40話 紛らわしい尻尾
大豆の収穫が思いのほか早く済んだので、森に散策に出かけることにした。森といっても範囲は小さく、野生の動物とランクの低いモンスターくらいしか居ないらしい。小さな湖畔もあるらしいが冬に氷を取るくらいしか使い道もなく、そこを目的地に櫂も護衛として一緒に連れていった。
森は静けさに満ちていて、木漏れ日が美しかった。緑の中を歩くと気持ちが落ち着き、心が整理される気がした。櫂も森の中だと生き生きしている。時折私の様子を見に戻っては首に巻き付き、顔を擦り寄せ愛情をアピールしてくれる。
しばらく歩くと、空を映した綺麗な湖畔についた。本当に水があるのかと思うほど澄んでいて、水底の水草までハッキリと見えた。小さな桟橋があり、朽ちかけたボートが一艘あったので乗り込んで中心にまで漕ぎ進めボートに寝転がった。薄雲が伸びる綺麗な空が眼前に広がり、櫂も私の胸の上で一休みする。
「気持ちいいところだねー」
「ピューイー……」
同調するように櫂も鳴き声を漏らした。私の相棒は大人しく頭を撫でられ、安心感の感情が流れ込んできて私はまた空を見上げた。なんでだろう、本当にここは落ち着く世界だ。自然に囲まれると私の苛立ちも不安も空が吸い込んでくれるような気がする
目標が出来たからか、とても穏やかな気持ちになった。アカデミーに行けば屋敷の主人の目も離れ、人のお荷物にならず自分で生きていける。だが、学校に通うということはお世話になった屋敷を離れるという事だ。この森で餌を探している櫂はここで暮らしていたいかもしれない。
「私、ラグゥサの学校に行こうと思うんだけど櫂はどうしたい?私と違って一人でも生きていけるんだし、森に帰ってもいいんだよ」
「ピュー!」
反論するように高い声を出された。突き放したいわけではないのを説明すると分かってくれたようだ。
「櫂の好きにしていいからね、この素敵な世界で櫂の自由に生きて」
櫂は空を見上げると、いきなり飛び立った。小さな線になるまで空高く昇り、私は立ち上がって目で追いかける。
<行っちゃったのかな……寂しいけど仕方ないよね、櫂にも自分の生きたい場所があるんだから>
一人ぼっちになってしまった気がして心細くなってしまう。だが櫂は光を反射しながら猛スピードで戻ってきた。勢いよく胸に飛び込んでくると体当たりの反動に耐えきれず、二人で湖に落ちてしまった。
水中で櫂は懇願するように顔を擦りつけてきた。寂しくて無理だったと伝わってきて申し訳なくなってしまう。櫂はまだ子供だったのを忘れていた、私より立派に生きているけどお母さんと離れて寂しいはずだ。
一緒にいようと櫂に伝えると嬉しそうに水面を跳ね、海蛇のように滑らかに水中を泳ぐ。櫂は水の中も空を飛ぶようで泳ぎも得意みたいだ。水を得た魚のように楽しそうに素早い動きを見せる。私も水中で櫂の後を追う。
小さい時から体の弱い私は体を鍛えるために水泳を習っていたので泳ぐのは大好きだ。運動音痴だが水の中なら多少自信がある。泳ぐのは本当に久しぶりだから気持ちがいい。
体を丸め水底に沈むと、しばらく水中を観察した。水が透き通っているせいか視界もよく、雪も降ったというのに水温は外気と比べ不思議と冷たくない。水草が揺れ、小魚の群れが光を反射して輝き、神秘的な世界が広がっている。水中にいると母が昔言っていたことが分かる気がする。周りの森もこの湖の魚や水も、空でさえも全て繋がっている。自然は偉大だ。水の中がこんなに気持ちが良かったのを忘れていた。
この世界に来る一年前、じわじわと体調不良になってからというもの学校にも水泳部にも出れず母に愚痴を言った。闘病生活は本当につらかった。機械から送られてくる空気を吸い、全身針が刺さってチューブだらけ。息苦しさと絶え間ない痛みと朦朧とする意識、ぼやける視界で母の顔が途切れ途切れ映る。苦しくて何も伝えれず、不安な顔をさせたまま死んでしまった。感謝も言えず、自分が苦しいだけで終わった。悲しませたまま今も私を想ってるかもしれないのが心残りだ。
この世界では地球では味わったことがないくらい体調が良く、一度終わったからか生きる気力が満ち溢れる。もう一度学校にも通えるかもしれない。学校に通えば私の悩みは解消されるはず。夢を見つけるという私の夢もきっと叶えてくれるはずだ。とてもわくわくする。
ふと気がついたが、私は長いこと水中で思考している。かれこれ五分はいたんじゃないか、体感時間がわからないのに苦しくない。久しぶりの水中が落ち着くからってこんなに長く潜水できただろうか?そんなはずない。水底に沈んで居れたのも不思議だ。
苦しくはないが水面に上がろうと上昇しようとしたら尻尾が泳ぎをサポートする。
<……尻尾!!?>
臀部の部分から蛇のような先のとがった短い尻尾が出ている。櫂とそっくりな、まるでドラゴンのような尻尾。ビックリしてガボガボと水を飲んでしまった。
「なになになにこれ!」
パニックになり水面に顔を出した。再度水中に潜り、背中に目を回したら尻尾は跡形もなく消えていた。そのかわり櫂が服に食いついていた。まだ水の中で遊ぼうと引っ張っていたのを見間違えたようだ。
「なんだ……また櫂か、驚いた。紛らわしいなぁもお」
残念にも思ったがホッとした。知らない間に自分に尻尾が生えていたのかと思ってしまった。自在な尻尾にはまだ憧れがあるから昨日といい、早とちりをしてしまったのだろう。昨日のリップさんを思い出しまた赤面してしまう。
そろそろ日も暮れてきたので水から上がり、大豆の収穫で学んだ水の操作で服や髪から水分を移動させた。地上に戻ると寒気が体を包む。冬に湖に入るなんてぶっ飛んでいた。明日から訓練なのに風邪をひいたら元も子もない。櫂と体を寄せながら屋敷に戻った。




