最終戦 Ⅰ
最終章。
耳元で、小さく海風が鳴く。地肌を撫でるように通り過ぎていくそれらは、低気圧の影響か、僅かに生温かった。
──午前0時。警察庁公安委員会より招待状を受けた俺と彩乃は、指定場所である若洲海浜公園へと向かっていた。
もとより人は1人としておらず、閑散としている。今のところ目に付く異変はないが、油断ならない。
2人分の足音が重なってはいるものの、俺たちは先程待ち合わせてからここに来るまで、一言も喋ってはいない。
チラリと彩乃の顔をうかがえば、彼女もこちらへ視線を寄越す。
しかし、すぐに逸らされてしまうのだ。
そんな気まずい雰囲気を打破するためにも、俺は口を開く。
「……彩乃、そんなに不安か?」
「……正直に言えば、不安。絶対に何かがありそう」
「でも、行かなくちゃならないんだよ。もう引き返せない」
そこまで言い終えたとき、目的地である公園の入口に着いた。
ざっと辺りを見渡してみるが、暗すぎてよく見えない。街灯が少ないからか。
「さて」
と俺は呟き、隣に居る彩乃の手を取る。
少しでも不安を取り除いてもらわねばならない。万が一の時に冷静な判断が出来なくなったら困るからな。
などといった俺の思いも虚しく、予期していない行動に頬を紅潮させた彩乃は──グロック18を取り出すと、そのグリップで俺の頭を殴ろうとしてきた。既のところでガードしたが……。
何だ、コイツ。夏祭りの時は自分から手を繋いできたくせに。人にされるのは嫌なのか。
「良いだろ、別に。手繋いだってさ。落ち着くんだから」
「変なこと言うな、バカ志津二。解雇」
「冗談キツイな」
なんてやり取りを交わしつつ、しかし手は握ったまま、芝生広場を超えて、海沿いのフェンスの方へと進んでいく。
……しかし、おかしい。誰も居ない。時間は間違ってないし、場所もここのハズだ。
「彩乃、待ち合わせは確かにここだよな?」
「うん、ここであってる。……ねぇ、志津二。やっぱりおかしいよ。帰ろう」
涙声の彩乃がそう言い終えると同時、俺は何やら奇妙な違和感を感じた。
──風が、止んだ。それだけではない。鳥の鳴き声も、波も、異様に落ち着いている。まるで、嵐の前の静けさとも言えるように。
──刹那。目視して50mほど向こうだろうか。海上の水が段々と盛り上がり、波の音は僅かに高くなっていく。
数万トンともあるそれらを持ち上げた物体は、見たところ、1隻の潜水艦。
暗くてよく見えないが、側面には──
「伊号、400……!」
間違いない、模造艦なんかじゃない。
これが、世界大戦中に姿を消したといわれている、《伊400》。
何で、こんなモノがここに……? と訝しむ俺の脳内で、複数の点が線となっていく。
──伊400。400の語呂合わせで、シオン。シオンは《紫苑》とも書き換えられる。
この推測が正しければ、この潜水艦、伊400は……!
「異能者軍団《紫苑》……か。面白い詞遊びだな」
そう呟くと同時、甲板に、1人の男が佇んでいるのが見えた。白髪の杖を持った、しかし何処か威圧感のある、男が。
その男は俺と彩乃を交互に見渡すと、僅かに口の端を歪ませて、
「夜分遅くにご苦労だったね。彩乃くん、そして──《仙藤》の《長》よ」
〜to be continued.




