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最終戦 Ⅱ

残り僅かの最終戦。

皺の畳まれた顔付きではあるが、何処か威厳を感じる眼差しで俺たちを見据えた、その老人。伊400に乗艦し、《紫苑》に関係する老人。

恐らくは、コイツが──



「曾……お爺様…………!?」



彩乃がハッと目を見開き、己が曽祖父の名を口にする。

──あぁ。コイツが鷹宮清光か。

《紫苑》の創設者であり、俺たちをここまで来させるために裏で糸を引いていた、張本人は。



「やはり、あの招待状は……虚偽か。どうやった?」

「いやなに。簡単なことよ、《長》。少し考えれば分かることさ」



言い、葉巻を口に咥えて火を付けた清光は──どうやら、俺のことを知っているらしい。そして、俺が《仙藤》の《長》であるということも。

どうやってそれを知ったのかは、分からないが……。清光が言わんとしていることは、分かる。



「おおかた、お前が俺たちに送った招待状に書かれていた、公安の電話番号。それをハッキングして、《紫苑》の回線にでも繋いだのか? 俺たちが公安に確認することを見越して」

「ご名答。頭は少しばかり切れるようだね」



フッ、と輪の形に煙を吐き出した清光は、皮肉げに笑い、更に告げる。



「──君たちが何のためにここまで来たのか、それを僕は知っている。知りたいなら……来るがいい」



そう言って身を翻し、甲板の奥へと清光は歩を進めていく。

直後、重厚な音が響き、伊400艦は高度を下げる。海中へと沈もうとしているのだ。


それと同時に──サラ、と何か微小な粒が頬を撫でた。それらは眼前にある虚空と甲板とを繋ぐ架け橋となり、清光は、「さっさと来い」と言わんばかりに、こちらに視線を寄越す。


これを逃せば──二度と、清光と相対出来ることは叶わないかもしれない。

だとすれば……ここで、行く他ない。やるしかないのだ。



「……彩乃。行くぞ」



繋いだままの手を引き、俺は見た目とは裏腹に、かなりの強度を誇る砂の階段を駆けていく。

甲板に降り立つと同時、鋭い音が、耳元を掠める。数メートル先には、南部十四年式拳銃を手にしている清光が居た。

そして、素早い動作で照準を俺の頭部に定める。


アイツは──俺を、場合によっては彩乃をも、いつでも殺せる。さっきの射撃は、それを俺に分からせるためだろう。

だが……そう易々と死ぬワケにもいかないな。



「清光。生憎、お前の予想通りにはいかないぞ?」

「……何故、と問うてみようか」



不思議そうに首を傾げる清光へと、俺は冷笑を漏らす。



「生憎、彩乃を置いて死ぬワケにはいかない。そんなことが万が一にもあれば、コイツは鬱になるぞ。それは俺のプライドが許さないな」

「……それが僕には理解出来ないのだよ。何年経っても」

「どういうこと。……曾お爺様?」

「……彩乃くんと、志津二くんが良い例だ。若い男女の、恋心というモノがね」



言い、何処か哀愁漂う瞳で小さく微笑んだ清光は、どうやら俺たちがどのような関係を築いているか……くらいは予想がついているらしい。

といっても、恋心とまではいかないが──と内心否定する俺に、清光は言葉を投げかける。



「君が彩乃くんを守りたいと思っているその感情は、まさに恋心に他ならない。気が付いていないかもしれないが、恋心とはそういうモノだ」



だから──と間を開けた清光は、徐に虚空に手を翳す。

……刹那。紡、と清光と彩乃の眼前に空間の裂け目ともいえる隙間が生じ、彩乃はそれに為す術もなく引き込まれていく。


それを行った張本人は清光であり、清光の腕には、何が起きたのかと未だ理解出来ていない彩乃が抱えられている。

……コイツは──彩乃を捕らえて何をするつもりだ?



「2人の関係を、僕は知りたい。それだけだ」



そう言い残した清光は、先程の虚空の割れ目を創り出し、一瞬にしてその中に消えていく。

彩乃の小さな悲鳴が、夜闇に溶けていく気がした。


恐らく、アイツは……この艦内に、艦内の何処かに、移動したのだろう。

……彩乃を見つけ出せ、ということか。恋の力とやらで。



「──巫山戯(ふざけ)るなよ」



そんなことのために彩乃を捕らえたアイツを、どうやら俺は放っておけないらしい。

沸々と湧き出るように怒りは脳を支配していき、先程まで繋がれていた左手は無意識のうちに硬く握り締められていた。


ホルスターから抜いたベレッタに《魔弾の射手(デア・フライシュッツ)》を適応させた俺は、重い金属製の扉を開けて、静かに艦内へと進んでいった。



〜to be continued.


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