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頼むから俺の独身生活を脅かさないでくれ  作者: 瀬戸内ジャクソン
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木々が風に揺れる音にヒグラシの鳴き声が混じりはじめた。

テラスの階段の一番下に座る御影の目の前、店先の駐車場では八十八と九十九が二人して御影のライフのボンネットの中を覗き込んでいる。

遠目には、というか近くで見たところで御影にはサッパリ何もわからないのだが、エンジンの脇に備え付けられた黒い小箱を開け、小さい部品を抜き差しし、エンジンを掛けては止めてを繰り返しながら古川兄妹があーでもないこーでもないと言い合っている。

事の発端はというと、十数分前にそろそろ帰るかと店を出ようとしたが、エアコンが壊れていたのをすっかり忘れていた。ダメもとで八十八に相談してみた結果、少し診てみようという話になったのだった。

程なくして、八十八の手が止まり、九十九に何やら指示を飛ばす。間髪入れずに九十九はバイクに跨り、どこかへ駆け出して行った。

御影のライフは心臓部を晒した状態のまま、八十八が御影の下に近づいてくる。目の前まで来て少し横に逸れて行き、よっこいしょと御影の隣に座る。

ふーっとシャツの襟もとを手でバタバタと揺らした。相変わらず天気が良く、日向での作業は暑いのだ。

丁度、テラスの下あたりは店が日光を遮ってくれるおかげで大きく影が差している。

「エアコンのクラッチリレーが死んでたみたい・・・って言ってもわかんないよな。」

「うん。まったくわからん。」

八十八が両手をやや後ろに出して、背を倒した姿勢でぼーっと遠くを見る。これは恐らく頭の中で次の言葉を考えているところだと御影は知っている。

「とりあえず直る。」

中学生の頃の八十八ならもう少しマシなことを言っていたと思う。かつてない酷さに思わずくすりと小さく笑った。

「なに笑ってんだ?」

八十八が不服そうな顔を御影に向ける。むすっとしたその表情が御影には何故か可愛く見えて少しどきりとする。

「いや、ハチは全然変わってないなーと思ったら笑えてきた。考えた割に大した事言わないとことかさ。」

心の揺らぎを誤魔化すように、笑みはそのまま御影が答えた。

しかし、御影自身、そういった動作には慣れていない。もしかしたら気付かれていないだろうかとさりげなく八十八の様子を伺う。

「うまい言い方が思いつかなかっただけだろ。そこまで言わなくてもいいと思う。」

八十八が遠く空を仰ぎながら、やれやれとため息をつく。

どうやら、気付いていないらしい事を確認できたので、御影は一安心した。


九十九が出て行ってから30分程して、甲高いバイクの音が山の方から下ってきた。

リズミカルにエンジンを吹かしながら減速し、御影たち二人の前に止まる。

「お疲れさん。代わりのリレーは見つかったか?」

バイクから降りてヘルメットを脱いだ九十九に八十八が声を掛けた。

「ちょうど、カマ掘られて全損のライフが置いてあったから、そいつから頂戴してきた。」

九十九が革のジャケットのポケットから小さくて四角い部品を取り出して、ドヤ顔を見せる。

その部品を八十八が受け取り、二人そろって御影のライフに向かった。

遠くから眺めているだけの自分に飽きた御影も後ろをついていく。

まず、八十八が先程開けていたエンジン脇の小箱を再び開く。その中には九十九が持って来たものと同じ部品が数個差し込まれている。

八十八はその数個の中から迷うことなく一つを抜き取り、九十九が持って来たものと差し替えた。

「よーし、オッケー。九十九、エンジン掛けてくれ。」

既に、車内に控えている九十九に声と手で合図を送り、エンジンが掛かった。

八十八がエンジンの下の方を覗き込む。

何を見ているのか、やはり近くで見ても御影にはわからない。

「よし、動いてるな。」

八十八がそう言って顔を上げ、ボンネットを閉じた。

「九十九、直ってるか?」

車内の九十九に声を掛けるが返事がない。運転席の方へ向かって行き、ドアを開けた。

「あ゛ぁ~、いぎがえるぅぅ~」

そこには温度最低、風量MAXを全身に浴びて脱力する九十九の姿があった。

この気温で革のジャケットを着ていたのだから相当暑かったのだろう。昼食の時に「コケた時にケガしないための物だから」と言っていたので、わざわざ好き好んでこの夏場に着ているわけではないらしい。

御影はその様子からサウナの後の外気浴や水風呂に近いものを感じた。

「もうこのまま寝ちゃっていいかな?」

「昼寝は帰ってしろ。」

九十九の冗談を八十八が軽くあしらう。そして、再度確認するようにエアコンの吹き出し口に手をかざした。

「ガン冷えだな。直ったぞ御影。」

背後から見ていた御影に一声。八十八は素っ気ない感じを出しているが、どこか嬉しそうに見える。

御影も兄妹の間に割って入って、愛車の様子を確認することにした。吹き出し口からは元通り冷風が吹き、翳した指先が痛く感じるくらいに冷えていた。

「二人ともホントありがとう!求職中でお金ないから、高くついたらどうしようかと・・・」

御影は大きく頭を垂れて感謝の気持ちを伝えた。だったが、ふと顔を上げると古川兄妹が沈黙している。

「ウソ・・・御影ちゃん仕事してなかったの?」

「俺は薄々感づいてたけどなカッコがカッコだし。」

そういえば一言も言ってなかったなと、御影は今日の出来事を思い返して青ざめた。


「じゃあ、私も帰るとしますか。」

御影が気まずくなったのかそそくさと帰って行ったのを見届けて、九十九が言った。

辺りはすっかり薄暗く、空のグレーと夕日のオレンジがグラデーションを描く。

九十九がライダースを羽織ってゼファーに跨る。

「さっき撮った写真はまたプリントアウトして持ってくるよ。」

ライフの修理が終わってから、再会を記念してと九十九が言い出して3人で並んで撮ったものだ。うっかり無職発言をしてしまった御影は渋ったのだが、なんとか折れてくれた。

「バイトは、明後日からだからな。忘れんなよ。」

九十九はヘルメットを被って準備完了だ。

「わかってるよ。前に言ってた友達も連れてくるから。」

「はいはい、了解。」

八十八の返答を聞き流しながら、九十九がエンジンに火を入れる。

軽く2回ほど調子を確認するように、アクセルを捻った。そのまま出て行くかと思ったが、九十九の顔が八十八に向いた。

「超可愛い子を呼んどいたから、兄ちゃん惚れちゃうよ?」

それだけ言い残して、甲高い排気音を上げながら黒いゼファーが走り去って行く。

「余計なお世話だバカ妹。」

聞こえないとわかっていながら、その後ろ姿に捨て台詞を吐いて店に戻った。

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