お腹空いた
CHAPTER10 お腹空いた
……その後大雨は止んだ。
ボクが止ませたわけではない。ただの桜にそのような力などない。それでも、あの人間どもは生贄を捧げれば天候を操れると信じた。だから、桜の下はすぐ白骨だらけになった。
汚い、汚い汚い汚い!
気持ち悪い…!
穢らわしい肉体がどろりと溶けて、肉が骨から剥がれて、土に溶けて桜に吸収される。
その度に吐き気がした。蛆が身体の中を駆け巡るような、ぬちょりとした粘液が纏わりついたような。なんとも言えないような、最悪な感覚。抵抗しようと藻掻いても藻掻いても花弁が散るだけで、痛いだけだった。
そんな日々が続いたとき、ある日ボクは自分の足を持っていた。五本指の手があった。信じたくなかった。湖の方に走り、鏡の様な水面に映る自分の顔を見た。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!!!
そこには自分が嫌悪してやまない、人間の顔が映っていた。
湖に反射する光を受けて、血のように赤い瞳が輝いていた。
…サクの瞳は緑だったっけな…。透き通る白い、ほんの少し桜色が混ざった髪。サクの髪は艷やかな黒だったっけ…。真っ白な肌はサクと同じ…でもボクに生気など感じられない。
何もかも正反対。サクとは違う存在なんだと改めて感じた。
一番最初の生贄、木花咲耶姫…いや、サク。
サクの、神の魂は生きている事に気づいた。
桜の中でドクン、ドクンと動いていた。まるで心臓とやらのようだ。…お腹空いてるの?大地の栄養だけでは足りない?
…そっか。贅沢だったんだ、人間の肉体なんて。
神は人間の味を知ってしまった。美味しいと思ってしまった。美しいサクは食人鬼と化してしまった。ただ生贄を求め続けるだけの哀れな祟り神に。
…でも悪いのは私じゃないよね?生贄を捧げ続けた愚かで思い上がった人間だよね?私を埋めたのは誰?殺したのは誰?桜に縛り付けたのは誰っ!!??
ボクの中でサクはニコりと微笑む。
『…お腹空いた』