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10 ない物を売ればいい

一号、二号、三号を使ったスライム遊びを考えてみた。

女の子向け――お手玉。

男の子向け――キャッチボールならぬキャッチスライム。

初心者向け――シンプルに追いかけっこ。

中級者向け――積み上げろスライムタワー! 三匹しかいないけどね!

上級者向け――衣服が溶かされる我慢大会、ポロリもあるかも。

 新しい衣服を身に着けた子供たちが歓喜の声を上げ、新しくなった孤児院を探索している。


「お部屋が凄いことになってる!」

「窓にガラスもちゃんとある!」

「うわ、ベッドがある!」

「見て、家具も新しい。新しい服まで入ってるよ!」


 子供たちが自分たちの部屋を見て、その変わりように大きな歓喜の声を上げる。

 今まで床に藁組の敷物の上に雑魚寝だったらしい。これから暑くなる今の季節はいいが、真冬のことを思えばかなり厳しい環境だった。

 建物の大きさと人数から個人部屋というのは難しかったが、二段ベッドにしたり家具の配置を見直すことで、男女別の部屋を数室作ることは可能だった。今の倍の人数でも暮らせるようにしてある。

 まだ小さい子供は院長先生と同じ部屋にした。幼いうちはまだ院長先生のもとにいた方が安心できるだろう。


「ウォルフさん、私たちが借りている宿屋よりこの部屋の方が豪華な気がするんですけど?」

「いやいや、これぐらい普通だって、最低のものを揃えただけだぞ。これでも平凡すぎるくらいだ」

「あ、そうなんですか。これが普通なんですか、平凡なんですか」


 コロナの目が随分と遠くを見ているようなのは気のせいだろう。

 


 孤児院探索に出ていた子供の一人が「お風呂場が大きくなってる!」と言って、子供部屋へ駆け込んでくる。子供たちを引き連れて風呂場に移動する。


 子供たちは毎日風呂に入れなかったようで薄汚れていた。

 身を綺麗にするのは大事なことだ。そういう習慣は身に着けて欲しい。


 前に備え付けられていた風呂はとても小さなもので木製のたらいだった。水を溜めるのも井戸から水を汲んできて、湯を沸かすのも別の容器に入れてから薪で焚かねばならず、時間も手間もかかるしコストもかかっていた。この孤児院の状態だと数日おきすら入浴は難しかっただろう。施設はあるけど使えないなんて宝の持ち腐れだ。


 こういうことは徹底的に改善すべきだ。

 風呂は身も心も癒す最高のものなのだから。


 俺の持ち運びしている家と同じ、魔石で水と湯を供給する仕様に変更。

 大きめの魔石を備え付けておいたから、毎日使っても100年は使えるだろう。

 元の風呂場には無駄な造りが多かったので、元の世界の銭湯をモデルに全面改装した。


「ひろーい、これみんなで入れるんじゃない?」

「蛇口からお湯が出るよ!?」

「お風呂に鏡がついてる!?」 

「これ何か小さい穴がいっぱいついてるけど、どうやって使うの?」


 女の子がシャワーノズルを手に取って不思議そうに聞いてきた。

 この世界でシャワーを設置して使っているのは王侯貴族の屋敷か高級宿屋くらいなもので、庶民にはほとんど普及されていない。貴族でも持っているのは王家に近い上級貴族のごく少数だ。

 シャワーノズルを受け取り、蛇口を捻って水が流れ出るところを見せる。


「それはシャワーと言って蛇口を捻ったら水が出ただろ。これで頭を洗ったり体を流したりするのに、いちいちお湯を汲まなくてもいいだろ。あ、こら遊ぶなよ。濡れるだろ」

「……あー、これ貴族の家だ。それも相当上級なやつだ……」

 俺が何か言うたびにコロナの目つきが段々とジト目になってるんだが。


 風呂場で俺が使い方の説明をしていると、今度はジーマが血相を変えて「だ、台所が見たこともない器材だらけなんだけど!?」と風呂場へ駆け込んできた。


 またまた子供たちを引き連れて台所へ移動し説明していく。


 ふふん、これは俺の拠点でも使っている最新鋭魔導制御機ミニゴーレムを組み込んだ自慢の一品だ。

 オーブンやコンロは火の魔石を使用し過熱防止対策も完璧。排気設備は風の魔石を使用、煙の量を感知して適切な排気速度に変化させる。台所の天井には水の魔石をスプリンクラー代わりに火災防止用として備え付けてある。万が一魔石が消耗しても、制御用ミニゴーレムに交換するための術式を組み込んでいるので、交換補充は勝手にしてくれるから子供たちも安心だ。

 

 洗い物用に魔導食器洗浄乾燥機も設置してあるから食器洗いとかも楽になるぞ。これはミニゴーレム付きじゃなくても風、水、火の魔石と生活魔法で簡単に作れるんだが、意外と開発されていない。

 それから4畳半くらいとすこし小さいが冷蔵倉庫と冷凍倉庫も作っておいたから、これで食料品の保存問題も解決できるだろう。 

 

 魔石の力って、現代科学に匹敵するくらい便利なんだよ。

 制御するミニゴーレムさえ作れれば、ほぼ再現できる。

 前もって制御式を組み込まないといけない欠点はあるが、半自動化までは十分できる。


「……裏庭にできていた少し離れた大きな建物は何に使うんですか? 中が随分広い感じでしたけど」


 変わり果てた各所を見てまわっていたコロナが、ジト目で聞いてくる。

 何故そんなにジト目をしているのか分からないが答えておく。


「鶏の飼育小屋だ」


 どうも、人族というのは俺たちと比べると文化レベルが低い。

 やたらと戦争を起こしたり、魔物の大群に襲われて、文化が破壊されることがよくあるからだろう。

 特に食文化や流通が悲しくなるぐらい全然発展できていない。

 流通もアイテム袋があるとはいえ、保存のきくものしか広まらない。

 生ものや鮮度が命なものを大量に運ぶことができないのは致命的だ。

 世の中の商人が工夫と汗水をたらして販路を広げているが、まだまだ地産地消が主だ。


 魔族領だとドラゴン印のワイバーン宅急便とかフェンリル印のウルフ宅配便とかがあるんだよ。

 便利で速くて助かるんだが、魔族領限定で人族領への展開ができないのが残念だ。

 行ったとしても襲撃と誤解され迎撃される。最悪、殺される可能性があるから配送エリアは魔族領限定にされている。

 

 人族で高価な食材の代表格が卵。

 

 未だに鶏の住処に行って卵を採ってくるのだから効率が悪すぎる。

 捕まえてきて飼育するだけなのに、人族は何故かその方法を取らない。

 だから環境さえ整えてしまえば商売にできる。周りにない物を売ればいい。

 

「鶏?……ああ、地走り鳥のことですか。エルフ村にもありました。私もお世話していたんですよ。なんでもおじいちゃんが捕まえてきて、村での飼育方法を広めたそうです」

「そりゃあそうだろ。アビエルは俺と一緒に飼育やってたんだから、あいつに教えたの俺だぞ」

「でも、地走り鳥って飛べない代わりに足がすごく速いですよね。簡単に捕まえられないと思うんですけど。おじいちゃんはコツがあるって言ってましたね」


 そうなんだよ。あいつら姿格好はまんま鶏のくせに、この世界では「地走り鳥」って名前で、鶏よりもむちゃくちゃ足が速い。その分もも肉は引き締まっていて味はいいんだけど。


「あいつら馬鹿だからすぐに罠にかかるんだよ。一番簡単なのは落とし穴なんだ。5mくらいの穴掘っておけば飛び越えられなくて落ちるから」

「……普通、5mもの穴なんて簡単に掘れませんし、凄い労働力ですよ?」

「土魔法使えたら意外と簡単だぞ?」

「……エルフ村の魔法使いでもそんなことできませんよ。おじいちゃんこの人やっぱり常識がおかしいよ。あれ、もしかしておじいちゃんも同類だったの?」


 失礼な奴だ。アビエルが草葉の陰で泣くぞ?


「それじゃあ、コロナ。俺はちょいと鶏を捕まえに行ってくる。お前はここで子供たちに道具の使い方を教えてやってくれ。そのあとは遊んでていいぞ。夕方には戻るから」

「えっ、地走り鳥がいる所が分かっているんですか?」

「ああ、目星はついてる。それにあいつらコケコケうるさいからすぐわかる」


 ☆


 夕刻、鶏を捕まえ大きな鳥かごに入れて孤児院に帰ってきた。

 呼び鈴を押すと中にいたみんなが孤児院の玄関から出てきた。


「帰ったぞ。どうだ、たくさん捕ってきたぞ」


 籠の中にいる鶏を見えるように持ち上げる。

 何故かみんなの目は点なのだか、コロナだけが冷たい目を向けてきている。

 たかだが鶏を100羽ほど捕まえてきただけなのに、何故そんな冷たい目をするんだろう。

 

「……地走り鳥って小規模の群れでしか生息してないですよね。そんなに見つかるわけ……あ、そうでした。ウォルフさんでした。考えるだけ無駄ですね」


 どうやら、みんなの目が点だったのは捕獲数にびっくりしたらしい。


 王国中の野山を駆け回って、ちゃんと生態系は破壊しないように少しずつかき集めてきただけなんだが。ついでに見つけた卵も拾ってきておいた。卵も100個くらい見つけたから半分貰って残りは孤児院に寄付して晩飯にでも使おう。


 生け捕りとなるとアイテム袋が使えないから、高速移動するときに持って移動しないといけないのが辛かった。何度も手を突かれて痛かったぞ。この鶏は速さに耐性があるとはいえ、流石に俺の高速移動には耐えられないので、空気の壁で保護して全部無事に生きて連れてくることができた。


 新しく作った飼育小屋に捕まえてきた鶏を離す。うん、まだまだスペースには余裕があるな。

 これならあと200匹くらい余裕な気がする。無駄に土地が余ってて良かった。


 こいつらは腹が減ると機嫌が悪くなって攻撃性が増すが、基本餌さえ与えておけばおとなしい。

 寝床には卵を産みやすいように藁を厚めに敷いておいてやると、ほぼ毎日卵を産んでくれる。


 飼育小屋の出入り口は逃走防止用に2重扉にしてあるので、子供たちでも世話は大丈夫だろう。 

 最初の入り口のところに清掃道具と配合飼料を置いておく棚を装備させておく。

 ついでに清掃道具と棚に予備の配合飼料を積んでおこう。


 鶏用の配合飼料なら俺のアイテム袋にすでにトン単位であるから当座の分は置いていくが、仮になくなってもウルタなら餌の入手は簡単だ。ここなら低品質の売り物にならない小麦とかが安価で手に入る。あとは野菜のくずを適当に切って混ぜ込むだけでも十分に餌になる。ばらまいた餌を狙ってくる虫なんかも鶏の餌になる。


 準備が終わったところで、院長先生と今後の話について進めていく。


 捕まえてきた鶏の内訳は雄が10羽で雌が100羽、卵の採取が目的だから雌を多めに捕まえてある。一日当たりの卵の収穫量は最大100個。恐らく将来的に取引単価は下がっていくだろうが、安定供給ができるのであれば商人ギルドも専属契約を結びたがるはずだ。個別に販売するよりそっちの方が安全かつ確実だろう。商売自体は子供たちにさせるよりも本職に任せた方がいい。


「さて、院長先生。鶏どもの飼育と卵の採取と販売、これが俺のここでしてほしい商売だ。これをここの孤児院のみんなに依頼したい。この町の税は売り上げの一割と聞いたから、俺の取り分も一割にしよう。残りは経費もここから出してもらって、残りが依頼料ってことでそっちで取ってくれ。それでいいか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。卵1個で10銀貨はするんですよ。ど、どれだけ利益が出ると思っているんですか」

 

 利益が出るのが分かってるから、これを選んだんだが。

 院長先生は何が気に入らないのか。そうか条件が悪かったのか。


「よし、それじゃあ。俺の取り分をさっき言った半分でどうだ」

「いやいやいやいや、断っているんじゃなくて、さっき言われた条件でも貰いすぎなんですって!」

「な、何だと? おかしいだろ。税金とか俺への上納で売り上げの2割も取られるんだぞ。みんなの賃金とか餌代とか経費だって掛かるし、納品だって手間がかかるだろ。貰いすぎってことはないはずだ」

「この子たちに賃金!? あなた商売人としておかしいですよ?」

「俺はここにいる全員と契約したいんだ。奴隷じゃないんだから、ちゃんと働いたら報酬をやる。儲けたら働いたみんなで分かち合う。それでいい。それに俺もちゃんと自分の取り分を貰うと言っている。商談としてはお互い利益が成立しているだろ?」


 院長先生が大きなため息をつく。


「……呆れてものが言えません。ここまでの投資を考えると、完全にあなたが損をしているとしか思えないんですが」 

「いや世の中には先行投資という言葉があって、この商売は確実に儲かるから最終的に俺は損しない。それに投資したっていうけど、あんなの投資のうちに入らない。なんせ元は全部拾ったのだしタダ当然」


 実際、手持ちの材料ですべて賄っているわけだし、現金なんて一銅貨も使ってないからな。

 魔石だって迷宮で倒した魔物が落としたものだ。それこそ処理に困っているくらい保有している。 


「分かりました。商売は素人ですが、子供たちのために頑張りたいと思います。それで私は何をすれば良いのでしょうか? 今まで商売とかしたことがないのでどうすればいいか分からないのですが」

「明日、俺と一緒に商人ギルドに来てもらえるか、色々と話を着けて契約するから、俺の代理人をしてもらうから一緒に来てもらいたい。実際そんなに難しいことを要求するつもりはないから安心してくれ」 

「はい、分かりました。よろしくお願いします」


「よし、大人の話は終わりだ。お前ら、今日はいっぱい遊んだか?」

「うん。コロナお姉ちゃんとスライムちゃんたちといっぱい遊んだ!」

「そっか、よしよし。それじゃあ、お前ら腹減ってるよな? すぐに晩飯用意してやるけど、出来るまで時間がいるからそれまでまだ遊んでていいからな。コロナ任せたぞ」

「「「「「「はーい!」」」」」

 

 えっと、どこにコロナがいるか、マジで分からなかったんだけど。

 子供たちの中に混ざらないで貰っていいかな。


 俺が晩飯の用意をしている間に、コロナが子供たちに鶏の世話の仕方を教えたようだ。卵を産みやすい環境作りや掃除の仕方、卵の集め方、餌の与え方、逃げださせないための工夫なんかを教えたそうだ。


 明日は商人ギルドで商談だ。

 話が分かるやつならいいのだが。

 


お読みいただきましてありがとうございます。


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