緊急支援や補助金の申請に役所へ行っても既に渡されていると門前払いされる始末。貰っていないと何度訴えても通じず、院長先生は少しでも売れそうな僅かな家財を売って、子供たちに食事を与えていたそうだ。
よく今まで凌いでいたものだ。
何の罪もない子供たちをこんな酷い目にあわせた奴がいるのなら、俺がしようとしていることを邪魔する恐れがある。もしそういう奴がいるならば徹底的に排除すべきだ。
俺とコロナは早めに宿屋を出て孤児院に向かった。
子供たちに卵の採取方法と朝食を用意することを約束をしていたからだ。
到着してすぐにコロナはノーマを含む子供たちと一緒に卵の採集方法を教えに飼育小屋へ向かった。
俺はその間に子供たちの朝食を院長先生とジーマの三人で一緒に用意する。
院長先生がスープを作る担当。素材はシンプルに根菜と豆だ
俺は昨日捕ってきた卵と燻製肉を使ってベーコンエッグを作る担当。
それぞれ器に盛り付けたところで、ジーマに食堂のテーブルへ配膳していってもらう。
各テーブルの真ん中に置いてある大皿には、複数のパンを用意して盛っておく。
ほぼほぼ配膳が終わったところで、コロナとノーマたちが卵の採集を終えて帰ってきた。
子供たちの手にした籠には、大きさこそ違いはあれど卵がしっかりと入っている。
「おじい――ウォルフさん。卵集め終わりました。全部で84個ありましたよ」
「お、初日でそこまで産んでくれたか。思ったよりも随分多かったな」
捕まえてきたばっかりだからストレスで半分は産まないと思っていたが、これは上出来だ。
「よし、とりあえず籠はそこに置いておいて、手を洗ってこい。揃ったら飯にするぞ」
「「「「「「はーい」」」」」」
うん、元気な返事でよろしい。
やっぱり子供はこうでなくっちゃな。
ちなみにコロナは混ざらんで良いからな。
子供たちと一緒になって手を上げて返事しなくてもいいと思うぞ。
朝食終了後、子供たちに土魔法で作った卵を入れる器を渡す。
商人ギルドで商品の提示をするために、採ってきた卵をなるべくサイズの近いもの同士で器に詰め込んでもらう。一つの容器に卵が4個入り。売り物にできないような小さな卵は除外し、用意できた容器の数は合計20個。今日はこの卵のパックを交渉のテーブルに乗せに行く。
子供たちの世話をコロナに頼んで、俺と院長先生は商人ギルドへ向かった。
☆
院長先生――ナリザさんと一緒に商人ギルドに行って話を着ける。
ナリザさんが商人ギルドのマスターと顔馴染みで、思ったよりも楽に会うことができ交渉に入れた。
やはり、卵の安定供給となると、商人ギルドとしても願ったり叶ったりの案件だったようだ。
ギルドマスターから契約するにあたって条件を求められたので考えていたことを話す。
俺から出した条件は三つだ。
一つ目の条件は運搬・販売に関してはギルドが手配し責任を持つこと。
運搬、販売に関してギルドに丸投げするのが最も子供たちへのリスクが少ないだろう。
二つ目は孤児院の経営をサポートする職員を派出すること。
ナリザさんたちは商売の素人だから経理面や契約面でのサポートが必要だ。
三つ目は孤児院が運営できる分の利益は確保すること。
卵を庶民のものにしたい俺としては安売りすることは大歓迎だが、孤児院の運営に支障が出たら元も子もない。支障が出ない範囲でなら安売りも構わない。
俺の要求にギルドマスターは「たったそれだけか?」と面食らったように訝しんだが、ギルドマスター自身も孤児院のことは気にしていたらしく、快く条件を引き受けてくれた。
俺は別件でギルドマスターと話がしたいと言って、ナリザさんにはギルドから紹介してもらった職員と一緒に今後の仕事について別室で話をしてもらうことにした。
「別件とは?」
「今の孤児院の土地と建物についてだ。あそこの所有者は分かるか?」
「……あそこはうちが管理している土地だ。誰も手出しはできん。その点は安心しろ」
「元の孤児院はどうなったんだ?」
「売りに出されて買い手も見つかっている」
「売ったのは誰だ?」
俺の質問にギルドマスターは苦い顔をする。
どうやら相手のことを知っているようだ。
「……詮索するのはやめとけ。相手がちっと悪い」
「誰だ?」
「……領主の息子だ。領主から一部の仕事を引き継いでいるが、碌な噂は聞こえてこねえ」
「領主はこのこと知っているのか?」
「お人好しな領主は怪我をした友人の代わりに王都勤めに出ていて去年から不在だ。帰ってくるのは来年以降になる。それで留守を預かっているのが甘やかされて育った息子でどうしようもないバカだ」
ありきたりの話にがっかりだ。
どうやらここの領主はまともらしく人望もあるらしいが、その息子はろくでなしのようだ。
「親の目があるうちは大人しいんだがな。一人なった途端、権力を振りかざした横暴なことが多くてよ。何度か介入したこともあるが、孤児院の件は俺の目を盗んでやりやがった。狡賢くなってやがる」
「ドラ息子の名前は?」
「ザハトン。ザハトン・フラウムだ」
孤児院の件はギルドマスターも腹を据えかねていたようだ。俺の話をあっさりと飲み込んでくれたのもそう言った背景があったからだろう。
商人ギルドを出たあと、単独で他にも町の人たちからドラ息子について情報収集してみると、まあ権力を使った横暴の数々が出るわ出るわ。
ピンハネくらいは可愛い方。
詐欺まがいな手で財産の没収。
色々と邪魔になりそうな相手を暴力使って潰している。
唯一の救いが、人殺しにはまだ手を染めていないことくらい。
もし、これでドラ息子が孤児院に手出ししてきたならば、父親であるお人好しの領主とやらには悪いが、キツイお灸を据えてやろう。
☆
鶏の飼育を始めて一週間。
俺たちは宿屋を引き払い、孤児院の空き部屋を一つ使わせてもらい、寝泊まりさせてもらっている。
今日も商人ギルドが手配した運搬員が受け取りに来て、院長先生が卵入り容器を明け渡す。
子供たちは俺やコロナが教えたことをちゃんとこなし、今日も無事に朝の仕事を終えていた。
「院長先生も子供たちもお仕事に慣れてきたみたいですね」
「ああ、そうだな。最初の頃は鶏を怖がる子供もいたみたいだが、それも克服できそうだ」
商人ギルドから聞いた話だと、卵の売れ行きもいい調子らしい。
なんでも大手の商人や食堂の経営者から、一定数の予約まで持ちかけられているそうだ。
「ところで、ウォルフさん。お腹が空きました」
「ああ、もうちょいで終わるから、席について待ってろ」
「どうですか、ジーマは」
「ああ、あの子は料理人になれる素質あるわ。覚えるのも早い」
台所で所狭しと料理に励むジーマの姿。
今日はジーマがこの町に伝わる朝食料理を俺たちにご馳走してくれるらしい。
孤児院に移ってから、ジーマが俺に料理を教えて欲しいと言ってきた。
初日に俺が振舞った数々の料理を自分で再現したいそうだ。
元々孤児院で院長先生のお手伝いをしていたからだろう、刃物の扱いや器具の使い方には慣れていた。
基礎があるなら、あとはレシピを教えて、経験を積ませればいいだろう。
この町で揃えられる食材の調達から、下ごしらえ、実際の調理、盛り付けまで教えた。
朝食が出来上がり、配膳を済ませ、俺もみんなと一緒にいただく。
テーブルにあるのは、河で取れた魚を塩ゆでし、根野菜と一緒に煮たものだった。
少ししょっぱいが、臭みや苦みはなく、素材の味もしっかり楽しめる。
臭みや苦みを消すために生姜のようなものを入れているようだ。
うん、口にすれば体がほんのり温かく感じられ、冬ならばもう一ついいかもしれない。
「あのウォルフさん、この地方に伝わる料理なんですけど、お口に合いますか?」
「ああ、美味いよ。魚の肉と野菜で栄養面も問題ない。まあ問題があるとしたら分量かな。ちっちゃい子はまだしも育ち盛りの男の子にはちょっと物足りないぞ」
「はい、気を付けます」
朝食が終わったあと、俺はコロナの訓練を開始。
女の子たちは俺たちを気にせずにスライムたちと一緒に遊んでいるが、やはり男の子はこういったことに興味があるのか、興味津々に俺たちの周りで見学していた。
まずは軽い素振り。この時のコロナは様になっている。
上段からの斬り落とし、手首を返して斬り上げ、体全体を回転させながら横斬り。
剣の速度的には物足りないが、十分に力強さは感じられる。
何より、コロナの剣を振るう姿は懐かしさと美しさを感じられた。
「ああ、そうか。懐かしいと思ったらアビエルと同じだ」
俺の独り言が聞こえたのか、コロナが動きを止めてにかっと笑う。
「おじいちゃんの日課を毎日横で見てましたから、見様見真似で、おじいちゃんのと比べると全然駄目ですけど」
そう言ってコロナはまた真剣な表情に戻り、素振りを繰り返していく。
体が温まったところで、今度は俺を相手に打ち込み。コロナの剣を受け止めるだけで俺は反撃しない。これも型通りに打ち込んでいく。
ぺし。
ぺし。
ぺし。
何故だ。練習用の木剣とはいえ、こんな音が出る方がおかしいんだが。
どうやってこの音を鳴らしているのか、全く分からん。
複数回繰り返したところで、今度は受けと回避の練習。
上段、下段、中段と最初はゆっくりと、徐々に速度を上げていく。
「よっ、はっ、とっ」
「おう、その調子だ」
「ひょっ、ひゃあっ、ちょっ」
「ほれ遅れてきたぞ」
「ちょっ、速、す、ぎえっ」
「ほらほら、しっかり受け止めんか」
「あいだっ、ぐふっ、おふっ」
「よし、ここまで」
もう受け止めも回避することもできていない。
反応は悪くないんだが、いかんせんレベルが足りない感じだ。
「じゃあ、仕上げだ。今日の相手は……」
懐からサイコロを取り出し放り投げる。
「四か、今日は四式もっ君だ」
コロナの訓練用に作成した木製ゴーレムで、四式もっ君は両手斧タイプ。
一定量ダメージを与えると動きが止まる設定してある。
未だに六式まであるゴーレムのどれにもコロナは勝ててない。
「頑張っていいかげん勝てよ」
「がんばります。とりゃああああ! ていっ、てりゃ、へぶっ、とりゃっ、そいやぁ、あぐっ………………」
これは今日も勝てなさそうだ、成長しない奴め。
「誰か、誰かおらぬか! 我が主ザハトンからの命令書を持参した。責任者を出せ」
門のところで大声を張り上げている馬鹿が誰だか知らないが、あんな威圧的な態度を取ったりしたら子供たちが怯えてしまう。
俺が門へ向かうと、既に院長先生が話を聞いていて、顔を青ざめさせている。
「どうしました?」
「何だ貴様は?」
「ここに商売を委託した商人――ウォルフといいます。何だかすごい剣幕でしたが何か問題でも?」
男はふんと鼻で笑うと、俺たちに見せるように紙を広げ読み上げる。
「お前たち孤児院の連中は町から援助を受けて生活している。商売による利益を得ているのなら、今までに受けた補助金を返還せよ。返済する金額は金貨1000枚である。もし返済できないのであれば、この屋敷にあるものすべてを没収し返済金とする。なお、返済は分割にしてもかまわない。金利は年で1分。町の相場の十分の一だ。我が主ザハトン・フラウム様の慈悲に感謝しろ」
やっぱり手を出してきやがったか。
お読みいただきましてありがとうございます。