第2話 幸せ運ぶあの子は座敷童(前編)
「日本の夜明けぜよ」
いつまで同じセリフを吐き続けるのかこの男は、そりゃこんなに綺麗な朝日だから言いたい気持ちも分かるが、かれこれ三十とんで七回目だぞ、しかも野郎二人屋根の上でだ。
「日本の夜明けぜよ」
三十八回目、いや歴史上の偉人っていうのは分かるよ?分かるけどさ、こう何度も同じセリフを吐かれると嫌になる。
それこそ最初はおぉ!坂本竜馬ぜよ!なんて吾輩も柄にもなく興奮したわ、しかし――しかしだ。
いい加減ウザく感じるぜよ――ぜよが移ってしまったぜよ、あぁこれは吾輩の中でゲシュタルト崩壊起きそうな予感だ、ぜよ。
しかしあれだな、この堅物に何とか言わせてやれないものか――パンチラとかそういった用語を。
おっとついニヤけてしまった、だがこの堅物の口からパンチラなんて言葉が飛び出した日には日本中が驚くぞ、くくく――さてどうやってこの堅物の口から言わせるか、それが問題だ。
「生類憐みの令、最っ高!」
おやおや、昨日からあんな調子で喫茶店の周りを走られると迷惑以外の何者でもないな、そのうちまた陽に追い払われそうだあの男。
ふぅむこうして見ると本当に鼻垂れだったのかと疑うな、陽曰くこの人物は幼少期は鼻垂れで臆病だったと聞いていたが、人はここまで変われる物なのか、しかしそれをさらに変えようというのが吾輩である。
時に坂本殿、今この国はなんという名前かご存知か?
「む?日本じゃなかんか?」
いや日本という名前ではない、坂本殿が死んだ後この国は変わったのだ。
「確かに民ん生活様式は大きっ変わった――ではこん国は今はなんちゆ?」
この国の名は――パンチラ、そう時代は変わったのだよ。
「パンチラ――うむ、西洋ん香りが漂うなんとも力強か国名ぜよ」
うおおおお、ついに言わせたぞ!やったぞ吾輩!この堅物にパンチラと言わせてやったわ!
「パンチラの夜明けぜよ!」
まだだ坂本殿、もっと腹の底から!これが坂本殿が描いた未来の日本、パンチラという国なのだ!
「うむ、パンチラの夜あ」
「うるっさい!あんた坂本さんに何言わせてんのよ!それと徳川さんもうるさい!」
ふははは、いいぞいいぞついに坂本竜馬の口からパンチラと言わせてやったわ、あぁ今日は気分がすこぶる良いぞ!
◇◇◇
「本当にすいません、あのバカには熱いお灸を据えておきますので」
本当に申し訳なかった、だから頼むお風呂にだけは入れないでくれ頼む!そ、そうだ今日は学校があるだろ?今から吾輩を風呂に入れたら間に合わんぞ!
「あら心配してくれるの?ありがとうね、でも今日は日曜で休みだから!」
ひいぃぃ、頼む後生だ本当に勘弁してくれ、こんなにも反省しておるだろう!あ、そこにおわすは徳川殿!頼む助けてくれ!
「娘よ、生類憐みの令とはなんぞ」
「何か御用ですか徳川さん、私はあなたには用はないのですけど」
頼みの綱が切れた――万事休す、すっかり小さくなってしまった徳川殿、鬼の形相で吾輩を風呂にぶち込もうとする娘、嗚呼我が人生悔いはたっぷり残っている、これが走馬灯というやつか。
ジェシカ来世はもっといい女になれよ、アマンダお前はもっと御淑やかにな、シュガー大きくなったら吾輩と結婚するという夢――忘れないでおくれ。
「大袈裟過ぎ、それに元々今日はあんたを風呂に入れる予定だったし、夏が来る前に綺麗にしておかないとね」
「時に娘よ、パンチラとはなんじゃ?」
「え!パ、パンチラですか?そ、それは――その」
いい気味だまた顔を赤くしておる、しかも坂本殿からの直々の質問だ、さぁたっぷり恥じらうがいい!
「おい陽!悪いが手ぇ貸してくれ!急いで頼むぞ!」
「う、うん分かった!すいません坂本さん、また後で!」
「うむ承知した――父の手伝いをすっなど、なんと甲斐甲斐しか娘じゃ」
た、助かった――しかしなんで急に手伝いなど、まだ昼前だぞ、少し覗いて見るか。
◇◇◇
こ、これはなんというハーレム、じゃなくて盛況ぶりだ!席の一つも空いてはいないではないか、しかも全員がピチピチの女性!あぁ神よ、吾輩はあなたを信じよう、いざ往かん我が戦場へ!
「おい猫邪魔だ!裏に引っ込んでろ!陽、コーヒー二つカウンターに頼む!」
「いらっしゃいませ!すいません今満席で、こちらに名前を書いてお待ちになってください」
入り辛い――ご主人どころか陽まで鬼気迫る表情で仕事をしておる、どうしよう、こういう場合吾輩はなにをすればいいのやら。
「ちょっとプー太郎邪魔!棚の上に登ってて!尻尾踏まれても知らないからね!」
くぅ誰も構ってくれない、致し方なしここは大人しく棚の上に避難だ、吾輩のチャームポイントの鍵尻尾が踏まれて形が変形しては元も子もないからな。
しかしどうなっておる、何故急にこんな客足が増えたのだ?まさかこの喫茶店に天使の生まれ変わりと云われた、吾輩がいると聞きつけた女性が殺到したとでも言うのか!ふっ我ながら罪な猫よ。
「どうなってやがる、こんなに客が来るなんて――まだ昼前だぞ」
「お父さんカレー無くなりそう!買い出し行ってくる!」
この店一番の人気メニューであるカレーが昼前に完売か――吾輩のお陰だな、今日からこの状況をプー太郎フィーバーと名付けよう、さぁ吾輩に極上のカリカリを献上するのだ!ふはははは。
「ふはははは、楽しいの?」
うん?それは勿論楽しいぞ、何せこんなに繁盛するのは天使の生まれ変わりとされた吾輩の力なのだからな、さぁ吾輩を崇め奉れ!
ちょっと待て、違和感なく普通に話し掛けられて気付かなかったがお主、吾輩が話す事が分かるのか?というかいつの間にか隣に座っておるし!ここ棚の上なんだけど!?
「じゃあもっと呼んであげる」
いやいやそんな手をフワフワ振り回されてもだな、見ておれ客引きとはこうするのよ!さぁピチピチの女性よもっと集まるのだ!
あれ外が騒がしいぞ、何だ――はいちょっとごめんよ、足の間通りますよっと、あぁ素敵な眺めだにゃあ――っとそんな事考えている場合ではないな、どれどれ。
「なんか無性にここのカレー食べたくなるんだよね」
「ふらっと立ち寄ってみたらすごい行列なんだもん、絶対ここのランチやばいって!」
ふおおおぉぉぉ!ここは天国ですか!天国なんですか!?ここです可愛いニャンコはここにおりますぞ!
「あっそろそろ行かないと、お昼別の所で食べなきゃかな」
「え?今から?うん分かったそっち行くね」
あれ?あれあれ?お嬢さん方一体どちらへ?ここですよ、天使のようなニャンコはここですよ――ものの数分であの長蛇の列が消え去った、どうなっておるのだ!
「ふぅ峠は越えたか、しっかし急な客入りだったな――こんなに売れるなんて」
ご主人は嬉しいかもしれんが吾輩はちっとも嬉しくない!女性陣との触れ合いなんて無かったぞ、あんなに一杯いたのに、どう責任を取るつもりだ!
「ただいま!あれ?店――空いてる」
「おうおかえり、丁度峠は越えたらしい、少し休めもしかしたらまた来るかもしれないからな」
「うん――わかった、どうなってんだろ」
それはこっちが聞きたいぞ陽よ、何がどうなっておる、せっかくの触れ合いがぁ。
「おいプー太郎うるさいぞ、全くずっとギャーギャー騒ぎやがって」
うぅ触れ合いが――おや?そういえば棚の上に居たあの娘、どこに行った?いつの間にか消えてしまったな、はてどこに、むっ何やら物音が聞こえたな陽の部屋にいるのか?
「このお煎餅、おいしいね」
やはりここにいたか、おいお主、先程のプー太郎フィーバーについて聞きたい事があるぞ、だがその前に小一時間説教してくれるわ好き勝手騒ぎおって、まずはそこになおれ。
「あんたが一番騒いでたでしょバカ言わないの、それにどうみたってこの子幽霊か妖怪でしょ、あんたと会話出来てるんだから――ごめんねまだ夜じゃないから依頼は後で」
そうだそうだ、さっさと帰れこの煎餅幼女め!
なんだ吾輩を睨みおって、言っておくが吾輩は幼女だからといって手加減はせぬぞ。
「ほい、ほい、それ」
なんだそれは片腹痛いわ!お遊戯でもしておるのか随分と可愛い幼女だのう、ふはははは――ぎゃっ!置時計がなぜ吾輩の頭に。
「ちょっと大丈夫!?なんで置時計が急に――うわ嘘!」
な、なんだ陽どうした?吾輩の後ろになにかあるのか――なんだこの超常現象は、本や陽の下着が宙に浮いておるわ!色は――白だ!
「ちょ!どこ見てんのよエロ猫!」
「楽しい?これも楽しいの?」
「全然楽しくないよこんなの!寧ろ怖いよぉ!」
落ち着けお前さん話せば分かり合えるはずだ、な?まずは浮かせた物を置くのだ、そうそういい感じだぞ、ふぅこれは驚いた――この幼女、見た目は日本人形そっくりだな、おかっぱヘアーがなんとも。
「この子もしかして――座敷童じゃ?」
座敷童だと?ふぅむ――確かにあの急な客入り、この幼女の仕業と考えれば辻褄は合うが、何故ここに来た?依頼とは無関係そうだが。
「あのね、住むお家を探して欲しいの」
住む家とな、そもそもお前さんは放浪するタイプの妖怪だろうが、住む場所を決めてどうするというのだ――空き家とかそういうのか?
「ううん違うくて、人も住んでて妖怪を信じてる人のお家」
訳ありかどうする陽、何やら面倒そうだぞ。
「でも放っておけないよ、それにどんな物でも探すのが」
吾輩達の仕事か、やれやれ面倒な依頼を引き受けてしまったな、痛て!くぅまた時計か―っ!
「よろしくおねがいします!」
「はい、確かに承りました――でも夜まで待っててね、その間このバカの事好きにしていいから、じゃプー太郎あとよろしくー」
おい待て陽、吾輩をこいつと二人ぼっちにするなど――何をしている、なぜ時計を浮かせておるのだ?よせ止めろ!お願い止めて、ちょっと待って!
にゃあああああああ!
「ふふ、お灸はこれでいいかな――よしもうひと踏ん張りだ!」