永遠に繰り返す
暗闇から、急にあの空間に引き戻される。
目の前には、桜の根本に佇んだ木花咲耶姫と少し手前に霧人が立っている。……今しかない。
「さぁさ、死んでもらおうかのぉ」
「ちょっと待って!あの、これ霧人に渡したいんだけど!」
「ふむぅ…遺書という事か?愉快愉快!最後の情けじゃ」
そう言うと木花咲耶姫はパチンと手を叩く。勝手に手紙が浮き上がり、霧人の手に収まる。
それを読み、少し悲しそうな顔をした後、手紙をポケットに入れた。そしてゆっくり近づいてくる。その目は狂気に爛々と輝き、口元にうっすら笑みを浮かべたまま。
「…なにをするの?」
乾いた声がやっと言葉を紡ぐ。
どうして?…もしかして、わからなかった…!?
「何をって、君を殺すんだよ?」
「そんな…霧人…伝わらなかった…?」
「何が…?あの、頭文字のこと?…バカな忍でもあれくらいは思いつくんだね。」
わかってたの?じゃあ、どうして…
「元々、知ってたからじゃないかな?」
不意に背後から声がする。振り返ると、あのときぶつかった紳士がにこやかな笑みを浮かべてそこに立っていた。但し仮面で目元は見えないけど。
「あっ…あの時の…」
「やぁ、やっぱり。きてみたら大ピンチ、なんだね。君はいつもそうだ。」
「誰だ?どうしてここに…!?」
「忍、君を助けに来たんだよ、君は忠告を聞かないからね」
そう言うと紳士は、笑顔のまま霧人と忍の間に身体を滑らせ、手に持ったステッキで霧人を転がし、地面に押さえつける。
「な、何をするのじゃ、貴様!」
「このお嬢さんを助けるためですが、何か?」
「あ、ありがとうございます…その、どなたかお伺いしても…?」
「私かな?私は真実を知るもの。真実へ導く者だよ。」
「真実…」
木花咲耶姫は少し考え込んだあと、紳士をじっと見つめる。
紳士が少し仮面を取ると、木花咲耶姫は硬直した。
…背中を向けられているから顔が見えない。紳士はすぐに仮面を戻した。
「そんな…ありえぬ…」
「それがあり得るのですよ、食人神木花咲耶姫。あなたもわかっているのでしょう?」
「…違う違う!嫌じゃ、もうあんなのは嫌っ!」
木花咲耶姫は顔を抑えて俯いてしまった。
「サ…ク……ボク…が」
「あの人はサクじゃないよ、霧人君。」
「サク……サ……ク…」
「サクは君を助けようとしてる、この忍を身代わりとして。」
「え!?あたしを、身代わり!?」
「そうさ、もうすぐこの木の寿命が尽きる。そうすれば、霧人君も死ぬ。でも、サクの血を引くものが代わりに桜の精になれば…ね?」
「………………。」
「怖くなったかい?忍、逃げるなら今だ。」
「怖くなんか、ない。」
「そうか…時間切れだ。…あと数分で自壊の時だ。」
「やっと…妾は開放される…この忌々しい呪縛から…」
「ほら、桜が枯れ始めた。」
「ぐ、うぁぁああ…」
霧人が苦しみだす。ステッキをはねのけ、地面を転がる。
「完全な身代わりになるには、サクの血が2人必要なんだ。サクと、もう1人が…」
頭の中に声が響く。あたしがやらなきゃ、サクって人の命が無駄になって、霧人も死んじゃって、全部おしまい?
…死ぬのは怖い。でもやるしかない。
「待っててね、サクさん。」
そう言って桜の木に走り出す。
「まっ、待て!ダメだ、忍!」
紳士がそう叫ぶのも耳に入らず、桜の幹に手を当てる。
かすかに、ドクドクと言う音が聞こえる…あたしを、呼んでいる。
花吹雪に完全に飲み込まれると、忍の意識は完全に消えた。
「あぁ、またやり直しか。」
紳士はそう呟いて仮面を外した。
霧人にそっくりな顔で自嘲気味に笑う。そして、闇へ消えていった。
…誰もいなくなった、薄暗い空間で、1人霧人は呆然とした顔で座り込んでいた。