煙と巫女と満ちぬ月
時刻は深夜を超えていた。
あの後、霖之助のあの二人に対する愚痴や心配事を聞き終えた私は迷いの竹林の上空にいる。
歩いて帰るのが面倒になったのだ。この時間だと慧音はもう寝ているだろう。逆に起きていたらそれはそれで怖い。
夜通し説教される羽目になるなんて御免だ。
この季節に空を飛ぶのは少し冷えるが仕方がない。妖術を使って火を呼び出すことも考えたが、里の人間に見られて変に目立つのも避けなければならない。
騒ぎを起こすとうるさいのだ彼女が。
もう何本目かもわからない煙草に火を灯す。火が消えないように飛ぶスピードを落とし、ゆっくりと人里へと向かう。
向かうのだが、、、
「ん?ありゃあ、、、、噂をすればなんとやらってやつか」
前方に見えるのは赤と白、、、いや、赤と白の巫女服に身を包んだ少女。
満ちた月を眺め、そこから微動打にしない彼女は何をすることもなくただ一心不乱に月を見上げている。
同性の私からですら、目の前の少女。博麗霊夢の整った顔立ちには見惚れてしまうくらい魅力がある。また、その儚げな雰囲気がより一層彼女を他の人間とは
異なる存在だと再認識させてしまう。
まるで彼女の周りだけ時がゆっくりと流れているような、そんな感覚。一千年生きた私でさえ、さもそのような感覚に陥る。
やはり、博麗の巫女は異質な存在なのだろう。不老不死になった人外である私が思うのだ。里の人間が彼女を特別視するのも無理はない。
私は未だ月を眺める彼女にゆったりと近づいていく。
しかし、流石というべきか、彼女はこちらを振り向きもせずに「何の用かしら?藤原妹紅」と顔も見らずに私と言い当てたのだ。
「そう邪険にするな。久方ぶりに会うんだからさ。それに一体どんな手品使ったんだ?振り向きもせずに背後から迫る相手を言い当てるなんざ」
霊夢は「ふんっ」と、顔をしかめながら手を鼻にやると
「煙や煙。こっちが風下だから直に煙が流れてくるのよ。空でタバコなんざ吸う輩はあんたぐらいしか知らないからね」
「、、、なるほど。それは飛んだ失礼を」
吸いかけだった煙草を一瞬で灰に変える。空でも注意されるとは思わなかったが、
「それで?こんな時間に何してるんだ?パトロールにしては少し遅すぎるとは思うがままに」
「別に、ただ少し考え事をね。神社には萃香とクラウンピースがいるから、、、別に邪魔だなんて思ってないのよっ、、、でも、少し頭を整理したくて一人になりに来たの」
霊夢は慌てるように言う。伊吹萃香とクラウンピースを邪険に扱ったことを悔やむかのように。
「わかってるさ。お前が妖怪を邪険にすることなんてない。それは私も知ってるし幻想郷の誰もが知ってることさ」
「そう、、、ならいいのだけれど」
「・・・・」
いいのだけれど、か。
人間より妖怪を愛してしまった人間。
いや、恐らく彼女は人間も愛しているのだろう。人里でも彼女に感謝をする声は多々聞こえてくる。
だが、そこには妖怪との明確な格差があるのだ。
要するに思い入れの違いだろう。身内に親切にするか他人に親切にするか、たったそれだけのこと。けれども、彼女の立場がそれを許さない。
なんとも面倒な立場。
「それで?考え事ってのはなんなんだ?お前のことだからあの魔法使いには相談してないんだろ。なんなら私が聞いてやるよ。これでも一千年生きたいわゆる生き字引ってやつさ」
カラカラと笑う私に彼女は渋い顔を見せる。
「魔理沙に言えるわけないじゃない。あいつとは対等でいたいのよ。変に弱さなんて見せて気を遣われたくないだけ」
「そーゆーもんかね。いやはや人間ってのは面倒くさいな。お前の心境はさて置き、どうするんだ?私みたいにお前との関わりがそこまで深くない相手に愚痴をこぼすのも1つの手とは思うがね」
「、、、そうね、そうかもね。今となっては姉さんにも相談出来なくなったわけだし、、、いいわ、話してあげる。一千年生きたからにはそれなりの答えってやつが得られそうだし」
「妙に偉そうなのはあのスキマ妖怪と同じだな。変な所で似やがってまったく、、カハハ」
私はそう言ってカラカラと笑った。
けれども、霊夢は笑わなかった。