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騒動の裏

3章の幕開け。

《雪月花》の本部襲撃、その後始末から3日が経過した。

そんな中俺が桔梗と彩乃を連れてやってきたのは、《仙藤》本部地下に位置する、寂れた部屋──の入口だ。

桔梗はその扉のドアノブに手を掛けながら、再度、俺へと問う。



「……本当に、行くのですか?」

「さっきから言ってるだろう。直々に聞きたいことがある、と」

「……分かりました。では──」



桔梗の手によって開かれるのは、鉄製の見るからに重そうな扉。

それを潜った俺たちの背後で、重厚な音が幾重にも重なって響く。

そして見えるは、2つ目の扉。脱出防止を徹底とした、厳重なセキュリティ一。

俺はその前で軽く深呼吸をすると、意を決して部屋の中へと入る。



「──数日ぶりだな。それでは、中止していた取調べを、再開しようか」

「……《仙藤》は重要参考人を数日も放置しておくほどに、雑な組織なのかしら?」

「心外だな。こちらとてやるべきことをやってから、だ」

「アタシの優先度は《仙藤》の中でも低いと捉えていいのかしら?」

「それはお前次第だな」



コンクリート製の壁に、事務用のデスクと椅子。

殺風景な部屋の椅子に腰掛け、開口一番に悪態をついてきたのは、今回の騒動の主犯、月ヶ瀬美雪。

《鷹宮》・《仙藤》の分子の統括者であり、《雪月花》という組織の、《姫》でもある。

そんな彼女と向かい合うようにして、俺は目線を合わせる。



「で、アンタたちが居ない間。そこのマジックミラーに人を配置してアタシを監視していたのかしら?」

「いんや。あれはただの鏡さ。先程も言った通り、俺たちもヒマじゃない」

「……あぁ、そういうことね」



そう否定の意を示せば、彼女は納得したようにそちらに視線を移し、



「マジックミラーはダミー。本命は、千里眼系と遠距離系の異能者。マジックミラーを配置するだけに金を使うなら、部屋まるごとをコンクリで固めた方が安全性は高い……ってワケね」

「ご名答。自身の置かれている状況をよーく把握しているようで」



彼女の言う通りだ。ここに通される者は、美雪含め──殆どが異能者だ。

マジックミラーなど配置すれば、万が一異能を発動された場合、監視人まで巻き添えを喰らう可能性がある。それだけは何としてでも避けたい。



「なら、さっさと話してもらいたいモノだが。『君たちの求める、いい情報』とやらの詳細を、な」



美雪の仏頂面が、僅かながら動く。

……それもそのハズ。彼女はその『情報』だけを目当てに、戦科部隊を動員し、反体制派を煽った。

その結果として、彼女は《仙藤》の独房に軟禁され、取調べを受けている。



「何故、そんな曖昧な情報を目当てに──何百という人間を動員した? それ程までに切羽詰まっていたのか、或いは……情報の流出者を、信用していたのか」



──答えなければ、これ以上待遇が悪くなる。

そういった意図を裏に忍ばせ、瞳を細め、威圧の声を出す。

美雪は暫く黙っていたが、やがて天井を仰ぎ見ると、小さく、呟いた。



「……かなり年配の男が、来た」

「……男?」

「えぇ。今年の4月くらいかしらね。ちょうど──鷹宮清十郎が、事故で死んだ時期」



聞き馴染みのある人名に、俺と彩乃の眉が僅かに動く。

……間違いない。情報の流出者は、《鷹宮》に関係している。



「やけに《鷹宮》の内部に詳しい男だったわ。だからアタシたちは、《鷹宮》を精査する時にはソイツから情報を得ていた。どうやら決まった隠れ家があるみたいでね。なかなかに所在が掴めなかった」

「なかなか、ということは──僅かには、あったんだな?」

「……《紫苑(しおん)》。それだけよ」







「……桔梗」

「……えぇ。分かってます」



何千何万というパズルのピースの内の、1つ。

しかしそれは、こちらにとっては100にも200にも匹敵するほどのモノ。

期待以上だ。まさか、美雪から流出者の素性が少しでも分かるとは思っていなかった。


美雪がソイツとコンタクトをとった時期は、《鷹宮》会長の清十郎が事故で亡くなった時期。

……そう。堂本充による、何者かの隠蔽工作で──殺された、時期。

ソイツが堂本充と関係を持っていたのなら、状況は大きく飛躍する。


しかし、まだ。まだ、足りない。

美雪の言った情報は、1つ1つが古く、浅く、曖昧に程近い。

だからそれを確定させるのには──



「生の情報が必要、なんだよなぁ……」

「……それなら、ちょうど都合の良い者が居ます」

「「え?」」



思わず、俺と彩乃は疑問の声を漏らす。

その情報源とは、即ち──




「コイツ、井納欽三(いのうきんぞう)

「「……あぁ、いたわ。そんなのも」」



忘れてた。圧倒的モブキャラだったわ。



「……お二人とも。久世の取調べは散々に行っといて、主犯を忘れるのは如何なモノかと」

「いやだって、モブキャラだし」

「志津二に同感」



そんな欽造トークを繰り広げていると、鉄格子を挟んだ向こうから、



「貴様ら、儂を笑いに来ただけか!?」

「いんや、それとは別だ。……というか、痩せたな」

「ここに数ヶ月と収容されている儂への嫌味か!?」

「いや、事実をありのまま伝えただけだぞ。……でもまぁ、お前が痩せた原因としては、《仙藤》の囚人食にあるんだがな。飽きのこないメニューに、健康バランスを考えた配分。感謝してくれたまえ」



とまぁ、茶番はここまでにして。



「──聞きたいことが、ある」



……井納欽造。自身を《長》の座につかせようと、俺の遺伝子を取り込もうとした張本人であり。

そのための捕獲を、久世颯に依頼した張本人でもある。


何故忘れていたのか、我ながら不思議だが──コイツの必要性を見出した途端、頭が明確に切り替わる。

月ヶ瀬美雪から得た情報と、井納欽造から得る情報。これらが合致していれば、事態はさらに前進する。



「単刀直入に聞こう。お前は、俺を捕獲──ひいては、殺めようとした。それは事実。……しかし、極一部の人間しか知り得ないハズの本家筋の所在を、どうしてお前が知っていた?」

「貴様に話すことなど、何もッ──!」

「……煩い」



燻った怒りが露わになる。

あぁ──と1つ思い付いた俺は、吐き捨てるように、それを口にした。



「……研究室。あれは跡形もなく消しておこう。それに、お前の息子娘もどう扱うか──」

「……ッ」

「分からないか? 俺を殺めようとした責は、お前自身にあると。故に、俺が何をしようと、お前は口出し出来まい?」



見下すようにして吐き捨てる俺に、井納欽造はみるみる間に顔を青くしていく。

井納が唸ったのも一瞬、



「……分かった、話す! だから、家族だけは──」

「なら、早く話せ。こちらとてヒマじゃない」



井納は思い出すようにして目を閉じると、小さく、呟いた。



「20代ほどの、若い男が……来た。2、3カ月前のことだ。当時の儂は、どう《長》の座につこうと、試行錯誤していた。そんな時だ。あの男が、《仙藤》本家筋──貴様の資料を手に、やってきた」



……ここでも、出てきたか。



「その男に関して、何か知ってることは無いのか?」

「知ってること……? そういえば、やたらと異能者組織の──それも、《鷹宮》の内部に詳しい男だった。何故かと問えば、以前に関係を持っていた、と」

「……なるほど。なら──堂本充と、《紫苑》という名に、心当たりは?」



井納欽造は俺の問いに暫し考え込む。そして、



「……前者はその男の知人だと。後者は、その男が属している組織だと……言っていた」

「……そうか。失礼したな」



そのまま立ち去ろうとするところを、井納欽造に呼び止められる。



「……《長》よ。何を焦っておる?」

「…………どういう意味だ?」

「今の貴様からは、あの時のような小生意気さは感じられん。寧ろ、1つのことに執着して、周りが見えておらんように感じる。故に、焦っておる──と」

「……として、どうしてお前が気にかける? 殺めようとした、張本人を」



そう問えば、井納は薄ら笑みを浮かべ、



「……いやなに。年寄りの戯言さ」




~to be connected.

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