決闘の刻──前編
「攻勢異能者が400……か」
告げられたその言葉に、俺も──職員らも皆、息を呑んだ。
部屋中に不安が募る中、俺は立ち上がりつつ1つの指示を出す。
「……引き続き精査の方を任せた。俺は部屋に居るから、何かあったら随時連絡して。桔梗、彩乃。行くよ」
「……《長》、何を?」
「上層部がすべき事は限られる。指揮、交渉。そして──」
──作戦立案会議、だ。
◇
「……妙だな」
「何がよ」
場所は打って変わって《長》の部屋。そこに俺と彩乃、そして彩に桔梗も集めて──作戦会議という名の話し合い。
俺の呟きに問いを零した彩乃を見て、桔梗が補足をつける。
「彩乃ちゃん、《雪月花》の性質って覚えてる?」
「っとー。『武闘派』でしょ? 志津二が見てた書類に書いてあった」
そう。組織的な活動は同じとしても、俺たちと《雪月花》とでは大きな違いがある。それが『武闘派』か否かだ。
例えば、美雪率いる第4戦科部隊。あれは、こちらで言う『処理班』に当たる。
異戦雪原は組む隊の7割が攻勢異能者で構成されていて、さらに攻撃においては秀でた才能を有している。つまり、だ。
「ウチの処理班1000人──《鷹宮》の増援を味方にしても、《雪月花》の戦科部隊400人には……負ける可能性が大いにある。こちらが圧倒的人数有利とは言え、あちらは武を担う戦科部隊だからね」
それにしても、と俺は別に思考を切り替える。
それはどうやったらあんな不確かな情報1つでここまでの人員を動員出来るのか、だ。考えても考えても分からなかった、謎。
……不確か過ぎる情報。そして、美雪たちは──それが存在すると思っている。交渉の時のあの自信満々な態度からも、それは明らかだ。
正直言って疑問は尽きないが、美雪が行動を起こしている以上。今はそれに対応するのが賢明か。
「あれだけ自信満々に宣戦布告してきたんだから、『武闘派の異能者を揃えました。これなら負けません。まる』で終わるようなことじゃないだろう」
「そうね。罠を仕掛けるだけの頭があるんだから、正攻法で負ける可能性くらい考えてるでしょ。それに切り札とかありそうだし」
……そう、切り札。未だにそれは不明ではあるが、恐らくそれは、月ヶ瀬美雪自身の異能だと推測出来る。第六感持ちの異能者から告げられた情報にも、そうあった。
まぁ、あちらがそれを用意しているのなら、こちらも対抗するだけだ。
だが──
「《鷹宮》の増援にも限界はある。万が一の時のために、あっちには過半数を残すように彩乃を介して伝えておいた。来れたとしても、処理班が300、隠蔽班が150ほどだろうな」
隠蔽班は防御に回るから、そもそも戦闘には参加不可能。
建物内部でガン待ちしようものならこちらが地形的に有利だが──そもそも敵を中に入れる事が間違いか。探知系の異能者が居るのなら、それも効果が無い。お互いに。
「数は劣るが、戦闘力は向こうが上……。そして何か切り札がありそうで怖い、ってことですか。詰んでませんか、《長》?」
「……いや、本当の意味では詰んでない、かな」
あと一手。切り札に対応出来る切り札が必要なんだよね。あちらがどれほどなレベルなのかが推定出来ないと、それもしようがないし。
「…………《長》」
小さく呟く声の方向に顔を向ければ、そこにはソファーに座っていたハズの水無月彩。
さっきから姿が見えないと思っていたが、まさか──
「作戦、出来た……よ?」
「よし、言ってみて。検討するから」
「……分かった」
そういって彩が語り出した作戦は、彼女らを欺くのにとても効果的なモノであり──実に、切り札とも言えるモノだった。
これなら、こちらにも勝算はある。
……さぁ、始めようか。
◇
『──《長》。隠蔽班、配置完了です』
「ご苦労さま。それじゃ、作戦通りに頼むよ」
ヘッドセットから聞こえる声に軽く返事を返しつつ、俺は後ろへと振り返る。
そこに見えるは《仙藤》処理班の黒服たち。その全員を見るだけでも、かなり遠くまで見渡さねばならないほどに、その人数は多い。
「さて、諸君。最後の確認といこうか」
淡い月明かりに照らされた、本部から僅かばかり離れた……とある廃校のグラウンド。
その広大な敷地には、校舎はもちろん。古びた倉庫なども少なからず点在している。
彼らの視線が向かう先──その対象である俺は、確認の前に忠告をしておく。
「分かってると思うけど。まずね……俺を戦力扱いしないこと。今回は指揮官という立場故。あんなこと言ったけど、ホントにピンチになったらだからね?」
「「「それは保証しかねます!!!」」」
「良い返事だねー、アンタら。全員解雇するよ?」
「「「申し訳ございません!!!」」」
冗談を交えつつ話す俺たちだが、この《長》という存在は……表に出ない、秘された存在であるという事を分かってる──ハズだ。うん。大丈夫。
本来なら居なくても可笑しくないとされる、《長》。それが表舞台に立つとは、ね。我ながら危ない橋を渡ってるよ。
久世の際は仕方なく。交渉の時は美雪に指名されたから。
そして今回は、彼女の意志に報いるため。数限りない不安はあるが──
「今回も、隠蔽班が後方支援をしてくれてる。だから前線にいる我々は──攻撃あるのみ。全滅させるか、主犯の月ヶ瀬美雪を拘束すれば良し!」
「「「御意!!!」」」
よしよし、と言いたいところだが……大きな問題が1つあるんだ。
「桔梗らの協力を得て、《雪月花》側の異能はほぼほぼ発覚した。だが、詳細が分からない異能者が──1人だけいたんだ」
大半の異能者の詳細が分かれば、こちらもそれに対応した異能者を集められる。
だからこそ情報収集を急かせたのだし、持っている情報の全てを総動員させた。だが、それでも不明な点はあった。
それこそが、
「今回の一連の騒動の主犯、美雪だ」
恐らく切り札と言うのは、美雪自身。それも彼女が有している異能だろう。
それを職員らに告げ、俺は忠告をする。
「だが、諸君は相手が1人だとしても。それが要警戒に価するモノだとは分かっているハズだよ?」
稀有な異能というのは、本家筋──所謂、万能と呼ばれる異能ばかりでなく──ただの異能者にも当てはまるのだ。
多様な局面に対応出来る、奇跡の力。それが本来の意味での、異能だ。だから焔を起こす、水を出すなんてものはその一面に過ぎない。
「それを用いて、彼女らも必死の抵抗をしてくるだろう。だから我々も、それに対抗する。渾身の力で、だ」
でも、と彼らを見据えて俺は続ける。
「何より自己と仲間の命を第一としろ。誰一人欠ける事のないように!」
「「「我々《仙藤》、仰せのままに!!!」」」
叫ぶ彼らの言をしかと聞き止めてから、俺は1つの命を下す。
「よし、作戦決行だ!」
それを聞くと共に、今まで整然と並んでいた処理班の面々が動き出した。
暗闇に溶け込もうとする彼ら彼女らだが、続く一声で、
「……さぁ。お話はお終いかしら?」
その一言で、俺たちの動きは止められた。止められて、しまった。
「随分とベタな登場の仕方だねぇ、月ヶ瀬美雪」
動き出そうとしていた処理班の背後にある1つの倉庫。その屋根に見えるは、あの時と変わらない服装を身にまとい、茶髪で小柄──そして怠そうな雰囲気を醸し出している、美雪本人だった。
そんな彼女は足元の処理班を睥睨し、口元を僅かに歪める。
彼女の登場を合図としていたのか、グラウンド周辺──路地や建物の陰から飛び出してきた、《雪月花》。その戦科部隊。
彼らは銃すら持っていないものの、それは軍人を彷彿とさせる佇まいだった。闇に溶け込むための迷彩柄のコート。ガタイの良い体格。まさに武を担う戦科部隊と言って良いだろう。
そんな彼らに囲まれているという中々に洒落にならないこの状況。
一帯には緊張感漂う中、俺は微笑でこう問いかける。
「美雪、考え直すつもりは無いか? 今なら帰りの移動費くらい出してあげるが」
「別に構わないわ。アタシたちは、目的を果たすだけ」
──なるほど。引くつもりはさらさらない、と。それなら我々の意はとある1つに他ならない。
美雪のお遊びに……付き合ってやろうか。
「──行け」
「──行きなさい」
~to be continued.




