令嬢様の振り撒く嘘
「──はぁ……」
一般科目を終え、履修科目の授業になった。履修科目は単位を取得すると同時に個々の能力の向上を図るための科であるから、出席するか否かは自分次第だ。
「はぁ……」と再度溜め息を吐き、周囲をぐるりと見渡す。
朝の騒動から五時間が過ぎてもなお騒がしい我がクラスは、静寂というモノを知らぬのか。暇さえあれば、寄って集って俺と彩乃の傍に来るんだからな。
怒涛の質問攻めを喰らい続けた俺はとうとう耐え切れなくなり、「んじゃ──」と前置きしてから立ち上がる。
「あとの話は彩乃にでも聞いといて。俺は先に帰ってるからな」
その言葉を聞くやいやな、彩乃はおしゃべりを止め、帰宅を試みている俺の方へと振り返った。
「ちょっと、それでも私の彼氏なの? カップルは一緒に帰るのがお約束でしょ?」
「彼氏も何も──」
嘘八百だろう。という言葉が喉まで出かかるが、周囲に何を言われるか分かったモンじゃないので迂闊に言えない。彩乃の策略が分かるまでは。
だから、また。嘘を振り撒かなければいけないようだ。
「──用事が出来たんだよ。……じゃあな。悪いが先に帰らせてもらう」
「ちょ、ちょっと……!」
物言いたげな彩乃の声を振り切って、俺は教室を後にする。
彼女への質問は沢山あるが、今はすぐにでもここから抜け出したいのだ。
……本当に、何がしたいんだよ。アイツは。言いたいことがあればクラスメートなんか騙さずに正直に言えばいいのにな。
──カチャカチャ……カチャン。
キーボードのタイピングを止め、PCの画面を見る。キーワードの一つとして打ち込まれたのは、《鷹宮》という名。
検索結果としてズラリと表示されていくそれらは全て、財閥解体された元財閥……現《鷹宮》という名の大企業を指していた。
寝室に設置されているそれは、俺が情報科らに所属している時に無料で貰った当時最新型の機種だ。スペックも申し分ないため、今も重宝している。
軽く背伸びをすれば、イスが軋んだ音を立てた。ブルーライトカットのメガネをかけ、再度画面と睨めっこを始める。
もう少し調べていくと、企業である《鷹宮》の会長の名は清十郎ということも分かった。そして、彼の一人娘の名が鷹宮彩乃だということも、また。
しかし彼は数週間前に事故で亡くなっており、引き取り手もいない彩乃は一人きりだという。
……何故だ。余計に理由が分からなくなってきた。
彩乃が俺とパートナーだと公言した理由。令嬢の彼女が平民の俺と関わりを持とうとする理由。
──異能者には、必ずと言っていいほどルーツがある。本家の存在がある。そこから分家筋へと枝分かれするようにして、異能者は血筋を増やしていくのだ。
そうして束ねられた異能者たちは、一つの組織へと成り得る。それが、異能者組織。
勿論、例に漏れず俺も組織に属している。父方の家系による仙藤家であり、その血を引く者らが集う、社会に浸透した裏の組織へと。そして、俺はその内でも数少ない本家筋の人間なのだ。
……とまぁ、今はそれは置いといて。
彩乃が異能者ということは、企業である《鷹宮》の本質が異能者組織という可能性も否めない。それ自体はさほど珍しいことではない……のだ。
だって、異能者組織ですと公に公言する馬鹿は何処にもいないだろう? 誰にしても表の顔と裏の顔はある。勿論、仙藤一族も。
──ピン、ポーン……
いや、今は俺の所在なんてどうだっていい。問題は、他の異能者組織の人間がどうして俺に関与してくるかだ。その原因が分かりさえすれば、こちらとて対処出来るのだが……。
──ピン、ポーン……
いや、それ以前に。国内の異能者組織は前提として不干渉協定が結んであるハズ──
──ピピピピピン、ポーン……。
「うるっさいな、ホントに!」
執拗に鳴らされるチャイムに憤りを感じるやいやな、ガタンを席を立って玄関へと向かう。覗き穴を確認するヒマもなく、俺の手によって開けられたドアの向こうに立っていたのは、
「……彩乃? 何でここにいるんだよ」
「何でも何も、用があるからよ。失礼するわ」
腰に手を当ててこちらを見上げていた、彩乃であった。
そう言ってズカズカと不法侵入なされたご令嬢様は、「メガネなんて掛けてたっけ……?」と呟きながら、自前らしいトランクもガラガラと転がして迷いなくリビングへと入っていく。
「おいおいおい……! なにを勝手に……」
「言ったでしょう? 用がある、って。……へぇ、ちゃんと整頓されてるのねぇ。驚いたわ」
何に驚いてるんだと問いたいが、口は塞いでおく。災いの元だ。
彩乃はそのまま興味深そうにリビング内をぐるりと一周してからトランクをソファーの傍らに置き、あの時みたいにビシッ! と俺を指さしてから力強く告げた。
「ねぇ、あなた──私の執事にならないかしら?」
~to be continued.
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