どうしたものか
作者の家庭的な都合により、更新が遅れました。故に、この時間帯に更新させていただきます。ご了承くださいまし。
「……なぁ、いい加減に帰ってくれないか? かれこれ六時を回ったんだが」
優雅にソファーに座りながらテレビなんかを見てらっしゃるお隣のご令嬢様を一瞥して、俺は幾度目かの不満の声を投げかける。
そして帰ってきたのは、先程から同様に「あなたが認めれば帰ってあげるわよ」の一点張りだ。実に頑なである。
しかし今回はそれに加えて、
「いい加減分かりなさい。あのトランク、中身が何だか予想がついてないの?」
「……中身?」
彩乃は視線をテレビに向けたまま、ソファーの傍らに置かれているトランクを指さした。
……そういえば、あったな。何に使うんだと気になっていたが……結局のところは知らない。まぁまぁの大きさだから大型の銃でも入ってるのか?
「お泊まりセットよ。こうやって断られるのは想定済み。だから私は粘り続ける」
……大型銃よりヤバいのが入ってたわ。
そんな俺宅にお泊まりの予定らしい彩乃は、ドン引きする俺を無視して更に言葉を続ける。
「まぁ、あなたとしては美少女が部屋に泊まったことなんてないだろうと思うし、これからの練習としてね。いい機会でしょ?」
「…………もう、好きにしろ」
反論する気も起きなくなった俺は、ゲンナリとして返す。
それを聞いた彩乃は嬉しそうに「許可したってことで良いよね?」と聞いてくるが、無言でスルーしてやった。
だがそれだけでは彼女の中では信用ならないらしく、俺が一番気になっていたことをぶち込んできた。ここで聞いてきたのも、恐らく計算の内なんだろう。
「……あの黒い影の正体、知りたくないのかしら?」
「……知りたいといえば、知りたいが」
「だったら、私の執事に──」
「やっぱりそう来るよなぁ……」
正直なところ、知りたい。小さい時からの疑問であり、不安であり、時に恐怖の対象である、ソレの正体を。
やはり彩乃はそれを知っているらしいな。交渉しよう、ってことか。
だが──そう来られると、真剣に考えなくちゃいけないワケだ。
「……もう少し、考えさせろ。返事はあとだ」
「やっと考える気になったかー。えらいえらい。いい子いい子」
彩乃は今度こそ「やった!」というような笑みを浮かべ、俺の頭をなでなで。
反射的に拳銃自殺したくなるが、もういいや。ケセラセラ。
……というか、執事とかありえんだろ。俺が求めてた普通の日常に執事になることは入ってないぞ。
しかも異能者組織に属すると思しき彩乃の専属となると、少々複雑そうにも思える。
「ねぇ、志津二」
うーん……と考えていると、不意に彩乃に名前を呼ばれた。初めて。
そして、ズイっと俺の傍に顔を近付けてから、
「お腹空いた。ごはん。作って」
「誰のせいで時間使ったと思ってるんだよ……」
まぁ、たまには人と食事するのもいいかもな。しばらく家では一人だったし。
そう決めて、俺はキッチンへと移動して二人分の夕食の準備を始めていった。
◇
コトン、とリビングとは別のダイニングテーブルに並べられたハンバーグを見て、彩乃が呟く。
「……冷凍ハンバーグ?」
「失礼にも程があるぞ。生憎、手料理だ」
教育がなってないな──と思いつつ、次いでサラダやオニオンスープを食卓へと並べていく。芳醇な香りと共に湯気を立ち上らせているのは、全て俺の好物であり、得意料理でもある。
料理が得意かと問われれば得意だが、どちらかというと、去年に両親が仕事の都合で海外に転勤したのが事の始まりか。
両親がいない。必然的に一人暮らしになる。なら、家事全般は一人で出来なければならない。それを切磋琢磨し、丸一年続けるうちに並大抵のスキルは身についたのだ。
料理を全て運び終えた俺は彩乃と向かい合うようにして椅子の上に座り、「いただきます」と手を合わせる。そしてハンバーグを一切れ箸で切り、口の中へと運ぶ。
「……うん、美味いな! 肉汁ヤバいぞ、これ」
「……え、ウソ。こんなに料理の腕が高いとか──何処かのコック長に弟子入りすればもっと上がるんじゃないの!?」
「弟子入りって……そこまでしなくても良いだろ。これでも普通に美味しいと思うが」
「美味しくて損はないわよ? ……あ、オニオンスープもスパイスが効いてて美味しいわね。サラダのドレッシングは手作り?」
どうやらご令嬢様もご満説のようだ。……まぁ、美味しいと言ってくれるなら良かったな。正直なところ、嬉しい。
そんな気持ちの反面、俺は先程から思案し続けている。コイツの執事になるべきか、ならざるべきか。
彩乃の切り札は『黒い影』の正体。そして、それを俺が見えていることも知っており、深くを知らないと判断したが故の言動だろう。
別になってやってもいいのだが、あの《鷹宮》の執事だ。簡単に事が運ぶとも思えない。それこそ彩乃の提示した条件からも読み取れる。
──強くて、頭が良い人。即ち、武闘派と頭脳派の二つの能力を兼ね備えた人間。
《鷹宮》は異能者組織だ。彼女もそれは否定していない。
《鷹宮》が何を欲し、何を成そうとしているのかは定かではないが、《仙藤》という組織の一端である仙藤一族らとしても、看過は出来ないだろう。
何せ、同胞が他組織に関わろうとしているのだから。
「……どうしたものかな」
向かいの彩乃に聞こえぬよう、小さく呟いた。
~to be continued.