34話 名前をつけました
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屋敷に到着して私は馬車から降りた。クチナワさんは街に泊まるようだ。
「私は失礼する。芽衣、くれぐれも他言しないように」
「………はい……あの、クチナワさん! 明日の夜に私の部屋に来てくれませんか?
大したものじゃないんですけど、せめてものお礼がしたいんです」
「………」
目をしばたかせたクチナワさんは固まってしまった。動かなくなった主人に気をきかせた亜人の行者さんは馬車の扉を閉め、出発してしまった。
〈なんだか変な言い方しちゃったかな?〉
だが、今日クチナワさんは全面的に協力をしてくれた。なぜこうまで世話を焼いてくれるかは謎だが、大きな協力者になってくれている。信用されたら私が別の世界の者だと、彼に話す事も考えよう。
馬車を見送り屋敷に入ると、出迎えたセンさんはドラゴンを見ても特に気にしなかった。むしろ世話を焼いてくれ、寝床まで用意してくれた。セバスさんも図書室からドラゴンに関する本と、一緒にいれるようにと食事も部屋でとらせてくれた。眠い目をこすり夜遅くまでドラゴンの勉強と、ある作業に取り掛かった。
***
次の日、鳥の囀りで目を覚ます。机に突っ伏して寝ていたようだ。ドラゴンはまだ寝床の籠で眠っている。平べったい顔をしていて蛇のような胴体は、尾に向かうにつれ小さい三対の掌のような翼がある。不思議な生き物だとしげしげ観察していたら目が開き、パチパチと瞬いた。プクっと胴体が膨れたと思ったら、嬉しそうに翼を広げ部屋の中を飛び回った。
「君、飛べるんだね! 元気になったみたいで良かった」
外に出たそうだったのでバルコニーに出てみたら、ドラゴンもついてきた。朝の寒さはだいぶ厳しくなっていて、肺に冷たい冷気を感じた。
しばらく私の周りを旋回し、上空に高く飛びたったと思ったら、私の首に巻きつき顔をこすりつけてきた。何故だか懐いてくれている。
「ふふ、君に名前を付けてもいいかな? 何がいいかな……翼が舟のオールみたいに動くから櫂ってどうかな? カイだよ、どう?」
ピュウと口笛のような音を立てて飛び跳ねた。気に入ってくれたのかな、櫂の感情を読んだら喜びに満ちている。良いみたいだ。
何かに反応して櫂は森に向かって飛び来んだ。ご飯を探しに行くと伝わってきて、私も支度を整え、朝食に向かった。
***
イアソンくんとケイロンさんで外で朝食を取らせてもらっていた。そろそろ外で食べるのも時期的に最後かもしれないと思っていると、水面を跳ねる魚のように櫂が森から飛び出し帰ってきた。イアソンくんは興奮して喜んでくれた。
「すっげー! ドラゴンだ!! 芽衣が飼うの?」
「うん、櫂って名前だよ」
「へぇーっかっこいいー!」
イアソンくんが手を伸ばし櫂に触れようとしたら口を開けシャァッと威嚇した。定位置なのか私の肩に降り立つ。不思議と重くはない。櫂は落ちないよう私の頭に顎を載せ、覗き込むイアソンくんを警戒している。
「ごめんね。怖い目にあったから、まだ人が苦手なんだと思うの」
「芽衣さまは不思議と生き物に好かれますな。イアソンは馬にも舐められっぱなしですから」
ケイロンさんが声を出して笑った。イアソンくんはお構いなしに櫂に羨望の眼差しを送る。
午前中はイアソンくんと櫂で森の近くで過ごした。鷹匠のように櫂は私の思いどうりに飛んでみせ、活発な姿を見せた。調子は良さそうで一安心だ。
杖のコントロールも順調で小さな上昇気流を作ると櫂が楽しそうに風に乗る。残る闇の魔法は使ったことがなく、どんなものがあるのかも知らない。リップさんが帰ってきたら聞いてみよう……。
リップさんにまた隠し事が増えたのが心苦しい。何にも話せなくなって、私が消えてしまいそうだ。
イアソンくんが喜声をあげて草原を跳ね、高く駆ける。馬特有のバネのある強い足だ。これから亜人として生きるには私には身体的に強みが一つもない。ケイロンさんのような強靭な体も、祝賀会で見たライオンの亜人の牙や爪も、オセロットくんの目や軽やかな身のこなしもない。魔法の腕を磨き、それでどうにか補わなければ。
考え事をしながら森の脇を歩いていると、イアソンくんが櫂を追いかけ森の中に入ってしまった。
「イアソンくん! あんまり森の中に入ったら怒られるよ!」
聞こえなかったのか、笑い声だけが離れたところから聞こえる。声を頼りに進むと木が開けたとこに出た。櫂が口に何かを咥えている。
「芽衣! 櫂がネズミ捕まえたぜ! 食うのかな? うわー……」
「うう、私あんまり見たくないなぁ………あれ?」
顔をそむけると、枯れ枝の山を見つけた。その中に気になるものが目に入った。近づいてみるとやはり見覚えのある身の詰まった莢の群生。
間違いない。日本の酒の肴……枝豆だ。




