煙草と店主と
仕事やら病気やらでバタバタしてやっと余裕ができたのでまたちょこちょこ更新出来ればと思います。
深く息を吸う。
それに伴い咥えた紙筒から鼻腔を刺激する煙が肺へと流れ込む。
深く息を吸った後は少し息を止めて、含んだ煙を宙へと吐き出すことで煙と共に自分の何かが抜け出るような錯覚に陥るのが堪らない。
漂う煙は月夜へと舞うが、ものの数秒できえてしまった。
他人から見れば単なる喫煙者。
身内からすれば有害物質を振り撒く困り者。
慧音の前で吸うと決まって顔をしかめるが、こちとらこれが無いと生きてはいけない身になりつつあるのだ。少しばかりの我儘は勘弁してほしい。
私は今人里離れた竹林の中でぷかぷかと煙草を吹かしている。彼女はいつも煙草が人体に引き起こす事柄をくどくどと宣いはするが、こちらと不老不死の身。そんなことで寿命が縮むなら喜んで本数を増やすだろう。
私、藤原妹紅は今日も今日とて決まった時間にこの場所で煙草を吹かしている。
香霖堂の店主、森近霖之助のツテで得たこの銘柄は外の世界で一番人気の銘柄らしい。
これ以外の物を吸ったことがないせいか、違いなどは分からないが、少なくとも今の私にとっては無くてはならない物になってしまった。
「・・・ふぅーっ、、、美味い」
意識せずに言葉が溢れる。
普段は慧音の寺子屋で用務員として過ごしているせいか、子供の前だと吸うのを許してくれないのだ。あの教育者は。
子供の教育上良くないと、あと副流煙がどれだけ周りに迷惑をかけるかと小一時間ほど説教をくらい私は寺子屋で煙草を吸うのを禁止された。
まあ、彼女の言い分は概ね正しいのでこうして抜け出してはここに来る。それが日常化してしまったが、休憩時間をこれに割いていると考えれば問題はないだろう。
いつもならここで2、3本吸って寺子屋に戻るところなのだが、今日はそうはいかないようだ。
竹林の奥から葉を踏みしめる音が徐々に大きくなる。
誰かがこちらに歩いてきているようだ。
基本この竹林には里の人間は近寄らない。うっかり入れば迷い、抜け出せなくなる恐れがあるからだ。無論この竹林の先にある永遠亭に用があるとなれば話は別だが、その場合はまず私に話が来るだろう。
寺子屋の用務員兼迷いの竹林の案内人たるこの藤原妹紅でなければ、ただの人間がこの竹林を踏破するなどという可能性はゼロに近い。
まあ、それがただの人間だったらの話だが、
「・・・やあ、妹紅。言われた通り追加の煙草を持ってきたよ」
「ああ、いつも悪いな。これが1日でも切れると何もかも燃やしたくなっちまうような気分になるから困るんだ本当に」
「それは笑えない冗談だ」と言いながら穏やかな顔を崩さない男。
そう、この男が香霖堂の店主。半人半妖の森近霖之助である。
私とはまた異なる意味で永遠を生きる者でもある。
「ここ最近例の二人の様子はどうなんだ?聞く限りじゃ、随分と困った事態に陥ってるみたいじゃないか」
フィルターだけになった煙草を手のひらで炭に変え、さらにもう一本に火を灯す。
「そうだね。君が事情を知ってるということは人里にまで噂は及んでいるということか、、、」
霖之助は顔をしかめる。この男の表情の区分は2通りほどある。1つは人畜無害を絵に表したかのような穏やかな笑み。商売人としての顔だろうか、この幻想郷でこいつほど穏やかな奴を私は見たことがない。
そして、2つ目は今の顔。大概この男がこんな顔をする時は決まって博麗霊夢か八雲紫に関する話。
私は本来月の民であるが故にこの幻想郷との関わりは長くない。それ故か、霖之助がこうもあの二人に対してはさも壊れ物を扱うような態度になるのかがイマイチ理解できないのだ。
「なあ、私は特段あの二人と関わりが深いってわけでもないが博麗の巫女には少なくらず恩を感じている。あの巫女のおかげで私は自分の復讐心にケジメをつけることができたし、輝夜との関係を見直すことだってできた」
そう、この身を不死に変えてまで輝夜に復讐を誓った決意はあの巫女に完膚なきまでに叩き潰された。
人間をやめ、永久を生ける屍になるはずだった私はあの巫女との一戦で救われたのだ。
私を常に心配してくれた友人の想い。そして、仇であるはずの輝夜に内包された想いを知ったことで、今の私があるのだろう。
「ふぅーっ」と息を吐くと月夜に煙が舞う。
以前はこの復讐の焔が空の果てに見ゆる月へと届かせることを毎夜夢に見てはいたが、今となってはその焔も燻りぷかぷかと煙になって漂うだけになってしまった。
けれども、それは決して不快なものではなく、その宙ぶらりん加減が好ましいとさえ思えるようになった。
「私は今の私にある程度満足してる。この命が尽きることはないのだろうけれど、寺子屋でだらだらと働いて、生意気なガキ共の成長を見ながらこうして煙草を吸う毎日が続けば良いと思ってるわけだ」
「・・・以前の君からは想像もできない発言だね」
「ああ。そのきっかけを作ってくれたのがあの巫女なんだ。そんな奴が今困ってるなら少しくらい手を貸すのもやぶさかじゃあないだろ?特に私みたいな生業の奴こそあいつが抱える悩みにうってつけの人選だとは思わないか?」
「・・・そうだね。今霊夢が悩んでいるのが正に君が一度通った道だと思う。人と人でない者の狭間に彼女はその身を置いている、、、いわゆる中道ってやつを彼女は歩いているんだ」
霖之助はその場に腰を下ろして続ける。私も、短くなった煙草を焼き消すと近場の岩に腰を下ろした。
「しかし、中道って言っても彼女は人間だ。しかも、今まで歴代の巫女はその全員が人間に寄り添って、妖怪と対峙する形で生きてきた。しかし、今では人と妖怪の関係は見直され良き隣人としてこの世界で暮らしている」
「中道なんぞどこぞの神子様でしか歩めない道だろーに。だいたい、あいつは望んでその中道とやらを歩んでいるのかね?明らかに妖怪側に傾いている気がしてならないんだけれど」
「そうだね。今代での博麗の巫女の役割は妖怪と人間の間に立つこと。つまり、両者に対して中立を保つ立場でなくてはならない。しかし、彼女の育った環境を考慮すれば妖怪側に傾くのは仕方のないことだと思うよ」
「まあ、幼少の頃からそりゃ人でない者達に囲まれたらそうなるわな」
結局のところそこだ。その経験が故に今の巫女が自身のあり方にズレを感じることは必然と言ってもいい。
あの巫女は単に人でない者達を愛してしまったのだ。人であるが故に人を愛す、、、なんてことはあるはずが無い。人であっても人を憎みもするし、殺しもする。
そして、八雲紫はそれを危惧しているのだろう。巫女として中立を保たなければならない立場である博麗霊夢が妖怪側に立つということは、今の幻想郷のあり方を根本から否定することになる。
「八雲紫が焦るわけだ。こんなんじゃ先代の巫女も、今までこの世界の為に死んでいった博麗の巫女が報われないじゃないか」
「・・・紫が心配しているのは幻想郷だけじゃないんだよ」
霖之助の表情が僅かばかり曇る。それはとても悲しそうだった。
「ん?まぁ、今の巫女がダメなら代わりを見つけてくるって話か?聞くところによると博麗の巫女ってのは言わば消耗品なんだろ?言い方は悪いがな」
確か慧音から聞いた気がする。代々の博麗の巫女は短命であり、死ぬたびに八雲紫が新しい巫女を何処ぞから連れてくると。
「うん。紫の行いが善か悪かは僕にもわからない。彼女達の犠牲の上に胡座をかいて座っているのが今の僕達だからね。この世界における加害者が僕たちなら被害者は歴代博麗の巫女達さ。けれど今回ばかりは事情が違う」
「事情?」
「今代の博麗の巫女、、、霊夢はある意味一番の被害者なんだ。今までの巫女達は少なからず妖怪への強い憎しみを抱いて自ら巫女になった節がある。紫がそういった境遇の人間を選んだ可能性もあるけれど、
「けれども、霊夢は違う。彼女が選ばれた理由はただ素質があったから。妖怪への憎しみなど無く、何処にでもいる普通の女の子だったんだ。他にも重大な要因があったことは今は伏せるけど、、、
「そんな霊夢を紫はまるで自分の子のように育てていたよ。霊夢も間違いなく紫のことを一介の妖怪ではなく、まるで本当の母親のように慕っていたと思う。だからこそ、紫は危惧しているんだ。いや、恐怖しているだろう。
「霊夢が妖怪側につくことで、霊夢自身の身に危険が及んでいることにね」
「・・・・」
なるほど、理解できた。それは残酷なんてものじゃあない。
自身が愛し育てた娘をこの世界の維持の為の消耗品にしてしまうことへの恐怖か。
自業自得、、、と言われても仕方のないことではあるが、今の話を聞くととてもそんなことを口には出せないな。
気づけば無意識に煙草を口に咥えていた。
吐き出す煙がその答えなのか、儚く散っていく博麗の巫女を彷彿とさせるかの如く、煙は月夜に舞って消えていく。