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145話 茶摘み

 

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 リップさんとクチナワさんと会ってから、しばらくは平穏な日々が続いた。大した嫌がらせもなく、むしろ二人の事があってから話しかけてくれる人が増えた気がする。


 内容は殆どが二人のことだが、それでもやはり無視されることの方が多かった私には少し嬉しい。



 午前中は相変わらず冒険者になる為の必須授業を真面目に出席し、ドラセナ先生の魔石学部での補習がない日は歴史学部でアドワイチャ教授の話を聞き、農畜産学部に出たあと薬草園に入らせてもらい茶畑の世話をする。


 めぼしいギルドクエストがない日は水泳サークルに出て寮に帰ると生活魔法サークルの設計図を作る。時間が過ぎるのがあっという間だった。


 校舎を移動していると、暗がりにクロウくんが黒いオーラを出して座り込んでいるのをよく見かけた。その度に飛び上がって驚き、塞ぎ込んでいる彼を見て私はしばらく迷い、悩んだ末にその場を離れる。


 私の充実しつつある生活の一つの突っかかりだった。至る所で見かけ、私はもう限界を迎えていた。


 校舎を取り巻く湖の畔で、時間を潰しながら宿題をしていた。湖面がキラキラと輝いて木漏れ日から指す暖かな陽射しに、私はとても気持ちが穏やかだった。


 湖ではボートに揺られる人もいる。春は人にゆとりをくれるのかもしれない。もたれかかっていた木にお礼を言い、腰を上げて校舎に戻ろうと外壁に沿って歩いていたら座り込む黒い髪を見つけた。足は自然と導いてくれていた。


「おーいクロウくんー。やーい」


 しばらく反応がなく、つむじをツンツンツンツンした所でやっと顔を上げてくれる。彼はぼんやりとした目をしていた。


「芽衣……」


「着いてきて」


 私はクロウくんを見下ろして、ある場所に向かう。振り返るとクロウくんは少し距離を置いて大人しく着いてきてくれている。クエストに行こうと思っていたが、予定変更だ。


 私が向かった先は、茶畑だ。



「はい、カゴ使って」


「……は?」


「二、三葉までの新芽だけ摘んでね、新茶の時期なの」


 まだぼんやりとしたままの目で差し出したカゴと私を見比べる。カゴから顔を上げると黙ったまま動かない。その顔には疑問と困惑が浮かんでいた。


「だから、夏も近づく八十八夜なの! クロウくん何もしてないし、ちょうどいいと思って」


「いや、」


「ほら早く!」


 私はカゴを押し付けたらほっかむりを被って、もう半分の茶畑に向き直り覆っていた布を剥ぎ取った。一番茶の茶摘みシーズンだ。



 布の下の茶畑は陽を遮って二十日間ほどして一番上にある新芽の部分だけ収穫する。手で一芯一芯大事に指で扱いて取るのだ。この丁寧な作業は機械化が進んだ現代地球でも未だに行われている。


 目で見て一番早い時期に手で摘む茶葉は品質もよく、名前の通り一番いいお茶になる。私が鼻歌を歌いながら作業を進めると、クロウくんは見習って同じような姿勢で摘み始めてくれた。


「ごめんね、今まで話し合おうとしてあげれなくて。私、学校生活に余裕がなかったんだと思う」


「ちがう、俺が悪いのはわかってるんだ。お前に話しかけようとしたら、いつも周りのやつが邪魔で……それで」


 そういう事だったのか。私もよく考えれば気づいてあげれたかもしれない。彼は社交的な人ではない。フレンドリーによう!なんて言うキャラではない。彼は単純に話かけてくれようとしていたのだ。


「寮の窓から入ろうとしても、」


「あ! もしかしてあの日のはクロウくんだったの!?」


 確かガウルくんとポポンズで鍋を囲んだ日、部屋の窓がガタガタと揺すられ、そこに人影があった。寮母のガマズミさんが追い返してくれた日だ。あれはクロウくんだったのか。


 雨が降っていたのに、そこまでしてくれていたのか。ガマズミさんに追いかけられるクロウくんを想像して、思わず吹き出してしまった。


「アハハ! それはさすがに怖いよ、今度はドアから尋ねてきてね……そこまでしてくれるのに、話しかけにくい? 私が誰かといると」


「そうじゃない、人が居ると聞きにくかったんだ。ただ……どこの学部に入るのか、聞きたかっただけだ」


 クロウくんは一瞬茶畑の垣根から顔を上げたが、また俯いてしまった。その手には丁寧に摘まれた葉がカゴの中に沢山収まっている。私が黙って見つめていると、顔を背けられた。日差しのせいか、耳が真っ赤だ。


「そうだったんだね、ごめんね!」


 せっかく顔を上げてくれたのにと、私は慌てて興味を向けようと必死になった。近づいて頭の手ぬぐいを取り、彼の頭に被せた。


「でも人を傷つけるのはもうダメだよ……それは約束ね」


 やっと顔を上げてくれたクロウくんの顔が少し赤い。少し考えるように目線を上げ、迷うように泳がせると真っ直ぐこちらを向いてくれた。


「……わかった。悪かったな、お前の友達を傷つけようとして」


 その言葉を聞けて、私はやっと微笑むことが出来た。



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