異能者組織の真相を
──コトン、と俺の手によってテーブルの上に置かれたティーカップ。彩乃はそれを手に取ると、優雅な仕草で一口飲んだ。
そして、その蒼い瞳でこちらを見据えて言う。
「まぁ、私たち《鷹宮》の真相を知るのはいいんだけど……勿論、タダでとは言わないわよ。それなりの対価があるんだからね?」
数分前。体育倉庫から帰ってきてから、俺は彩乃に「《鷹宮》って何なんだ?」と軽く質問をしてみた。
それを聞いた彼女は少し考えるような仕草を見せると、俺に紅茶を要求してきた。そして今に至る。
「対価、って……何だよ。無理な話は断るぞ」
「言うほど厳しくはないわ。ただ、私を手伝って欲しいだけ」
「手伝うって……俺がお前に出来ることなんて、たかが知れてるぞ。出来るっつっても、情報収集程度だ」
「あなた、情報科ではAランクだったでしょ。十分よ」
「何処まで調べてるんだよ……」
そう言いながら、彩乃と向かい合うようにソファーに座る。
そしてぐるりと周りを見渡し、どう考えても広すぎるだろ……と誰にともなく呟いた。この館自体が、明らかに一人で住むような広さではないからだ。
──鷹宮家、リビングにて。アンティーク調に統一されているこの館は、やはりそれ相応の価値がある。アンティークに疎い俺でも分かるほどに高級感が漂っており、如何にも貴族って感じの部屋だ。
今朝回って下見した感じだと、リビングを中心にして、周りにキッチンやら書斎やらがあるというようなレイアウトだ。寝室は全て二階で統一されている。
……っとまぁ、そんなことはどうでもいい。今は彩乃の話に耳を傾けなければ。
「それで十分よ。私が知りたいのは、とある個人の情報だからさ」
彩乃はそう言い終えると、やや間を開けて口を開いた。
「……先週。私のお父様──鷹宮清十郎が亡くなった話は耳にしたことがあるかしら? ニュースでも報じられていたハズだけれど」
「……あ、あぁ。知ってる。でも、それが何か関係あるのか?」
いきなり話題がそちら系に飛ぶとは思っていなかったために、若干狼狽えた返事をしてしまう。しかし彼女はお構い無しに、「大ありよ」と告げた。
「死因は事故。それも、乗用車が徒歩中のお父様に突っ込んでくるというパターンでね。で、ドライバーは堂本充、九十二歳。警察側は過失運転致死傷と判断したわ。……問題はこの後よ」
彩乃は苦い顔をしつつも、説明を続けていく。
「警察、武警たちと《鷹宮》側で堂本充の素性を確認したんだけれど──何故か、情報が一つも見つからなかったのよね。分かったのは免許証にある名前と生年月日のみ。警察らもそれを頼りに素性を探っていったんだけど、それ以降は手掛かりなしってさ」
面倒臭そうに手をひらひらと振る彩乃を見て、内心、嘘じゃないかと思った。しかし、その可能性はにわかにも信じ難いのである。
現に《鷹宮》の会長である清十郎は先週に亡くなっているし、報じられていたのだから。身内である彼女が嘘を吹聴する理由も考えられない。
……だが、一つ俺の中で矛盾点が見つかった。
「でもさ、ニュースだと名前の他にも所在とか示されてたと思うんだが」
「あぁ、あれね……。警察がマスコミ側に提供した嘘情報よ。実際、手掛かりがないなんて有り得ないでしょ? 詳細を知られないように、敢えてそうしたのよ」
紅茶を口にしてから、そして、と彩乃は一拍置いた。
「警察が求めていた情報が見つからないってことは、誰かが秘匿した可能性があるの。それこそ、個人情報を改変できるほどの位置にある人間が。……勿論、私も調べたわ。《鷹宮》内の情報網──《マスターデータ》まで駆使してね。それでも、彼の情報は掴めなかった」
──彼女が言った、マスターデータ。これは公に出ている個人情報とは別に、個々の異能者組織に張り巡らされている情報網である。
その異能者組織の系譜に当たる人間全ての個人情報と異能力に関する情報を有しており、その規模は莫大なモノだ。
マスターデータは異能者組織の本部──中でも上層部が──厳重に管理しており、外部からの接続は不可能。物理的に回線が繋がっていないのである。
そして、それを視認出来るのは本部内でも限られた人間だけ。幹部らと、《長》、または《姫》のみである。
それが重大なモノだというのは理解出来るだろう。ましてや、改変など至難の業だということも。
それ故に、彩乃が《鷹宮》内でも高い位置に座している人間だということが明らかになった。マスターデータを使用している時点で、幹部か《姫》かのどちらかに限定されたのだから。
……本来なら秘匿する必要性がないのにも関わらず、現行犯である堂本充を庇うかのような行動。まるで、何かを知られたくないようにしているみたいだ。
話によれば、《鷹宮》の会長は堂本充の事故によって死亡したらしい。しかし、堂本充の情報が見つからない。それは何故か、と問われれば──
「堂本充本人が、鷹宮清十郎を殺すように仕向けられた人間、ってことか……?」
それなら合点がいく。誰かが堂本充を使って鷹宮清十郎を殺めようと考えていたのなら、犯行後に自らに火の粉が及ばないようにするのが定石。だから情報を消して、一切の痕跡を絶ったと考えるのが妥当か。
彩乃は俺の考察を聞き留めると、即座に首を縦に振って肯定の意を湿した。
「うん、私もそう考えてる。それに位が高い人が狙われるのは、どんな理由があれ、当たり前でしょ?」
「当たり前、って……。否定はしないけどさ」
「だから、あなたが必要なの。《鷹宮》とは別の《仙藤》一族。私たちに次いだ勢力と血筋を持つあなたたちなら、目はあるかもしれないもん」
曇った瞳で、そう言った彩乃。それを見て、俺は腕を組んだ。
──ここまで聞いてしまった以上、引くのは難しいか……。
「……分かった。そういう話なら、了承してやる」
「ホントに!?」
先程までの曇った瞳が嘘かのようにぱあっと晴れた。彼女の顔に笑顔が溢れる。
「あぁ、協力してやるよ。同じ異能者組織の人間だからな。こういう時はお互い様だ」
言い、笑顔を向けた。
◇
俺が彩乃の執事になると契約した結果、彼女は自らの組織の全貌を話してくれた。
その起源は古く、代々と子孫を作り、繁栄しながら永らえてきたこと。それと同時に、魔物駆除組織としても名を馳せていたこと。
日本における古来の魔物は、言わば化生。妖怪の類である。……つまり、《鷹宮》は異能者組織の一面、妖怪退治の一面も持ち合わせているということだ。
そして最後に、自身が本家筋の人間だということも。
……そこに関しては、予想が出来ていた。あれほど高威力の魔弾を生み出す異能者など、そうそういない。ならば、『万能』と言われる本家筋の人間だろうと俺は読んでいたのだ。
そして、俺が《仙藤》の本家筋だということを知っていたのも、また一つの手がかりである。
いい加減、俺の平凡は何処へやらと。俺の将来はどうなるのだろうか。
~to be continued.
家庭の事情で少し早めに。次回もお楽しみに!