36話 テンタイカンソク
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夕食を済ますと、きな粉のクッキーをみんなに配った。好評を得たようで特にいつも無表情のセバスさんが讃嘆してくれた。本当は甘いものが大好きなんだそうだ。
「大変美味しゅうございました。芽衣さま、先ほど司祭様からご伝言を預かりました。少々遅くなられるとのことです」
「わかりました」
なぜ夜に待ち合わせなのか、センさんに聞かれる前に私は退散した。夜しかダメな理由があるのだ。
それにしても大豆の発見はとても喜ばしいことだ。お米があれば麹菌から味噌が作れたかもしれないし、稲藁からは納豆が作れたはずだ。藁には天然の納豆菌が存在する。藁を煮沸して雑菌を殺しても納豆菌だけは生き残る。蒸かした大豆を藁で包んで、四十度で一日保温すれば発酵すると聞いた。納豆が食べれるなら、寝ずの番でもなんでもしてみせたのだが。 大豆文化のないこの世界の人には、あの匂いと粘りは受け入れてもらえないだろう。期待を膨らませすぎた。どうして故郷の味は懐かしくなるのだろう。日本食が恋しい。
お風呂から上がり、髪を乾かそうとしていると部屋がノックされた。急いで髪をタオルで束ね、扉に向かうとセバスさんに案内されてクチナワさんが訪ねてきてくれた。
「……遅くなってすまない」
「いえ、すみません寝巻き姿で。どうぞ」
部屋に招き入れるとセバスさんが扉を閉め退室した。クチナワさんはどこか落ち着きがないように見える。忙しいのだろうか、早々に終わらせた方がいいかもしれない。
「あの、お忙しいのにすみません。何かお礼をしたくて……大したものじゃないんですけど、受け取ってもらいたいんです」
「……」
手を引き部屋の奥へ案内した。クチナワさんは無言で大人しく従ってくれる、今日はやけに素直だ。私はそのまま外のバルコニーに連れ出した。
「これは……?」
「はい、天体望遠鏡です。覗いて見てください」
「テンタイボウエンキョウ?」
クチナワさんは眉間にシワを寄せ、首をひねりながらも覗いてみてくれた。エルフの街のメガネ屋さんで買った虫眼鏡と老眼鏡の、自作天体望遠鏡だ。焦点距離を測り、内側の黒い大きくて長い筒に二枚に重ねた虫眼鏡を、それより小さくて短い筒には老眼鏡のレンズを一枚。大きい筒に小さい筒を入れてピントを合わせ、台に取り付けたら完成だ。昔夏休みの自由研究で制作したものより性能のいいエルフ製のレンズで、さらに磨いてもらったので月のクレーターくらいなら確認できるはずだ。
本当は集光率のいい鏡で作ればもっと性能のいいドブソニアソンという、大砲のような形をしたものも自作で出来る。大口径のニュートン式反射望遠鏡を作ればもっと精度のいいものができるだろうが、時間もかかるし遠くまで見えすぎるのも怖い。知ってはいけないものがあったら私には抱えきれない。
「これは……」
クチナワさんは目を輝かせて私を振り返った。喜んでくれたようだ。天体観測を教えていいものか迷ったが、こんな表情を見せられてはその思いも吹き飛んだ。
「こんな近くで見れるのに、手が届かないのがもどかしくなるほど綺麗だ……しばらく見ていてもよいか?」
「はい、私は温かいものでも淹れてきますね」
クチナワさんは返事も聞かずまた同じ姿勢に戻った。台所から戻るとクチナワさんはバルコニーの椅子に腰掛けじっと目を閉じていた。




