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202話 文化祭説明会

 202







 魔法学、戦術学、素材学、魔物学、地理学の先生方が一堂に会する中、一年生が集められ文化祭に向けての説明会が始まった。


「文化祭が始まります。文化祭とは、あなた方学生が普段の勉学鍛錬を、どれほど励んでいるか披露する場であります」


 厳格を頭からつま先まで持ち合わせたような、魔法学のストリクト教授が鞭のように杖をしならせて、だらし無い生徒を起立させる。みんなの姿勢は強制的に緊張感を含ませた。


「校内は一般開放され保護者の方や学校側からの賓客の方々に、ジェイダの素晴らしさを知って頂く大変重大な行事です。

 今年は賓客の中に教会枢機卿、議会の方もいらっしゃいます。恥ずかしい行いをせぬよう、通年より厳しく目を光らせます」


 語気を強めるストリクト教授に、教師陣も気合いを入れ直され、厳しくこちら側に目を向けた。

例外は透明化している魔物学のジャクソン先生と、体調不良なのか血を欲しているドラセナ教授。

ドラセナ先生と目が合うとギラギラとした目線を送られた。


「一年生は、毎年決まった出し物に挑んでいます。それについての説明は戦術学の先生方から」


 戦術学の先生達はその名の通り、名将智将戦いのスペシャリスト集団。数々の戦いを切り抜けた猛者達だ。その先生達は司令官らしい、有無を言わさぬ強さがあった。

その先生方が考案した一年生の出し物は、いったいどういったものだろう。


「いいかお前ら! 毎年一年生は文化祭で広大な面積を確保させて頂いている。数多ある学部サークルが展示場所確保に苦闘する中、あれほどの陣地を提供されている。皆心してかかって欲しい!」


 杖を使って声を拡声するストリクト教授と違い、地声で説明を続ける戦術学の先生は気合いを表すように声を張り上げ、激励の数々を吠えている。


「学生半人前のお前たちに、文化祭は三度気合いを入れ直してくれるだろう。

 だが、それを乗り越え本番を迎えたとき、お前たちは本物の冒険者、祓い魔士に近づく! 保護者の元を離れ、高い授業料の成果を見ていただけ! 我々が挑むのは……」


 戦術学の筋肉ゴリゴリの先生は一呼吸置き、出し物の発表を焦らす。固唾を飲む生徒は焦らされる発表を、焦らされすぎるような時を待った。



「挑むは、お化け屋敷!!」



  拍子抜けする空気に、私も肩の力が抜けた。お化け屋敷……文化祭ならではだなぁと微笑ましくなる。脅かす役なら楽しそうだとワクワクしてきた。


「気の抜けた生徒にもう一度言っておくが、毎年一年生には広大な面積を確保させてもらっている。地理学による複雑な迷路、魔物学による妨害行為、素材学魔法学による演出効果、そして戦術学による戦略。全てを駆使し、恐怖で埋めつくしてもらう」


 生徒達はそれでもヘラヘラとしていた。私たちは知らなかった。お化け屋敷で恐ろしいのは、その下準備だと言うことを。


「一年生はブロンズメダルと、優秀さを表すゴールドメダルを保持する者に別れているな? よって、ゴールドメダルが脳として、ブロンズメダルは体として動いてもらう」


 少しのザワつきがあった。ブロンズメダル保持者は力仕事を押し付けられるという予想があったからだ。


「ゴールドメダルの者には、戦術学、地理学、素材学からレポートを出す。それに伴いブロンズの者は、魔法学、魔物学、素材学から課題を提出してもらう。材料集めだな」


 ゴールドメダルを胸に着けた生徒は資料を受け取ると、面倒くさそうな顔をした者も居たが、楽しそうにあれこれ考え出していた。

逆に私たちブロンズメダルの生徒は怖々としていた。それはゴールドメダルの生徒の出した案が肝だからだ。

ニヤニヤと意地悪な笑みを含むクロウくんが見えた。いったいどれだけの課題を出されることだろう。


「今年の一年生の実力を舐められないよう気合いを入れろ! また、近隣の森やダンジョンに出向く事が増えると思うが、みんな心してかかってくれたまえ」


 バラバラと生徒が一斉に講堂を後にし、人の波が押し寄せてきた。私はそれと逆らって前に進んだ。


 退散しようとしていた先生方に向かうと、私に気づいたドラセナ教授が立ち止まった。


「おや、芽衣くん。どうされたんですか? 血でもくれるんですか?」


「こんにちはドラセナ先生、それはまたで。少しジャクソン先生に聞きたいことがあって……」


 ドラセナ教授が魔物学の教授を呼び止めてくれた。よかった、透明になってしまう亜人のジャクソン先生は捕まえるのが本当に大変で、授業終わりに追いかけても捕えられないのだ。


「どどどど、どうされました?」


 姿は見えないが、怯えたような声で応えて立ち止まってくれたようだ。近寄ってみるが、あらぬ方からどもった返事が返ってきた。


「すみません先生、少し分からないことがあって……ドラセナ教授もよろしいですか?」


 どもる先生の声に向き直り、私は砂漠の地で起こった事を話した。魔狂いになったセルケトが襲いかかって来、そのセルケトの中から魔石が出てきた事を。


「ななな何故そのような事が……? まず有り得ません。魔狂は魔石を持たぬモンスターに起こる現象です。そそそのセルケト、間違いなくままま魔狂いでしたか?」


 体を擬態させるジャクソン先生は、相手に気づかれることなく魔物の観察を行える。それは、皆が避けて通る魔狂いも、研究のため間近に見てきた人だ。その先生が疑うような驚きを含んでいる。


「はい……見境なく襲いかかってきたり、魔狂い特有の酷い悪臭がしました」


「そそのその悪臭は、意識の混濁によるものです。魔狂いに近寄りたくないと、体が危険信号を放って錯覚させているのです。魔狂いに遭遇した時、皆が近寄りたがらなくなるのはその為です」


「確かに……みんな避けて通るけど、あの時は目の前の瘴気に阻まれて仕方なく討伐にって感じで」


「ですので本当に臭気がある訳ではありません。

瘴気が近くまで迫っていたそうですが、あれも、体に意識の混濁を起こし、酷く気持ちが悪くなったり等症状が酷似します。それとは違いますか?」


「いいえ……瘴気からは風向きが違うので」


 そうだ……浮島で世界樹が出した瘴気も、感情の渦に飲まれ、吸いたくない嫌悪感に溢れて気分が悪くなった。

体の奥底の細胞が、近寄りたくないと嫌悪感を示す。魔狂いと遭遇した時と同じ症状と言える。

魔狂になったナマケベアを燃やした時も、浮島の瘴気と似ていると感じた。


 人は常に少量の瘴気を吸っていると、ユキさんは言った。清く正しく日常を過ごせば問題はないという。魔狂になったモンスターは、最後は瘴気を散らして死に行く。まるで切っても切れない縁のよう。


「なるほど、その魔石が原因となるかもしれない。どうやら最近出回っている、まがい物の魔石のようだ。摂取したモンスターが何かしらの影響を受けている」


 考え込んでいると、ドラセナ教授が思っていた事を言った。やっぱり、まがい物の魔石が関係していると私も思う。

 難しい顔をしていると、顔を覗き込まれた。


「どうしたのかね、芽衣くん? 顔色がよくない」


「い、いえ……」


 まがい物の魔石が起こす悪影響は、人相手だと、どのような事象を起こすのだろう。人も、魔物も、魔石を持たないと体に悪影響を及ぼす。共通した特徴……。


 私の頭の中で一瞬の戦いが起こった。それはとてつもない大きな力を持って、静かに忍び寄る脅威と通じているのを予感している。


 ユキさんの言葉を思い出す。『 なにか、許されぬ悪事に加担していたのでは……』何かが起こっている。その予兆をより一層に感じてしまい、私は足を踏み出すのを躊躇う。


「ふむ……調べてみる価値がああ、あります。ドドドラセナ教授、まがい物の魔石とやらをまだお持ちですか?」


「ええ」


 ドラセナ教授が肩掛けのアイテムバックから重厚な箱を取り出した。いくつものケースロックを外し、中身が入っていることを確認した。中には一つの大きな宝石のような魔石、まがい物と言われる物が入っていた。


 ジャクソン先生に取り扱いを何度も注意し、それを箱ごと手渡した。


「ありがとうございます。文化祭も近い事ですし、何か発表できたら嬉しいです」


「先生方も、文化祭で発表するんですか?」


「もももちろんです。ジェイダの本来の目的は研究機関です。学園長直々に許可をいただかなくてはいけないので、とても厳しいことですが文化祭で研究成果を発表する事が、一番注目してもらえます。こここれは、忙しくなりそうです」


 慌ただしい足音が遠ざかり、ジャクソン先生の気配がなくなった。先生は早速研究に取り掛かりに行ったようだ。見えない先生の向かった景色に、強く健闘を祈った。


「あぁ……行ってしまわれたか」


 低い目線の先にいるドラセナ教授が、ハァとため息を漏らした。


「先程も言いましたように、押収しただけで、まがい物の魔石は『おそらくそう』と思われるもの。あれは判別が難しい。私はドワーフで、付加魔法は扱えない。ヒューマンの一流の魔導師でさえおそらくと言うレベルで、鑑定してもらうのにとんでもない金額を払わされました」


「その事についてですが、まがい物の魔石はブラックライトで反応するようなんです」


 蛍光現象を持つセルケトから、たまたま発見した方法だが、まがい物の魔石はブラックライトに反応する。一流の魔導師家系のクロウくんが持つ魔石と比較しただけだが。


「……それは、とても興味深い。ブラックライトとやらについては、芽衣くん僕と連名で文化祭で研究発表しないかい?」


「い、いえ……私は魔石の研究に携わるわけには」


「いいのかい? とても目覚しい発見だ。一番に注目されるはずだよ」


「はい。一生徒が発表するより、実績のある専門の先生の方が何かと……」


 私が魔石に付加魔法を付けられる事を知るドラセナ教授は、助力を願ってきてくれたが、私は目を泳がした。

何かの拍子で、亜人の私が付加魔法を扱えることを、知られるのが恐ろしかった。


 焦るようにまごついて、魔石に関する研究の協力を辞退させてもらった。


「分かった。君が目立ちたくない気持ちは分かる……けれど、そろそろギフトを持つ者として、君も心構えをした方がいい」


 世界樹の元で目覚め、女神様に保護された者。ドラセナ教授はそのギフトとして、長い寿命を得て、長い教師生活を送っている。他にもジャムさんやソウジくんも又、能力を活かし人の為に行動している。


 私もモンスターや植物の気持ちがわかり、前世の記憶まである。なのに、助けて貰ってばかりで、まだこの世界のために何も貢献出来ていない。

腹を括って、戦う時が来たのかもしれない。この世界の権力や権威と……けれど、その一歩が鎖に繋がれたように重い。


「気負って何かを起こそうとしなくていい。ただ、君が気づく事が肝心なんだ」


 ドラセナ教授は私を見上げ、弱々しく微笑んだ。それから暫く、先生と顔を合わせることはなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ふふ、久しぶりの更新を楽しく読ませてもらいました。 芽衣ちゃんの葛藤、一歩を踏み出す勇気、気持ちに勢いをどうつけるのか楽しみです。
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