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語り

 彼女が無様に死んで十五年の月日が経った。

 

以前のような人と妖怪が争う時代はとうに過ぎ去り、争いもなければもめごともない平和な日々が続いている。

 

幻想郷は以前にも増してその姿を美しく、そして緩やかに人間と妖怪双方をその身に宿し、今もなおその境界は崩れそうにない。

 

スキマ越しに世界を覗けれど、眼前に広がるのは明かるげな人と人でない者達の声。

 

彼らは口々に言う「良い時代になった」と

 

私もそう思う。


 以前のような血で血を洗うような凄惨なる日常とは異なり、人と妖が手を取り合い、笑顔に満ちて過ごすその世界こそ誰もが望んで止まなかったものだろうと。


 私は思う。


 「彼女」もそう望んで無様に死んでいったに違いない。


 スキマ越しに見える世界は遠のき、自分が今どこにいるかを再確認する。


「・・・どおかしら。あなたが望んだ世界は」


 返事はない。


「みんな楽しそうよ。人も妖怪も関係なく笑顔に満ちているわ。全部あなたのおかげよ・・・皆があなたに感謝してる。この世界を救ってくれた英雄だってね」


 返事はない。


「・・・思えば不思議な話よね。誰よりも人のために戦った貴方が、結果として妖怪達からも感謝されるなんて・・・本当に不思議でたまらないわ」


返事はない・・・


返事など返ってくるはずがない。


 「ほんと、うんともすんとも言わないわね貴方・・・ほら、飲みなさいな」

 

私は藍に頼んでしつらえた酒を「彼女」にかける。生前「彼女」が好きだったその銘柄は特に値が張るわけでもない普通の酒だ。これなら、あの鬼が持ってくる酒のほうがまだ良い品だろう。

 

けれども、「彼女」ずっとこれが好きだった。


 私には理解できなかったが、それこそが「彼女」が


「彼女」たる理由の一つだったのだろう。


 平凡を愛し。平凡をを守るために命を散らせた人間。


「・・・つくづく理解に苦しむわね」


 自然に笑みがこぼれる。


 「・・・やっぱりそれを持ってきたんだね・・・紫」


 背後で低い声色が響く。


 振り返ると、そこにいたのはメガネの細男だった。


「・・・そうね。あの娘が好きだった物なんてこれくらいしか思い浮かばなかったのよ。それでなんの用?しがないガラクタ屋の店主さん」


「ガラクタ屋って・・・他のみんなが言うならわかるけど君に言われちゃ元も子もないじゃないか」


 メガネ・・・もとい森近霖之助は不満そうにぼやく。


「知らないわ。そんなこと、それより貴方も持ってきたんでしょ?だったら早く「彼女」に飲ませてあげなさいな。まだまだ飲み足りないと思うからね。


「・・・・そうだね。ほら麗華、君の好きだったお酒だよ。紫と被ってしまったけど君なら問題ないよね。なんせ君は酔い知らずだったから・・・」

 

霖之助はそう言うと、私が持ってきた酒と同じ銘柄のものを「彼女」にかける。

 

彼の表情はとても穏やかだ。毎年この場所を訪れ、彼に会うのだが、彼だけは変わらない。それが何を意味するのかは分からないでもないが、彼の中身がそうさせているのかもしれない。


 霖之助は「彼女」に酒をかけ終えると、いつもの調子で「あとは勇儀だけだね。彼女が来ないはずがないとは思うけど」などとぼやき始める。


「そうね、あの鬼のことだからどこかで酒でも飲んだくれてるんじゃないの?」


「相変わらず辛らつだね・・・おっと、噂をすればなんとやらだ・・・遅かったね勇儀」


 確かに噂をすればやってきたようだ。


 霖之助が手を振るほうに目をやれば、大柄な妖怪が一人歩いてくる。


「・・・待たせたさね。ちょっとこいつを見つけるのに手間取ってさ。地底じゃなかなか置いてないんだよ。麗華が好きだったこいつがさ」


 勇儀はそう言って手に持っているものを私と霖之助に見せる。


「貴方それ・・・・」


 勇儀は「ああ」と笑いながら言う。「あいつ何故か高い酒よりこんな安酒好んで飲んでたからね。嫌でも覚えるさ」


「・・・そうね。あの娘本当にそのお酒好きだったものね」


「ん?紫と霖之助もこの酒持ってきたのかい。だったら少しくらい飲んでも構わないか。ほら、杯も持ってきたんだ。三人・・・いや四人で飲もうじゃないか。久々だろ?この四人で飲むのもさ」


 勇儀はそう言って杯に酒を注ぎ始める。供え物に手を付けるのもどうかとは思うが、勇儀の言うとおり、この四人で飲むのは本当に久しぶりだ。


「そうだね、決してめでたい日ではないけれども、たまには四人で飲むのも悪くない・・・そうだろ?紫」


「・・・そうかもね」


「そうさ、たまにはいいもんだろ?・・・じゃあ酒は渡ったな」


 勇儀の呼びかけに私と霖之助は杯を構える。


「じゃあ、麗華が逝っちまって十五年目の今日。あの頃の思い出を肴に乾杯ってな!」


「乾杯!」


「・・・乾杯」


 杯の音が鳴る。


 今日は先代巫女・・・博麗麗華の十五年目の命日。


 私は目の前「彼女」を見やる。


 人間のために無様に死んだ彼女。


 墓石に掘られた博麗麗華という文字を見るたびに、少し悲しくそれでいて楽しかったあの頃を想起する。


「・・・相変わらず安っぽい味だわこの酒」


 やはり、理解できないわね。



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