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地底の鬼

 地底に日の光は届かない。

 地底に人のぬくもりは届かない。

 そもそも人間がいないのだ。当然至極当たり前の答え。

 それでも、私はあの頃を思い出す。

 ほんの少し、妖怪の私にとっては刹那の時間。

 一人の人間と過ごしたあの時の記憶。

 安物の酒を愛し、人間を愛し、妖怪でさえ愛したあの傍若無人な暴力巫女。

 博麗麗華との記憶を私は思い出す。

 最初の出会いは殺し合い。

 再び出会えば殺し合い。

 最後に出会えば殺し合った。

 血で血を洗う物語。

 凄惨たる過去の記憶。私にとっては至極懐かしい。

 私たち妖怪はあの戦いで人間に敗れたが、敗れるべくして敗れたが、その真相を知るものは私とスキマとメガネくらいだ。あとは、閻魔と文屋のカラス。それに、あの悪魔だったか。

 決して語られることのない物語。

 つまらぬあと語りをするものなど誰もいない。

 博麗麗華は英雄になった。

 それで、終焉。ハッピーエンド。

 世界は嘘で満ちているが、ここはすべてを受け入れる幻想郷。

 どこかのスキマではないが、

 残酷とはまさにこのことだ。





 旧都。

 文字通り旧い都。

 久方ぶりとはいえど、ここに来ると何とも懐かしい気持ちになる。

 幼いころ、まだ旧都ではなく、栄えていた都として在ったこの場所で、私は姉さんと紫とあと一人・・・過ごした記憶が確かにある。

 日の光が届かぬ地底。

 光はなくともぬくもりは確かにあった。 

「なんで思い出せないのかしら」

「何が?」

「いや、何でもないわ。少しだけ昔のことを思い出しただけ」

「あー、なるほど。あんときのことね、あんたがまだ鼻水垂れてアホ面引っ提げてた頃ねー。いやー懐かしいわー」

 この妖怪、ほんと質が悪い。

「うるさいわね。私も覚えてるわよ。質の妖怪が絡んできたと思ったら、一瞬で紫と姉さんにボコられて泣いてた緑眼の怪物さんのことをね」

「はっはっは、誰かしらねー、そんなことするアホな怪物さんわー」

「はいはい、それよりもうすぐね。姉さんの家」

 もはや廃墟と化している都。この一番奥の廃墟に彼女は住んでいる。

 地底でも、いやこの幻想郷の中でも屈指の強さを誇る妖怪。

 力の勇儀。怪力乱神の異名を持つ鬼の中の鬼。

 様々な妖怪の中でも決して人と交わることのない妖怪。それが鬼という種族だ。

 人と相反する存在。白と黒。光と影。人と鬼。

 そして、巫女と妖怪。

 私はなぜ姉さん・・・勇儀とこのように親しくしている理由を覚えていない。

 昔、巫女の修業が辛くてよく泣いていたが、その度に勇儀が私を慰めてくれたことをおぼえている。

 私が泣く度に、駆け寄ってきてはよくあやしてもらったものだ。紫がそれを見ては不機嫌そうに睨んでいたことを勇儀は知っていたのだろうか?

「それにしても姉さんは相変わらずね。なんでこんなところに住み続けているのかしら?姉さんならもっと良い場所で暮らすこともできるでしょうに」

「・・・・・つまらないこと言うのね」

「え?何か言った?

 「いや何も」とパルシィは言う。

「もうすぐね、見えてきたわ」

 旧都の最奥。

 穴倉の中のそのまた奥。

 さびれた小屋がぽつんとたたずんでいる。

 私は進む。

 何度も来た場所。

 彼女はいつもそこにいる。

「おぉ、久方ぶりさね、霊夢」

 低い声。他を圧倒するしゃがれた声。

 大柄な体躯、羽織る浴衣は妖艶な紫炎色。射貫くような赤い瞳。

 そして、紅い一本角。

 鬼が鬼たる所以でありその象徴。

 鬼の中の鬼。星熊勇儀はシニカルに笑う。

「パルシィは昨日振りだね。んで、何しに来たんだい?お前から訪ねてくるなんて、またあのスキマ妖怪と喧嘩でもしたのかい?」

「その通りよ勇儀。だからあんたに甘えに来たってわけ、そうよね霊夢?」

「なんであんたが答えるのよ」

「まあまあ、噛みつきなさんな。勇儀に相談があるのは本当のことでしょ?私はここいらでお暇するから、あとは姉妹水入らずってね」

 「それじゃあね」とパルシィは私と姉さんに背を向けるとそのまま行ってしまった。

 最後まで掴み所のないやつ。

 それでもやはり、私はあいつのことを嫌いになれないらしい。

 まるで鏡を見ているようで・・・

「んで?今回は何が原因だい?この優しい優しいお姉さんに言ってみな」

 そう言って、私の姉。血はつながっていない、そもそも人と妖怪という間柄ではあるが、それでも私の姉を名のる目の前の鬼はシニカルに笑うのだった。





 私の妹は人間だ。そしては私は妖怪である。

 矛盾した関係だとは思うが、それでも私は霊夢の姉だと自覚する。他人が何を言おうと関係ない。

 それは私が決めたこと。

 今回の一件。

 あのスキマ・・・紫が放った霊夢への一言。

 聞いただけであいつが霊夢に何を言いたかったか、何に気づいてほしかったか分かった。

 尺には触るが、今回ばかりはあいつが正しい。

 以前パルシィが言っていたことを思い出す。

「霊夢は私たちと似てるのよね。物事に対して消極的。達観、諦観。まるで妖怪のように、俯瞰した現実を生きている

「私たち妖怪はやるべきことを見つけないと生きていけない。やりたいことはいくらでもできる。時間の流れがそうさせてくれるから、妖怪は自分の願望に従順なのだ。

「でもね、やるべきことを見つけられないとその先は地獄よね。

「悠久の時を生きる私たち妖怪は、願望だけじゃ存在を維持できない。妖怪の妖怪足る所以である存在意義を私たちは個々に持っている。

「私の場合は他者への嫉妬。そして、地上と地底の橋を守る役割。

「それが私の橋姫としての役割であり、存在意義。

「あんたも同じでしょ。星熊童子。

「幻想郷の妖怪にはそれぞれの根底にある、生まれ出づる役割に準じて生きている。

「それが妖怪。人に非ざる私たちの宿命。

「だからこそ、妖怪は度々異変を起こすのだわ。

「自身の存在意義を証明するためにね、

「でもね、霊夢は違う。あいつは人間なのよ。

「博麗の巫女であるという点を除けば、ただの人間。

「でもね、あいつは私たちと同じで目的がないと生きていけないみたい。

「博麗の巫女という役割を失えば、あいつはすぐにでも消えてしまいそうなくらいに脆くて儚い。

「だからこそ、あいつの周りには妖怪が集まるのでしょうけれど、それは本来あってはならないこと。

「このままだと、霊夢は博麗に巫女としては破綻してしまうわ。

「おそらくあのスキマ妖怪も気づいているはず。

「だから、あんたは味方になってやんなさいな。ただ甘やかすんじゃなく、あいつのことを思うのなら、たまには厳しく接するのも姉の勤めでしょ」

「・・・・・・・霊夢」

 思考から戻る。

 私は声を絞り出す。

「何?姉さん」 

「お前は妖怪か?」

「え?」

 霊夢の表情が強張る。

 それでも私は続ける。

「紫がお前に言ったことは至極全うだと私も思うさね」

「・・・・どうして?」

「お前は人間さ。紫はお前に言った。「貴女の役割をこなしなさい。私の言ったことだけをこなせばいい」紫の言う役割ってのはつまり人間としての役割ってことさね。あいつはめんどくさい言い方しかできないからあれだが、少なくとも今お前がやってることは妖怪の真似事だよ」

「真似事って・・・」

「いいから聞きな」

 何か言いたそうな霊夢を押しのけ続ける。

「博麗の巫女ってのは中立でなければならない。以前は人間側の味方だったが今は違うのさ。妖怪と人間の仲が解消された今、あんたの役割ってのは互いの関係を保つこと。決して巫女が妖怪の領域に立ち入るべきではない」

 まぁ、霊夢が妖怪側に立ちたがるのは私たちの責任ではあるが。

 だからこそ、紫は霊夢に警告しているのだろう。

「立ち入るべきではないって・・・だったら私はどうすればいいの?妖怪に認められる巫女になりたいだけなのに。私に優しくしてくれたあなた達に恩を返したいだけなのに・・・!」

 霊夢の声が震え、目じりには涙さえ浮かんでいる。

 それを見るのはすごく堪えるさね

 しかし、

「・・・・・そうか。だったら、霊夢・・・・・お前のやりたいこと、お前が本当に望むことを見つけろ。博麗の巫女だとか、幻想郷のためじゃない本当の願いいってやつをさ」

「本当の願い?」

「ああ、それを見つけるまで・・・・・・・」




「私はお前と会わないさね」


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