第2話 幸せ運ぶあの子は座敷童(後編)
すっかり日も落ちたか、しかしよく飽きずにボリボリバリバリ、ボリボリバリバリ――はぁもう嫌になるな、さっきからずっと煎餅ばかり食べておるわ。
まるで吾輩が煎餅になった気分だ、いや別に煎餅が嫌いという訳ではないが、ほら吾輩のお口はもっとこう――上品な物しか合わないからな。
こんな一般庶民向けの菓子なぞ吾輩の口には合わないな、吾輩は高貴な猫なのだ、どこぞの無名なメーカーの餌なぞなおさら食いたくないわ。
「ほらプー太郎ご飯だよ、知らないメーカーのカリカリだけど」
くっ腹の虫が泣き喚きよる――致し方ない背に腹は代えられぬか、一般庶民向けの餌で今日は我慢しよう。
何これうま、おかわりを所望する。
「こんなメーカー聞いた事ねぇな――、大丈夫なのか?」
「私もよく分かんないけど、友達がすごい勧めて来てさ――口コミで今熱い猫用の餌だって」
おい陽、はよぅおかわりだ。
「こいつも気に入ったみたいだな、皿をコツコツしてるぞ、可愛い事するじゃねぇか」
「すごいねこの餌、グルメなプー太郎をこんなにするなんて」
おい聞いておるのか、はよぅおかわりだ、さもないと今日のパンツの色を大声で叫ぶぞ。
「――このバカ猫、ぶっとばすよ?」
「うん?どうした?何かあったのか?」
「ううん何でもない、ほらプー太郎、でも食べ過ぎちゃ駄目だよ」
餌袋の口が吾輩の皿に向けられた、さぁさ、どーっと景気良くやってくれ――おい陽、何の冗談だ、なぜ一粒だけなのだ、吾輩はもっと食べたいのだ、特盛で頼む!
「まぁ新しい餌だからな、やり過ぎるのも考えようか――さて俺は寝るぞ、お前も早く寝ろよ」
「うん、おやすみー」
さっきから無視しおって、これ聞いておるのか、もっとよこすのだ!
「うっさいなぁ、少しずつ食べてよ――あまり売ってないんだから」
なんだと、口コミとかいうやつでか、うぅむ確かに吾輩の舌を唸らせるほどの代物だからな――よし陽よ、今からこの餌を買い占めに行くぞ!他の猫共に食わせる等以ての外だ、これは高貴な吾輩にこそ相応しい至高の逸品である。
「バカ言わないの、その一袋だってたまたまスーパーで残ってた最後の一袋なんだから」
「スーパーって何?」
部屋に戻っておれ煎餅幼女め、今吾輩は陽を説得しておるのだ、この会談――失敗する訳にはいかぬ!
「スーパーっていうのは、えっと、色んな食べ物とか日用品とか売ってる店かな」
「一般庶民向け?」
「え、まぁそうかな――どこで覚えたのそんな言葉」
「プー太郎がね、高貴な猫だから一般庶民の味は合わないって」
おい余計な事を言うな、せっかく交渉しておるのに、お主の一言で破談してしまいそうだ、さっさと戻らんか煎餅幼女!
「へぇ――すいませんね高貴なお猫様、それでは一般庶民向けのこの餌は全て野良猫様に献上します」
いや違うのだ、これには海より深く、それはそれはマントルにまで到達しそうな程深く、空より遥か向こう、ひいては銀河系の先ぐらい高い理由があるのだ。
「それでは高貴なお猫様の有難いお言葉を頂戴しましょうか」
――もうやめて、吾輩が悪かった、だがこの餌が美味いというのは本当だぞ。
ほれ、このつぶらな瞳を良く見るのだ、この曇りなき眼を、嘘を付いていないとこれで分かっただろう?
「はいはい分かった分かった、でも今日は遅いし、それに最後の一袋だったからね、再入荷まで待ってて」
嫌じゃ嫌じゃ、10袋位ストックがないと嫌じゃ、これでは落ち着いて毛繕いも出来ぬわ。
「10ってあんたね、それに毛繕いなんてしなくても」
知らぬのか陽よ、くくく浅はかよの今時のJKというものは、吾輩が毛繕いしないと布団が毛だらけになるぞ、体臭がきつくなるぞ、それでも良いか?
あぁ大変そうだなぁ、学校に行く度に――陽、最近臭いよ?――とか言われるんだろうなぁ、まぁ吾輩は一向に、これっぽっちも困らんがな。
「ふざけないでよバカ猫!無い物は無いんだから仕方ないでしょ!」
「おい陽、プー太郎――静かにしてくれ、眠れねぇだろ」
「ご、ごめんお父さん――とにかく餌はこれ以上買えないの、それに餌より大事な事があるでしょ」
まぁ在庫が無いなら仕方ないか――分かった入荷までの繋ぎに探し物屋として活動するか。
「繋ぎってあんたね」
そうと決まればさっさと寝るぞ、ほれもうこんな時間だ寝坊しても知らんからな。
「あ、待ちなさいよもう!――明日色々聞いてみるから今日は一緒に寝ようね」
「うん!」
◇◇◇
朝日が吾輩を呼んでいる、実に素晴らしきこの世界におはようの言葉を贈ろう。
「ちょっと邪魔!廊下の真ん中で香箱座りしないでよ!」
吾輩にあたるな、元はと言えば陽が寝坊したのがいけないのだろうが。
「おい陽弁当忘れてるぞ!」
「うああもう!いってきます!」
人間とは忙しそうだな、少しは吾輩を見習ってゆとりを持てば良いものを、さて煎餅幼女、陽を追うぞ。
◇◇◇
「陽あんたマジで言ってんの?妖怪って、それウケるわ」
「いいじゃない、かわいいと思うよ陽ちゃんのそういう所」
「私的には結構真面目な話なんだけど――そうだよね、今時妖怪なんて信じてる人なんていないよね」
「そういやウチのばあちゃんが妖怪を信じてたなぁ」
「え、本当!」
「うん、随分前に死んじゃったけどね」
「朝からなんとも重い話題になってしまった――」
全くだ、こうして後を付けてみれば何とも風向きが悪いではないか、だが今時妖怪というのも分かる、残念だったな煎餅幼女よ、お主の住処など到底――む、どこに行きおった?
世話の掛かる煎餅幼女だ、急に現れたかと思えば突如としていなくなりおって、おおいどこにおる?美味しい美味しい煎餅があるぞ、煎餅幼女やーい。
「何してんだろ、後ろでガヤガヤと」
「ん?後ろに何かいるのか?おっプー太郎じゃん」
「あっ本当だプーちゃんだ」
む、いかん見つかってしまったか――まぁ朝からJKと戯れるのも一興、ここは一つスマイルだ。
「えぇ――まだ怒ってるよ」
「何なんだろうね、あの顔――」
もうよい、笑顔を見せてやらん、もう二度と見せてやるもんか!
「あ、プーちゃん行っちゃったね、別れ際の顔は哀愁漂ってたし」
「そうそうプー太郎で思い出した、どうだったあの餌、すごくなかった?」
「凄く気に入ってたみたいだよ、もっと買えって言われたよ」
「は?何だって?猫に買えって言われたって?あはは陽、あんたいよいよ幼児化してきたんじゃない?妖怪の話題もそうだしさ」
「そ、そんな事ないってば!そ、そう言われたような気がしただけだし!」
「あの餌って確かこの街に工場あるんだよね」
「本当に!?裏面見てなかった――」
「でも残念だな、あの餌もう食えないかもな」
「どうして?人気ありそうなのに」
「いやさ、実はね――」
◇◇◇
おーい煎餅幼女、どこに行きおった全く、吾輩の気苦労も知らずに自由気ままに歩き回りおってからに、おや?いつの間にか街の反対側に来てしまったな、むっあれは。
やはりだ、おい煎餅幼女勝手にウロウロするな、探すこちらの身にもなれ。
「プー太郎、あれ」
どうした?おっこれは――それにこの香り、間違いない!昨晩の吾輩の夕餉と同じ香りだ!まさかここで作っておったとはな、いやはや灯台下暗しとはまさにこの事よ。
「社長このままでは会社は倒産です!どうするつもりですか!?」
「君の言いたい事は分かるよ、でもね利益ばかり考えていては素晴らしい物は作れないんだよ、良い物を安く、それがウチのモットーだからね」
「だからって原価度外視でこんな猫の餌を作り続けても何の得もないでしょう!とにかくこれ以上続けるなら私はここを辞めますからね!」
おうおう激しい口論をしていると思ったら、全く金カネと人間は不憫だのう、だがしかしこの餌が食えなくなるのは困る、非常に困る、阻止したい、阻止したいが――生憎陽以外には言葉は通じぬしどうしたらいいものか。
「おや?やぁいらっしゃい、匂いに釣られて来たのかい?」
そうではない、たまたまこの煎餅幼女がここに流れ着いたのだ、まぁ匂いに釣られたというのもあながち間違いではないが。
「ふふふ、お腹空いてるかい?こっちにおいで良い物をあげよう」
かたじけない、では失礼して――おぉ、なんとも。
ボロい工場だな、屋根は錆びだらけ、窓は罅割れガムテープで補強、機械もこれは何時代の物だと聞きたくなる程くたびれておる、いや待てよ、だからこそあの味わい深い餌が作れるのか?
しかし働いているのも随分と年老いた者が多いな――随分景気も悪そうだし、皆の顔が沈んでおるわ、さすがの吾輩も励ます事くらいしか出来ぬ。
「さぁ食べてみておくれ、前回のは魚介ベースなんだが今回はチキンをベースにしてみたんだ――味見してくれるかい?」
お安い御用だ味見ならいくらでもしよう、どれどれ――。
む!?この噛み心地、程よい弾力があってそれでいて噛めば噛むほど味が染み出す!
ふおおぉぉぉ!これは!昨日のとは違い肉の香りが素晴らしいぞ!
パーフェクトだ社長よ!これを100袋吾輩の家に送ってくれ!あ、請求書の宛名は「陽」で頼むぞ、吾輩人間の金は持ち合わせておらんでな。
「気に入ってもらって何よりだ――後はこれを、と言いたい所だが、もしかしたらこれは世に出ないかもしれないね」
どうした急に、こんな美味い物、全世界の猫愛好家の耳に入れば瞬く間に億万長者ぞ!
「ふふ慰めてくれるのかい?ありがとう、でもこの有様ではね――」
確かにこんなボロい工場では宣伝する金も無さそうだ、かと言って口コミでは時間が掛かる、どうしたものか。
「最後の頼みの綱と思って、原価度外視の最高の餌を作ったんだ、売れ行きは好調で出荷した分全て完売――だがさっきも言った通り原価を無視して作っていてね、儲けどころか支払いの方が多くなってしまってね」
本末転倒か、しかしなぜそこまでこだわるのだ?この男の腕なら安くても最高の餌を作れそうだがな。
「私は幼い頃猫を飼っていたんだ、それはそれは可愛くてね――」
うむ分かるぞ、吾輩も自分の可愛さに罪を感じているところだ。
「ある日、私は眠れなくて夜にこっそり家を出たんだ、夜の街を散歩するのは初めてだったが猫はいつもこんな感じなのかと、胸が高鳴ったものだよ」
分かる分かるぞ、外は自由だからな、吾輩もあちこちでよくゴロ寝している。
「だが私はそこで見てしまったんだ――よく猫の集会なるものがあるだろう?それを見付けてね、そっと近付いた、すると話し声が聞こえて最初は近所の家から聞こえて来るものだと思った、だが実際は」
なるほどな、集会を見た訳か。
「話していたのは猫だった、さらに驚く事にその集会を束ねていたのは私が飼っていた猫だったんだよ――私は怖くなってその場を逃げた、後に祖父から猫又という妖怪かもしれないと聞かされた、それからだ私は今まで散々可愛がっていた猫に近付かなくなったのは――彼は毎晩鳴き声を上げ部屋に入ろうとした、だが私はそれを拒絶したんだ、いつしか彼は私の元に来なくなり――やがて姿を消した、次に会ったのは数年後だった、小屋の隅で変わり果てた姿でね」
猫又――妖怪の一種で年老いた猫がなるものだ、尾が二つに避けるのが特徴で中には人語を理解する者もいるとか。
「そんなある日私の夢に彼が出て来た、私は怯えた、もしかしたら私を食いに来たのかと、だが違ったんだ彼はこう言った」
――君の作ってくれたご飯が一番美味かった、またいつか食べたいな。――
「嬉しそうに話してくれてね、それからだよ――来る日も来る日も私は勉強した、念願の食品会社に勤務して色々なノウハウを身に着け、それを活かして最高の猫餌を作ろうと思ったのは」
うむ、その腕は本物だったぞ――さすがだ。
「もう大昔のことだが、私は今もふと考えるんだ、もし彼が猫又だとしてまだ生きているとしたなら、今度は逃げ出さず胸を張って言いたい、君の為に最高のご飯を作ったぞ、とね」
良い話ではないか、吾輩なら毎日来るぞ――どうした煎餅幼女よ。
「決めた――私ここに住む、この人を幸せにしてあげたい、私ね妖怪の存在を認知してる人の元じゃないと力を発揮できないの」
なんとなく分かっておったわ、止めはせん、お前が決めた事ならな――陽なら任せろ、吾輩が説明しておく。
「ありがとうプー太郎、陽ちゃんによろしくね、それとまたお煎餅食べに行くからって」
あぁ伝えておこう、ではな――幸運を運ぶ座敷童よ。
◇◇◇
「そっか――あの子住む場所見つけたんだ」
うむ、あやつなら心配ないさ、それにまた煎餅を食べに来ると言っておったぞ。
「うん――それじゃいっぱい煎餅買い置きしておかなきゃね!」
それでこそ陽だ――おっといかん、そろそろ今日のベストキャットの時間だ!陽よ、はよぅテレビを付けてくれ!
「はいはい、えっと4番だったかな――あれ、この映ってる場所って街外れのあそこじゃない!?」
なんと!吾輩の存在を察知したテレビがここまでやってきおったか!ふっなんと罪な猫よ。
「これはどこ?すごい古い工場だけど」
これはあの工場ではないか、どうなって――おい陽、ここに映っておるの煎餅幼女ではないか!?あの老人も映っているな
「あ、本当だ!さっそく座敷童効果かな――てかこれ生放送じゃん!今から行けば映れるかも!」
なんとも浅はかで強欲な――痛てっ!
『それにしてもすごいですね、なんとこの餌、現在予約殺到で3年待ちだとか!』
「さ、3年!?これもあの子なの?」
むむむ、なぜだか妙に悔しいぞ吾輩は。
「すごいねぇ、大繁盛じゃない――ウチのバカにもこれくらい力があればなぁ」
なんだその眼は、陽よ吾輩をなんだと思っておる、ただの猫だぞ。
「はぁ、ほんとツイてないなぁ、あんたの代わりに座敷童がこっちに住めばよかったのに」
この!――あぁそうですかそうですか!だったら吾輩にも考えがあるわ。
皆さーん、今日の陽のパンツの色は水色ですよー、初々しさ香る水色ですよー。
「このエロ猫!いい加減にしろお!今日こそ捕まえてやるんだから!」
水色ですよー、初々しい水色―。
「バカ!アホ!変態猫!」
――テレビに映る幸運が訪れた工場、これから先も彼は作り続けるだろう。
大切な親友に送る、最高の食事を。――
「陽ちゃんプー太郎、また遊びに行くからね」
座敷童、それは幼子の姿をした幸運を運ぶ者、もしかしたら皆さんの家にも住んでいるかもしれませんね。
さて次はどんなお客がやってくるのか――。