49話 セバスさんと約束
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中庭で剣の素振りをしながら一人自主練していると、執事のセバスさんがやってきた。だいぶお年を召されていると聞いているが、背が高く背中に物差しが入ったように寸分の狂いもない姿勢をされている。今日は手にアームタオルではなく書類を持っている。
「芽衣様、少々よろしいでしょうか」
「はい、もちろんです。どうされました?」
「ジェイダの願書をお持ちしました。ご本人様の記入欄もございますのでよろしければ」
「わざわざすみません、今書きます!」
近くの丸い屋根の東屋に入り、ペンも貸してもらった。私が記入している間もセバスさんは静かに見守り起立したままだ。
「……良かったらセバスさん、座っててください。結構記入欄が多いのでしばらくかかりそうで」
「おや、ありがとうございます。芽衣様は本当にお優しいですね、寒いと老体に堪えまして」
「いえいえ、私も冬は苦手です。昔からお布団から出にくくて」
母に布団をひったくられて起こされる事がよくあった。セバスさんはそうですかそうですかと笑ってくれた。そう言えばこうして二人きりになるのは初めてだ。でも不思議と緊張はしない。
「ホッホそうでございましたか、鳥人族の方は季節に弱い方も多くございますからね」
どっこいしょと座るセバスさんは普通のおじいさんのようで親近感が湧いた。私は書類を記入していく。
「冒険者志望にチェック、使い魔の有無は櫂のことでいいんでしょうか?」
「はい、共に過ごされるとしたら主人と使い魔という扱いになります」
使い魔か、召喚とかしたわけではないが魔法使いらしくてかっこいい。本格的にローブとか三角帽子も欲しくなってきた。自然と口角が緩んで鼻歌混じりでペンを握る。持病の有無はここでは全くなし、ご機嫌で記入が進んでいく。
「芽衣さまがお屋敷をお出になると、寂しくなりますなぁ。ここ何ヶ月かは我々も大変楽しく過ごせました。館の主様は昔からお忙しい方で、若様も幼少の頃は大変さみしい思いをされておりました。ですがお二人で訓練をされていた時の若様の一喜一憂は、長年お側にいる私共も初めて拝見しました」
「リップさん、小さい頃からお父さんと全然会えなかったんですか?」
「ええ。ですので一緒に働くことを夢にされていらっしゃいました。ですが大人というものは、仕事を持つと家族と会う機会は余計減ってしまうものです。まだお若いというのに我慢強い方で、人には見せずに寂しがる方です。老い先短い私でございますから若様が心配で心配で」
深いシワがさらに悲壮感を漂わせ、普段のシャキッとしたセバスさんからは想像できないくらい弱々しく見えた。私はいても立ってもいられなくなって、ペンを投げ捨てセバスさんに駆けよった。
「セバスさん!何かできることはありませんか?こんな私ですが何かお役に立ててください」
「芽衣さま……!ではアカデミーの受験をお辞めになってここにいてはくれませんか?」
「それはできません、何か他で!」
セバスさんの願いでもそれはできない。転生させてくれたこの世界には恩返しがしたい。ここの住人になって働いて、どんなに小さくてもこの世界のエネルギーになりたい。みんなにももっといい形で感謝がしたいのだ。
「そうですか……爺の作戦は失敗でございましたな」
「え?」
「いえ、お気になさらず。ではアカデミーは年に何回かお休みのシーズンがございます、受験シーズンもそうでございますな。そういう時にはこちらに帰ってきていただけませんか?若様がポツリとこぼされたんですよ」
「それはこちらこそ嬉しい限りです!」
嬉しい申し出だ。縁が切れてしまうのは悲しいし、また訪れてもいいという理由ができた。帰れる場所、天涯孤独のここでやっと気持ちに余裕ができた気がする。ホッホと笑うセバスさんは本当のおじいちゃんみたいで甘えたくなってしまう。
「ではお約束でございますな、これで少しは若様に報いれます」
「はい!約束です」
でもこんな約束までしてしまって、まだ受かってもないのにこれで落ちてしまったら少しかっこ悪い。時間も惜しいのでまた特訓に戻らなければ。今日は魔法の訓練もまだ残っている。ペンを握り直し、願書の記入に戻る。
入寮希望者の欄に種族のチェックがあった。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、亜人。亜人には属性の記入欄もある。最後の通告のような、後戻り出来ないぞと聞かれている気持ちになった。決意表明のような気がして気持ちが引き締まる。
罪悪感と後ろめたさを持ったまま、私は力強く項目にチェックを入れ鳥人族と虚偽の申込書を書いた。
「出来ました。よろしくお願いします」
記入を済ますと頭を下げてセバスさんに手渡した。深く頷かれ、願書を街まで届けに行ってくれた。ヒューマンだけど亜人として生きていく。もう後戻りはできない。




