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決闘の刻──後編

「正義はアタシたち《雪月花》。……神の裁きを受けなさい」


──直後、辺りは真昼の如く光に包まれた。

天から飛来するようにして降り立つ一筋の雷。それが地に達すると同時、蜘蛛の巣が張り巡らされるように、スパークが走った。


電流が流れたのは瞬間的ではあるが、それでも今までにないほどの手足の痺れ。

脳や三半規管辺りも少なからず影響を受けたのか、目眩が酷い。

そんな症状と共に、彩乃の手を引きつつ周囲を見渡せば、



「っ……!」



彩乃は何とか無事だったが、問題は──当初の人数とは程遠い程に減らされていた、処理班の面々だ。

彼らはよろめきつつ立ち上がるが、その身体には微塵も力がこもっていない。

そして地面を埋め尽くすは、先程の雷電を受けて失神している数多の黒服たち。


そして圏外からそれを睥睨しているのは、戦科部隊部隊長の月ヶ瀬美雪。

先程までの焦りの色は何処へやら、と言いたくなるくらいに、勝ち誇った表情だった。


そして、その後ろに待機している戦科部隊。彼らの人数が──先程の人数よりも、増えている。


それは恐らく、伏兵。満を持して登場した、損耗ない戦科部隊の集合体。


……あぁ、どうりで簡単だと思ったんだ。彼女は初めから全ての人員を動員していたワケではない。『切り札』である程度一掃してから、残りの総動員した戦科部隊で鎮圧しようとしたのだろう。



「無事とは驚いたわね……。で、どうするの? まだ反抗するのかしら」

「もちろん……だ。客がわざわざ出向いてくれたというのに、それに最後まで応じなくて──どうする」



やっと治まってきた痺れと目眩に苛立ちを覚えつつも、俺は美雪を睨みつつ姿勢を正す。その後ろには、今となっては多すぎる《雪月花》の姿があった。



「それが、《雪月花》の──お前の……切り札か」

「そう、『神の裁き』。それがアタシの異能名」



それはまさに切り札とも言える異能であり、実にイレギュラーな異能でもあった。

その効力は、地に伏している数多の処理班の人間が証明している。



「抵抗しないのなら、見逃してあげるけど? アタシたちの目的は、本部に眠っている情報の奪取。それだけだから」



……ふむ。そのために彼女らにとって邪魔な存在である戦闘部隊を、俺は前線へと動員してしまった。

だから──


「……なるほど。本部を手薄にする、という罠にまんまと嵌ったワケか。俺は」

「そうね、さすがにアウェイで戦う気はないから。それに《仙藤》は本部での迎撃戦を嫌って、戦闘部隊を総動員して来るだろうと読んでたからね」

「それが本当なら、大した策士じゃないか。是非ともこちらに招き入れたい」

「丁重にお断りするわ。アタシは《雪月花》の月ヶ瀬美雪よ」



キッパリとかぶりを振った美雪は、再び問う。



「この状況、まともに戦えそうなのはアンタだけっぽいわね。どうする? ()()じゃあ何も出来ないじゃない。降伏する?」



随分と上から目線でモノを言ってくれるねぇ、月ヶ瀬美雪。

だが、そう言われるのも仕方がない。この状況なら。

戦闘の要である、処理班の殆どが再起不能。美雪の言に従えば、残るは俺や彩乃含める数人──


「たった数人、ねぇ……」



ちょっとこれは、訂正を求めようか。



「……広範囲鎮圧型の異能。確かに強力だ。故に、自信を持つのも分かる。切り札にするのも分かる」



少しばかり声色が変わった俺に、美雪は──《雪月花》の異能者たちは、怪訝な顔をし、身構える。

それは今までの経験則で、危険だと判断したが故の行動。



「全域を攻撃し、戦力を削いだ。たったそれだけで勝ち誇るとは、何と楽観的なモノの見方だろうか」



お前は気付いてないんだよ。



「──で、それだけか?」

「……はぁ?」


あまりの問いかけに思わず間抜けな声を漏らす美雪。まぁ、その気持ちは分からんでもない。

だって彼女は、自身が正攻法で負ける可能性を全く考慮していないのだから。



「これ以上に打つ手が無いというのなら、お前たちは敗北確定だ。何故なら自身が負ける可能性を考慮していないのだし──」



先に本命を投入し、後で畳み掛けるという考えが出来ていたのに……どうして。どうして、それを防げる人員が居ないと判断した?



「──何より俺たちが対抗する、という事を分かっていないからだ」



月ヶ瀬美雪、ご苦労さま。だが、ツメが甘かったな。



「お前はまだ、分かっちゃいないんだよ。そして、俺を1人にすらすることも出来ない」

「何を、言って……?」



ここまで言っても気付かないとは。



「お仲間なら最初からずーっと。……そこにいたのだからね」



そう嘯き、 俺はそれを指さす。

辺りが吹き飛ばされているにも関わらず、一切の傷すら負っていない建物を。



「……ッ! 各員、攻撃準備!」



流石は武の異戦雪原。俺がそれを指さした時にはもう、攻撃態勢に入っていた。

遠距離攻撃に敵した焔、氷など数多の異能がその建物へと殺到していく。

それらは建物の外壁を壊し、本体を壊し、見る間に瓦礫へと変えていく。


──安全圏から、一方的に攻撃を。そんな彼女の考えが、頭の中に過ぎる。



「撃ち方やめ! ……何、で……!?」



指令を出した直後、美雪は驚愕に目を見開く。彼ら彼女らの攻撃は確かに直撃していた。それはあの瓦礫の山からも明らか。

だが、1箇所だけ。立方体状にぽっかりと空いており、全くの被害を受けていない箇所があった。


露になったそこに立つのは、隠蔽班班長──水無月彩。

そして足場がないにも関わらず浮いている、黒服は……《鷹宮》処理班。



「広範囲型の、防御壁……!?」

「当たらずとも遠からず、だな」



美雪の呟きに、正解は教えずとも答えを促しておく。ペラペラと詳細を話すのは、漫画の中とバカだけで充分。


そしてこれが、彩が提案してきた作戦であった。『隠蔽班と《鷹宮》処理班を戦闘が始まる前に待機させておき、本来の意味での危機に陥るまで、前線を守る』というね。


『開かずの小部屋』の本質は、万物全ての物質を遮断する事。

つまり、あの雷でさえ通さない。数百という大人数を密室に入れて、内部での酸素の消費は激しかっただろう。

そもそも姿が見えないと分かっていても、敵の傍で息を潜めているのはどれ程の恐怖か。



「あの時から、広範囲型の異能はあると予測していたんだよねぇ」



俺が一方的に狙撃した時。あの時のフィールドは今回と同じ、『開けた』グラウンドだった。

そして罠を仕掛けられていたとはいえ、その痕跡は一切なかった。

つまりそれは、使わなければ痕跡が残る事のない──異能だ。

前回は使用しなかったと言えど、前線へと赴くのなら。それを使わない手はないだろうね。


────さて、第2回戦と行こうではないか。



「アレを上回るイレギュラーな異能は? 更なる増援は? 俺たち《仙藤》と《鷹宮》を完全に抑え込める方法は? それが無いというのなら──」



美雪は知る由もないが、久瀬の時と同様に。



「──さぁ、本番の開幕だ。これだけの数……消耗した状態で、全てを相手出来るかな?」

「それでも、よ。伏兵はお互い。まだ負けたワケじゃ、ないわ!」



力強く言い切る美雪だが、今はそれが『切り札はもう無い』と示唆してしまっている。

それもそのハズ。普通、あの雷は防げない。彩のような異能ではない限り、防ぐ事はまず不可能だ。

だから、《仙藤》処理班が見事に全滅させられたんだ。


……いや、正確には『《鷹宮》処理班を除いて』 か。

そして、あれだけの広範囲鎮圧型の異能。1人で組織を相手出来る、実に強力な異能。

あれをポンポンと連発出来るハズがない。だとすると、



「『神の裁き』の発動までにかかる時間は60分前後といったところか」



その前に片をつけてしまえれば1番良かったのにね。

まぁ、それが失敗した以上は普通にいくか。



「先程同様、各々隊を組んで各個撃破を旨としろ!」

「《鷹宮》も《仙藤》と合わせて隊を組むこと! 各個撃破を目標にして!」



俺たちの叫びによって形作られるは、これまた3人1組の小隊。

それらが水球に焔槍、と数多の異能を駆使して《雪月花》へと襲いかかる。

しかし、その量は先程よりも遥かに多い。



「今まで通り、各個撃破! 挙動不審な者は倒して構わないわ!」



美雪の叫びに応じて駆けるは、戦科部隊。それらは俺たちより数は少ないと言えど、力量では僅かに上。

──互いに狩り、狩られ、戦力が削がれ、精神が喰われていく。

そんな中、1人の異能者がこちらに向かって駆けてきた。



「指揮官さえ、潰せば……!」



まぁ、敵の大将を先に倒すのが集団戦の定石だろう。

鈍色の手の先を揃え、貫手のようにしてこちらに突き出してくる。『硬化』系の異能者か。

……だが俺は、それを避けるような事はしない。



「ッ……!?」



敵である異能者の手の動きが、突如空中で止まる。見えない壁に阻まれ、こちらに攻撃が通らない。

そう、彩の『開かずの小部屋』だ。絶壁の強度を誇るそれは、次々と迫り来る敵の貫手を一切進ませる事はなかった。


……『開かずの小部屋』。その密室の中で暴れれば、それほど内部の酸素消費量は増えていく。

それは彼も同様に。だんだんと動きが鈍り、意識が朦朧としていく。

そして向かった先は──ブラック・アウト。酸欠による失神だ。


といった俺の読み通り。辺りを見渡せば、各地では突如躓く《雪月花》の人間が。

またあるところでは、見えない壁にぶつかって伸びてしまっている人間が。

またまたあるところでは、顔を真っ青にして酸欠で倒れ込む人間が。



「まだまだ、出す……よ」



その声はいつもとは違いどこか誇らしげで、自信に満ち溢れているモノだった。

彩の『開かずの小部屋』は彼女が認知出来るだけ創り出されていく。それは使用者が出している、という事を分かっているが故。



「……そろそろか」



辺りを見回して確認したところ、残る《雪月花》の人員は百にも満たないだろう。

それなら──俺たちも、加勢しますか。



「彩乃」

「……はぁ」



互いに掛ける言は短く。

だが、それだけでも意味は通じたハズだ。その証拠に、グラウンドの中央には──円状の影が差しているのだから。

それだけで状況を察した処理班と隠蔽班はすぐさま退避し、防御壁を張る。

逆に無慈悲な武器の雨を予測できなかった《雪月花》には、それらが裁きとして襲いかかる。


それは俺たちにとっては2回目。

そして《雪月花》にとっては最も凶悪なモノとなる。

それらは重力に引かれて落下し、グラウンド全体に刺さり、散らばっていく。


俺は中央へと駆けつつ、傍らにあった日本刀を片手で引き抜いた。

今回は多種多様なモノを創る必要もないので、かなり余裕があるらしい。

その証拠に、範囲は前よりも格段に大きかったから。



「──っ!」



突如戦場に乱入したといえど、それは《雪月花》からしたらただの的。



「……ただの異能者が。調子に乗るな」



四方八方から、焔弾や水レーザー。土塊や氷が襲いかかってくる。

それでもなお、俺は防御の姿勢をとらない。とる必要がない。

それらは『開かずの小部屋』によって全て防がれ、霧散されて。


僅か数秒の間に、俺はベレッタを抜き、『魔弾の射手』を適応させる。

アキレス腱へ向かうように指定された銃弾は、トリガーを引くだけで、寸分違わずの場所へと着弾した。

迫り来る攻撃を銃弾で去なし、相殺させ、一瞬の隙を見計らってカウンター攻撃をする。


機械的な動作を繰り返すうち、残る《雪月花》の人員も、数十人。

俺は周囲を見渡し、《仙藤》と《鷹宮》へ聞こえるように告げる。

……さて、最後は。



「諸君。焔槍、構え」



俺たちの得意とするモノで。



「水球、圧縮よ」



──華麗に、フィナーレを飾ろうじゃないか。



「「……発射!」」



僅か10にも満たないほどに減っていた《雪月花》。

それを散らせるにはこれだけで充分。また、お前たちの負けだよ。

──直後、閃光と轟音を以て。この一連の出来事は、幕を閉じた。







「さぁ、これで分かって頂けたかな?」

「ここまでしておいて、今更……投降なんか……!」

「今更? ……いやはや、何を言う」



グラウンドの傍らで脱力しきったように座り込み、こちらに向かって叫ぶ月ヶ瀬美雪。

しかしその言い分には、可笑しな点があった。



「この結果はお前自身が招き、望んだ事だろう?」



ほぼ重症を負っているであろう戦科部隊をずらりと見渡す。

この惨状、これを望んだのは、他の誰でもない。美雪本人だ。



「お前がしたかったのは、模擬戦か? それとも、決闘か?」



どちらにしろ、美雪が望んだんだ。この結果は。

本部に眠る情報の奪取の為、彼女は動いた。

そして俺たちは、それを阻止しようとしただけの事。



「それにしても、やけに合点がいくと思ったよ。《雪月花》、《月ヶ瀬美雪》──言わばそれは、詞遊び。自身の異能と名前と……更には、その本拠地に準えて付けたワケか」

「…………」

「その歴史は《鷹宮》や《仙藤》より僅かに少なかれど。今や廃れし──古来より続く《雪月花》の総本山。源流か」



月ヶ瀬美雪は、言わば《雪月花》の姫だろう。イレギュラーで強力な異能者というのも、頷ける。

しても、ここまでの人間が流罪の如く我々のお膝元に居するとは……皮肉なモノだ。


──さて、これは思わぬ拾いモノだな。

そう内心で少しほくそ笑みつつ、俺は質問を戦科の姫へと投げかける。



「さて、どうする?」



この問いかけも何度目か。



「今回も、お前たちの……負けだ」



各々仕事を済ませ、俺の後ろへと整列する処理班と隠蔽班の面々。

攻勢異能者と戦闘に不向きな隠蔽班が現れたという事は、それはある1つだけを指す。


──即ち、戦の終結。



「ただの一手。戦場ではその読み違いでさえ、大きな影響を及ぼす」



『神の裁き』が破られたら?

その可能性を考慮していなかったのが、彼女らの敗因だ。

切り札を始めに出したのが仇となったね。それこそ考えられていたら──こちらが負けていたかもしれない。



「まぁ、その一手を創り出してくれたのは──年端もいかない、1人の少女だが」



そう言って、俺は後ろに控えている彩へと視線を移す。今回の勝利の女神は──



「……この子、だね」



~to be continued.

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