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司法取引

「──初めまして、堂本充」



厚いアクリル板の向こうの椅子に座っている、白髪の老人。齢90には達しているだろうとも見れる、それでいて、何処か貫禄のある老人。

彼こそが堂本充であり──彩乃の父、鷹宮清十郎を事故死させた張本人でもある。


この面会室に居るのは、俺と彩乃、堂本、係員の4人のみ。

今日、わざわざここまで出向いたのは、他でもない。彼に聞きたいことがあるから、に他ならないからだ。


今回は《鷹宮》から手を回してもらい、堂本充への司法取引を行った。

司法取引とは、容疑者が事件に有益な情報を与えることを条件に──刑を軽減させる制度である。それを堂本に適応させたということだ。


堂本は俺の後ろに控えている彩乃を一瞥すると、こちらへと視線を向け、



「ふむ……そこの小娘が鷹宮の、か。で、兄ちゃん、名前は?」

「軽く自己紹介をしておこう。仙藤志津二だ。……時間もないから、手短に聞く。まずは──《紫苑》という組織について、何か知ってることはあるのか?」

「敬語も使わんとは、最近の若造は小生意気な……。まぁ、ええ」



割りとフレンドリーな爺さんだな──と苦笑しつつ、俺は問う。

堂本はそれを聞くと、僅かに眉を顰め、暫し考えたあと、口を開いた。

ただし、その声は小さく、係員に聞こえないように。



「どこからその名を知ったのかは知らんが……《紫苑》は、単なる組織じゃない。第二次世界大戦の、日独伊三国軍事同盟を切っ掛けに組織された──言わば、異能者軍団」

「……異能者、軍団?」

「そうだ。軍事用の異能者を集めようとしたのが、3代前の《鷹宮》の長。鷹宮清光だ。儂とアイツはもとから面識があったが故に、そのことを儂にも教えてくれた。内容を、事細かくな」



チラリ、と係員が俺たちの方に視線を寄越したが、それも一瞬。すぐに壁へと視線を戻し、無機質な表情へと変わっていった。


その後も続けられた堂本の話によると、《紫苑》を組織したのは鷹宮清光という3代前の《鷹宮》の長らしい。

そして、表こそ知られてはいないが──異能者である彼等彼女等は、戦争にかなりの被害と益を齎したのだという。



「……清光の所在は知ってるのか?」

「いんや。アイツは常に《紫苑》に居るが、表に姿を見せることはほぼ無い。それに、《紫苑》は各地を転々と回っており、レーダー探知機にも入らない、言わばステルス機。故に、何処に居るかは儂にも分からん」



……なるほど。単なる組織ではない、ということか。レーダー探知機に入らない、ステルス性を持つ組織。

無論、移動手段も兼ねているモノに他ならない。超大型の宇宙艦か潜水艦とでも見ておこう。



「……ふむ」



そう呟き、俺は彩乃へと視線を向ける。

コクリ、と頷いたのを確認してから、俺は静かに席を立った。

そして、堂本へと視線を移し、



「……ありがとう、堂本充。おかげで、事態はかなり進展した。日の目を見る日も、近いかもしれないな」

「儂はお主が誰だか知らんが、くれぐれも焦ることはないぞ。焦れば──清十郎の二の舞になりかねん」



老人の意味深長な言葉を耳に入れながら、俺は面会室を後にした。







後日。俺は《仙藤》本部へと届いた一通の手紙を前に、頭を抱えていた。

曰く、『仙藤志津二様 8月2日午前0時、若洲海浜公園にてお待ちしております。この文面は鷹宮彩乃様にもお送りさせていただいておりますので、お二人でお越しください』

とのことだ。


そして、何よりも信じ難いのが……文面の結びに書かれている、差出人。



「警察庁公安委員会……か」



そう、公安委員会。どうやって彼等が、ここの所在を知ることが出来たのだろうか。俺の知る中では公安所属の人間など身辺にも居ないし、流出させるような人間も見当たらない。


これが不思議で、俺は先程から頭を抱えている。

そして、それが本当かどうかを桔梗に確認しに行ってもらったところだ。

恐らく、《鷹宮》でも似たようなことが起こっているのだろう。今日は今朝から彩乃はいなかったからな。


何事か──と思案していると、慎ましいノックの後、静かに扉が開かれた。

その主は、桔梗。神妙な面持ちでこちらに近付いてきた彼女は、すぐにその結果を告げる。



「《長》。どうやら……本当のようですが。如何致しましょう?」

「行かないワケには行かないな。下手に行動を起こしてヤツらの監視対象にもなりたくないし。……郷に入っては郷に従え、だ」

「要するに、行く……と」



桔梗の問いに小さく頷いた俺は、壁に掛けられたカレンダーを見て日程を確認する。

……いやはや、どうにも急な連絡だ。まさか、赴くのが今夜とは。



「今夜、だな。一応武装の上で行くが、お前たちは来なくていいぞ。いいか、来るなよ?」

「……前フリ、ですか」

「いやマジで。来ないでください。お願いします」


畏まりました──とお辞儀をした桔梗を横目に、俺は彩乃へと電話を寄越す。

数回のコール音の後、彼女は珍しく切羽詰まったような声色で、電話に応じた。



『……もしもし』

「彩乃、お前も承知しているとは思うが──今夜、行くぞ」

『……うん』



おや、やけに元気がないな。どうしたものか。



「どうした、声が小さいぞ。……そんなに不安か? 或いは、俺が居なくて寂しかったか?」

『べっ、別に、そんなことない。不安でもないし、寂しくもないから。これは本当よ! 本当の本当っ!!』

「っぽいな。元に戻ったようだから」

『じゃあ、今夜! ばいばいっ!!』



持ち前のツンデレ属性を発揮したお嬢様は、その言葉を最後に、一方的に通話を終了なさった。果たしてこれがお嬢様といえるのか。否。


まぁ、今夜──公安委員会の招待に、応じるとしようか。何が目的なのかは知らないが……なるようになれ。

それに、鷹宮清光にも少しづつではあるが近付いている。


井納、美雪、堂本、彩乃の証言を照らし合わせれば──彼がどんな人間なのかが、克明に浮かんでくる。

その上で、しっかりと対峙することにしよう。


──最終章の、幕開けだ。



〜to be continued.

そろそろ完結に近付いてくる。

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