19話 日用品
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次の日、目を覚ますともう朝日が部屋に差していた。寝坊した!と飛び起きたが昨日ケイロンさんに休みをもらったことに気がついた。朝の支度を済ますと、センさんがちょうど朝食に呼びにきてくれ階下に降りた。
「おはよう芽衣、昨日の疲れは取れたかい?」
「おはようございます、リップさん昨日はありがとうございました」
先に朝食をとっていたリップさんと一緒になった。馬番をしだしてから、リップさんと朝食を取るのは久しぶりだ。
「こちらこそ。今日から何日間か仕事で家を空けるんだ、好きにして構わないが屋敷を出る時は誰か同伴で、いいね?」
「街に出てもいいんですか?」
「もちろん。だがセンやセバスのような大人と一緒にね」
目配せした部屋の隅ではアームタオルを携えた執事のセバスさんが控えていた。いかにも執事らしい背筋のいい白髪のおじいさんもヒューマンだ。
「イアソンと二人ではまだ少々不安だ」
リップさんはポリポリと頬をかき、笑った。
「はい、わかりました。リップさんは都でお仕事を?」
「いや、西の森で魔石のエンカウントゾーンが出た。最近は価値が高騰しているし、魔石を食べるモンスターとの奪い合いが苛烈でね。今回は少々規模が大きいから援軍を頼まれた……おっと、そろそろ行かないと」
魔物は魔石を食べるのか、これは知らなかった。また新しい事実を頭にメモした。魔石は貴族が使う日用品によく見られる。例えばお金持ちの人は万年筆にも魔石がついている。グリップの魔石を握り、黒や赤など色を思い浮かべればその通りのインクが紙に染み込む。逆に平均的なイアソンさんのような家庭では、瓶に入った墨に羽ペンを使っていた。羽ペンは亜人や魔物の種類によって値段は様々らしい。
リップさんに年齢を伝えてからは、屋敷の図書室を自由に使わせてもらっている。また細かいところをチェックして、この世界の常識をこっそり確認しておこう。
リップさんは秒針に魔石がついた壁掛け時計を確認して、慌てて立ち上がった。今日は浮島で見たような裾が絞まった色鮮やかな裁付袴だ。セバスさんがすかさず現れ、籠手や甲冑を付けるのを手伝う。
手拭いで頭を覆い、キュッと締めるとリップさんの顔つきが変わった。刀を差し、兜を小脇に抱えるとより凛々しい姿だ。昨日のパーティーで女性陣が群がるのも多いに頷ける。
「気をつけてくださいね、お怪我しないように……いってら、」
「昨日のドレス姿……あ、いやなんでもない。いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ」
リップさんを見送ると私は頭をひねりながら椅子に腰掛けた。何か言いたげのように見えたが……なんだろう?部屋の片隅ではセバスさんが石像のようにずっと気配を隠し見守っていた。