常識通りとは限らない
CHAPTER 12 常識通りとは限らない
いつの間にか大きな木の前に立っていた。
ここに来れば何か思い出せるかと思っていたが、そんなことはないようだ。忍の頭の中にはまだ靄がかかっていたが、ノートを見て、右手を幹に添え、呪文を唱える。
………………………。何も起こらない。
また、呪文を唱える。
………………………………………………。何も…起こらない…?
間違えてない。またノートを見て確認した。それなのに。…きっと、霧人があたしを拒否してるんだ。…霧人って、あの少年だっけ?………。どんな名前だっけ…。
何も起こらないならあたしが自力で見つけてやる。感覚で歩きだす。ほんのりと甘い…桜の匂いがする方へ。
……しばらくするとその香りも途絶えた。あたりは見覚えのない森の中。そのとき。
『……こっち…』
綺麗な鈴のような透き通る美しい声が頭の中に響く。
忍はその声が聞こえたであろう方向に向かって歩む。
『助けてあげて…あの人を…貴女にしかできないの…』
「……誰なの?どうして道がわかるの?」
『私は…サ………。』
声が途絶える。
『来るな…来るな…私わたくしは木……咲……お前に邪魔などさせるものか…あの御子は私のものだ…』
同じ声だけど…こっちの声はなんというか、怖い。鉄をひっかくような耳障りな感じ。名前がところどころ途切れて聞こえない。
『早くっ…!貴女なら救える…!』
また声の感じが変わった。
……いくら歩いたことだろう。そして2人(?)の声は完全に消えた。
目の前には紙切れがついた縄が巻き付いた石碑のような物があり、その後ろは崖になっていた。
その石碑には、
【とくに何もなかった。ここらへんにあるのは、
びこう(?)を擽るような甘い香りだけだ。縄を
おろしてみたけれど、崖は底無しだ。これをお
りるなんて不可能に決まってる。今持ってきた
ろうそくも消えてしまった。もう戻るしかない
。もったいないが、しょうがない。灯がない。
桜を見に来ただけなのに、まさかこんなことに
なるとはな。山の掘っ立て小屋の寝室(?)のま
んなかにある紙の内容がわからず、さらに紙の
じも汚かったので読むことも出来ん。こんな謎
を解ける人がいるのだろうか。誰かこの答えを
導ける人がいるなら教えてほしい。
くれぐれも間違いを犯す前に。 K.S.】
…忍は少し考えたあと、崖の下の暗闇に身を投げ入れた。
例え死ぬとしても、皆あたしの存在すら忘れる。これは大きな賭け。多分人生最大の。
耳が壊れそうなほどうるさい風の音。
『何をやってるんだか。しょうがないなぁ、お嬢さんは。』
風の音のなかに誰かの声が聞こえた気がした。