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列車と僕と女の子と  作者: あおみなと
第一行路「近所? のお姉さん」
6/10

第六列車「なにかの改正」

「ねぇねぇ、祐介君は移動中なにするの?」


「え? あー、大抵外を見てるか前を見てるかのどっちかです。疲れた時は座ってカメラの写真見てます」


「おー、いかにもって感じだねぇ」


 湯海に向かう湯海線の車内。

 今日は森元の北を走る湯海線で、森元の西の湯海に向かっていた。特に理由はなく、亜鈴さんが車庫のある駅で仕事を終えたのでたまたま来た列車に乗ったら南山公園ではなく中央線のもう一つの終着駅、北八宮(きたはちぐう)の方向へ向かったので、どうせならと湯海線を経由していたわけだ。

 その車中で亜鈴さんは俺の生態について尋ねてくる。


「休みの日はなにしてるの?」


 に始まり。


「好きな女の子のタイプとかは?」


 といういかにも女子らしいトークを経由し。


「私は東海道新幹線が好きなんだけど、君は?」


 鉄方向にも走り。

 相変わらず振ってくれた話題を返せない俺がみすぼらしくて連結幌の間から転落してしまいたかったが、なんとか答えているようすを見ていた亜鈴さんはくすくすと笑っていた。俺ってMかな?


「そういえばさー、夏樹がカメラ買ったらしいよねー」


 良からぬ連中に絡まれたくないから、と俺の隣に結構近い距離で座る亜鈴さんが、唐突にそんな話題を始めた。


「あー、らしいですね。しかもあのメーカーで一眼かよっ! って感じです。俺としては――」


 こういうカメラにするんだろうと思ってたんですけど、とスマホでおすすめのカメラを見せてみる。

 しかし亜鈴さんは「あーこのカメラかわいー!」とか、話の流れを本線から支線に脱線転覆させる勢いで話をそらしていく。

 その後はなんだかんだで亜鈴さんの新しい趣味を見つけよう! などという話題になり、若い女性の趣味ってなにかな……と頭を悩ませていた。

 もちろん女子という物に疎い俺が分かるはずもなく、映画でも見てればいいんじゃないですか? というと「もうちょっと考えようよ~!」と大して脳みその詰まってない頭をグリグリされた。

 きっとこの様子は傍から見ればカップルなのかもしれないが、亜鈴さんはそういったことを気にする素振りも見せない。天然なのか、はたまた分かっているのか。俺はきっと後者なのだろう、と思った。

 そして年上のお姉さんに虐められるという世の男性的には羨ましいであろう時間も結構すぐに終わり、いよいよ目的地の湯海に列車はついてしまった。


「うーん……時間に囚われないでのんびり出来るのはいいなー」


 湯海駅は山の途中にあり、ちょっと東三神の方へ行けば森元の街を一望出来る。頭端式の湯海駅の駅舎には展望台も併設されており、坂の上から見る景色と塔の上から見る景色、似たようで少し違う景色を見る事ができる。夏の夜になれば、街で上がる花火を見るためにとカップルも集まるそうだ。

 しかし運転士からすればそんな事は知ったこっちゃなく、この駅に着いたらすぐ折り返すのが大抵なので、こうやって緑の向こうに街を見る事は中々ないらしい。


「えっと……次の列車は三五四三Mで……」


「やめてぇ……休みなのに仕事の話しないでぇ……」


 珍しくこっちからからかってみる。すると結構かわいい反応を見せてくれた。

 うーん、いじわるなお姉さんかと思いきや案外いじられキャラでもある? まさかのハイブリッド……だと!?


「まぁでも、ここに居れば時間も忘れそうですよね」


 確かに展望台から見る景色は森元の街の大きさを見る者に伝えてくれる。俺もあの中に暮らしているんだな、と思うと少し考えるものがあった。


「よーし、じゃあ景色も十分堪能したし。さっそくいこー!」


 まあ、そのムードをぶっ壊してくれる人がいたのは幸いだった。俺、ああいうの引っ張りやすいんだよ。


 ◇


「へー、湯海ってこんな所だったんだ。駅前しか知らないから、すごい新鮮」


 湯海の辺りは温泉旅館が多く立ち並ぶ。坂を登ってきてすぐの場所の湯海駅を出て西に行けば、そこにはここだけ昭和のまま世界から切り抜かれたかのような街が広がる。


「冬にもなれば結構賑わいますからね。観光要素の少ないこの森元で、結構観光客を狙える場所なんです」


 実際、年に森元を訪れる観光客の六分の四がこの湯海に訪れる観光客だという。市もそれなりに力を入れていて、年に一回「湯気も吹き飛ばすような美女よ集え! ミス湯海コンテスト」も開催される。観光客の少ない夏にやるので、全国のオタ……もとい、お兄さんたちが集まるのだ。いい金づるだ。


「結構街の事知ってるんだね? 私はてっきり鉄道にしか興味がないのかと思ってたけど……」


 亜鈴さんは俺を驚きの目で見ていた。


「ま、好きの延長というか。父が市の観光課に勤めてますし」


「え、そうだったの!?」


「はい。そうですよ?」


 実はそれなりにいい所に勤めてたりする。


「へー、結構いい家の出身なんですねぇ?」


「いやあ、そんな大したのじゃないんで……」


 別に父親が公務員だからってその息子が注目を浴びる事もないだろう。いい風評被害だ。今まで生きてきて父親の職に助かったこともほとんどない。どんな仕事でも俺は大して変わらないはずだ。


「あはは、そんな謙遜しなくても。ま、本人がいうならそうなんだろうね?」


「そういうことにしておいてください」


 そういえば亜鈴さんの親御さんは? と聞こうかとも思ったが、さすがにそこまでの仲でもないしやめておいた。


「で、例の温泉ってあとどれくらい歩くの?」


「うーん、五分ぐらいですかね。駅からだいたい十五分で、今十分ぐらい経ったんで」


「そっか、ゆで卵ソフト……あと五分か!」


「いや、風呂入らないと食べれませんからね!?」


「も、もちろん分かってます!」


 嘘くさいな。どう見ても今まで忘れてた反応だぞ。

 しかしそれを言うと湯上がりの亜鈴さんの貴重なお姿を拝見できなさそうだったので黙っておく。うーん、俺ってなんかこの人に結構引っ張られてる?


「あ、温泉まんじゅう! いいなー、おいしそー」


 道の脇のお土産屋のショーウィンドに亜鈴さんがかぶりついた。甘いものになると目が変わるというのがいかにも女の子っぽくて、なんとなくかわいいなぁ? と思ってしまう。


「は、はぁ。食べます?」


 俺は値段から目を背けたくなったが、ここは男性として払うべきだろう。


「……狙ってるんだ?」


「はぁ? え、いやそういうのじゃなくてですねぇ」


 いや、少なからずそういう気はある。だが俺も多少興味もあるわけで。


「うーん、じゃあここは素直におごられちゃおっかなー?」


「ま、多少余裕はありますんで」


 バイトをしているのはあくまでカメラ代の返却なので、その金は全て父親の元へと入っていく。しかし毎月もらう小遣いはそんなに使っていないので、結構お金はあったりする。


「じゃあじゃあどうぞどうぞ」


「はいはい」


 俺が会計を済ませる間、ずっと亜鈴さんは目をキラキラとさせていた気がする。背後にいたので分かったわけでは無いが、店内の色々なお土産を見ては「はわぁ……」と声を上げていたのでは、さすがに分かってしまう。


「はい、どうぞ」


 観光地値段だったので二個が限界だったわけなので、一個を亜鈴さんに渡した。


「ありがとー!」


 ゆっくり食べてくださいよ、という暇も無く亜鈴さんはその温泉まんじゅうを口の中に放り込んでいく。

 ……太らない? と聞きたかったけど、それを女性に言うと男性はまず殺されるので自重しておく。しかし今も十分に体型はいいので、太りにくい体質なのだろうか。


「んー、おいしー」


「それはよかったです」


 そして俺も食べはじめる。あ、普通にうまい。

 しかしふと隣に目をやると、俺は異様な光景を見てしまった。


「も、もう食べたんですか」


 手元から、さっきまで確実に見えていた物がなくなっていた。俺まだ半分しか食べてないよ?


「うん。美味しかったです。ごちそうさま」


「そ、それはどういたしまして。……あの、だいぶ失礼なこと言いますけどいいですか?」


「なにかな?」


「……太りませんか?」


 ――あ、亜鈴さんの笑顔が凍りついた。やべー俺地雷ふんだー。


「……君って……ほんっとうに……」


 ゴゴゴ、という効果音が聞こえてくる気がした。そして亜鈴さんの背後には黒いオーラも漂っているように見える。


「あ、そ、それは、す、すいません!」


 俺はどんな罪でも受けますのでどうぞ頬に神聖な御手を! と踏ん張っていたのだが、実際は違った。



「気配りが上手だねぇ……!」



 そう言って嘘泣きを始める亜鈴さん。もし俺たちが恋人同士なら胸に飛び込んできたのかもしれないが、ここは堪えておこう。


 ――というか、どうしてこうなった?


 ◇


 結局あのあと亜鈴さんは一分で復活し、もはやクタクタの俺を引っ張って例の温泉に向かった。


「うぐっ、うげげぇ」


 しかし俺は入る前に死にそうになってしまう。


「どうしたの?」


 キョトン? と首をかしげている亜鈴さん。しかし、目の前にいるのがウチの高校の生徒なんて――言いたくない! なぜか!


「……有村ぁ、ぜってぇ許さねぇ」


 せめて広げるなら俺と亜鈴さんの関係だけにしておいてくれ! じゃないとこうやってお出かけにも怖くて来れねぇや!


「うん? あそこにいるのが知り合いだから入りたくないって?」


「バレてた!?」


「あったりまえじゃーん。だって昨日夏樹がいっぱいいたよー、って言ってたもん」


「あいつ朝風呂しやがったか……」


 しかし事情を話さなくてもすむのは楽だった。


 ――よし、社会的に死ぬ覚悟が出来た。


「行きましょうか、亜鈴さん」


「おおー、いよいよ腹をくくりましたかー」


 というかここにいたってどうせ後から来る生徒が来るのだから、とっとと入ってしまおうというだけなのだが。

 そして温泉の入り口に近づいていくと――。


「おー片山。お前も食いに来たのか?」


「うん。まあ一応?」


「へー、そっか。あれ、結構人を選ぶよな。俺は全くだめだった……って、なぁ」


 いよいよクラスメイトAが亜鈴さんの存在に気がついたらしい。結構歩いていたときは他人的な距離だったが、俺が立ち止まると亜鈴さんも同様に止まったのを見て――あ、こいつ知り合いだなと思ったようだ。


「ちょっと、こい」


 手招きされるので、そいつの元に歩いて行く。

 すると耳をかせ、というジェスチャーをされたのでその通り耳をちょっとこいつの方に傾けた。


「あの人は一体どういうことかな?」


「うーん、どういう人って言われても……知り合い、としか」


 事実そうなのでそう言うしかない。友人の姉というよりはやはり俺との直接の関係の方が強いだろう。


「嘘つくなよ。正直に言ってみろ」


「いや、だからマジなんだって」


 俺の必死? の弁明にこいつが納得してくれる訳もなく、まだ質問攻めは続く。


「じゃあなんであんな人と知り合えるんだよ!」


「いやたまたまだって! 俺だってあんな人が運転士やってるって知らなかったよ!」


 あ。

 俺、亜鈴さんの個人情報バラさなかった……?


「うっせぇ! お前がどう知り合ったかは知らん! とにかく、日曜日に二人っきりで温泉にやってくる関係がどういう関係なのか、言ってもらおうか?」


 ぐっ、そう言われると確かにその関係のヤバさが分かってくる。

 俺もさすがに弁解できず、仕方なく負けを認めてしまった。


「……はぁ、好きにすればいいだろ。俺としては付き合ってもいない、と言っておくが。なんなら榎本に聞けばいいだろ。あいつ弟だし」


「バカか! 聞けるわけないだろ!」


 確かに俺も榎本から話しかけてくるまではそうそう声をかけられる存在とは思っていなかった。一度打ち解ければ普通の男子なので、ついついそれを忘れていた。


「とにかく。俺は別にやましい関係とかでもなんでもねぇから! わかったか?」


 うん、とこいつは頷く。だが絶対納得してない。


「すいません、色々とありまして」


 久々に見る亜鈴さんの顔(といっても三分程度)を見ると、無駄にイラッとしていた俺も落ち着いてくる。というか笑ってないで否定してくれよ!


「うーん? なんだー、私はそういう関係だったのかー。あんなことやこんなことまでしておいて、それはないでしょっ……!」


 あ、これ悪ノリしてるやつだ。でもこうなると俺どうしようにもないよね!?


「あーあ、なーいちゃったないちゃった。せーんせいにいっちゃおう」


「なんだよその小学生の煽りみたいな奴! というか俺の味方はいないのかぁ!」


「うんいないよ」


 クラスメイトBにも否定されてしまった。

 あぁ、こうなるといよいよ俺も死んだな。


 そう思っていたのだが。


「あれ、片山くんに姉さん」


 榎本キター! というかお前も見てたなら黙ってないで助けてくれってマジで!


「あー、夏樹! どうしてここにいるの?」


 しかも首からはカメラを提げている。


「たすきがけしたら?」


 というツッコミをしてしまった俺を恨んだが、そこは榎本。


「いや、なんとなく温泉入りにきただけなんだけど、途中で片山君が彼女を作ったって話を聞いたから急いで来てみたら……ああ、ごめんね片山君。姉さん結構人の心を思いやることが出来ない人だから」


「え!? いや、そんなことないですよやだなー。というか俺はいじられることに慣れてしまったので、別にそれでもいいんですけどね?」


 たしかに俺の意見を尊重してくれることは少なかった気もしたが、こんなに美人な女性となにか出来るというだけで十分お釣りが来てるからオッケー。


「あはは、ありがとう。……ただ、もしなにかあるようなら、容赦しないから」


 ――……!?

 言葉に出来ない恐怖が俺を襲う。同時に背筋がピンと固まった。

 まさかめちゃくちゃ低い声でそう囁かれるとは思っておらず、けらけらと笑っている榎本とのギャップに、俺は人間の恐ろしさを知るのだった。


「あ、ちなみに弟の立場としてはなにしても構わないので、どうぞお好きに」


「そんなこと言ってないで助けておくれぇ……」


 (友人)二人、第三勢力(榎本)一人、戦力外(亜鈴さん)一人。誰一人として味方がいない。


「うん? あぁ、それは簡単なことだよ」


「マ、マジですか榎本パイセン!」


「いや、年齢で言えば僕も片山君も同じなんだけど……あのさ、なんでしないのかなーって僕ずっとおもってたんだよ?」


「な、なにを?」



「交際を公認しないのを」



 ああ、やっぱこいつはまともなことをしない。

 いやいやいや、待って待って。そもそも知り合って一ヶ月も経ってないよ? それなのに公認するとか早すぎるよね!? それとも俺がずっと田舎者だからビビってるとでも? 東京の小童どもは進んでると!?


「な……え……あ……」


 俺はきっと生まれた直後の子羊的な感じでプルプルと震えているのだろう。


「うーん? 私はずっと待ってますからねー」


 亜鈴さぁん! 頼むから! 火に油を注がないで!


「おいおい、片山も罪だなぁ。あんな人をずっと待たせておくなんてよ。責任取れ!」


「なんのだよっ!?」


「そりゃもちろん、結婚という」


「しねぇよこの山猿男!」


「俺は山猿じゃねえよ!」


「そうだそうだ! こいつはエロ猿だ!」


 ――なんというか、ノリであだ名は言っちゃいけないんだって。初めて知った。


「まぁまぁ、みんな落ち着いて。とにかく片山君は騒がれるのが嫌らしいし、そっとしておこうよ。ね?」


 榎本、お前だけはずっと仲間だぜ……!

 と思っていたのだが、それをクラスメイト共は変な方向に取ったらしい。


「そうだな。影でこっそり二人の進展を見守るのも悪かねぇな……」


「ああ。食事に来た二人を隣の席で監視……そしてその任に就いた男女にまた新たな恋が――!」


 あ、これまたイカン奴始まったな。

 というか、温泉の前に来てから一向に進まないんだけど。そろそろ会話を切り上げて風呂入りたいなぁ。

 などと思っていたのが顔に出ていたのか、それとも榎本がエスパーか。


「ここは僕にまかせて、行きな」


 榎本が男子二人に向かっていく。


「……はぁ、なんというか。その、行きましょうか」


 俺はこうして、ようやく亜鈴さんと当初の目的の温泉に入ることが出来たのだった。


 ◇


 とは言ってもこの温泉は混浴ではないので、温泉イベントが発生するわけでもない。しかも人もそれなりにいるので間違って――ということも無く。


 一面青いタイル張りの風呂に浸かりながら、俺は今後のことを考えてみた。


 ――たしかに、今後俺と亜鈴さんがそういった仲に進展する可能性もある。

 だがそれには早すぎる気がするんだ。そりゃあ俺だって亜鈴さんが彼女なら嬉しいよ。でもなんか違うと思う。

 それに、だ。そもそも年齢差がありすぎるだろう。俺はまだ十五歳、対して亜鈴さんは二十二歳。今年で二十三だが、それでも年の差は八歳差となる。

 うーん、なんというか。俺はいいけど社会的にどうなんだ?


「……はぁ」


 なんというか、亜鈴さんが同年代だったらよかったのに。などと現実から目をそむけることしか出来ない自分に嫌気が差してくる。

 でも別に、亜鈴さんと交際しなくてはいけない訳ではない。そうだ、誰もしろとは言ってないわけだ。

 じゃあ別に、悩まなくてもいいのでは? ただの友達です! ときっぱりと宣言して――

 いや、以前の榎本曰く「片山君だからこうやって関係を続けている」とかなんとか。ということは、周りに相談相手のような人物は必要だろう。もういるのかもしれないが、そういうポジションの人間がまた増えることに越したことはないのではないだろうか。

 ……いや、なに考えてるんだ俺。別に相手の交友関係を知ってどうする。友達いない? あっそう、それがどうしました? というのが俺の本心でもあった。

 かといって無下にも出来ない。うーん、なんというか、俺がもっとモテればよかったのに……! くそ! なんでこれを日常系にした! ハーレムものにしておけばよかったのに作者ぁ!


 交際は厳しい、だけど断るのも無理。かといって今のままでは俺が持たない。

 ぐぬぬ、うーん。


 もう、訳がわからないよ!


 ◇


 風呂上がりと言えば、脱衣所の扇風機の風で涼んだあとに畳が敷いてある広い部屋でゆっくりしながらコーヒー牛乳を飲むものだ。俺はいつもどおりそのパターンを実行し、現在亜鈴さんを待っているところである。

 女性の風呂は男性と比べて長いというのは今に知ったことではないので、とくに怒ってるとかはない。

 俺は春の午後の風を感じながら、のんびりスマホをいじっていた。

 うーん、SNSを見るのが怖いよ。クラスのルームが荒れてるよぉ。


『片山爆ぜろ!』


『ちょっと電車飛び込んでくる 三┌(^o^)┘ 踏切→』


『明日から洪水』


『伊丹が窓開けて下見てる、飛び降りそう ってか手すりに足かけた ちょっと止めてくる』


 ……ヤバイ。

 なんというか、クラス中が俺を殺しにかかってる。

 極めつけは。


『今学期は生活態度が悪いってことで内申減らす』


 という担任からのメッセージが投下されていた。


『頑張れ』


 と一言書いてくれている榎本。もうちょっと助けてくれよ。


『俺の悩みに答えてくれ』


 と俺が書いても、


『自決しろ』


 と帰ってくるのみ。

 うーん、これは、なんというか。こんというか。

 だがこんな状態の俺が立ち直るのは、案外早かった。


「あー、もう上がってた? ごめんね」


 おおお、お風呂あがりの亜鈴さんまじすてきです。

 くろいきれいなかみがくびにぺたっとはりついてます! えろいです! あといいにおいします!


「あ、いえいえ。別にこれぐらい待ってもいませんので。もうちょっとゆっくりしていてもよかったんですよ」


 そういうと、亜鈴さんはむーっとする。


「もー、せっかく女の子が急いできたんだから。なにかして迎えるのが男じゃないの?」


「いやー、そうは言われましても……はいはい、すいませんでした。じゃあ俺は例のソフトクリームを買ってきますんで、どうぞゆっくりしていてください」


 色々と立てなくなってしまいそうになったので、なんとか逃げ出すためにとっさに思い出した理由をつけておく。

 もちろん亜鈴さんは俺の下半身になど気付いてすらおらず、普通に「なに飲んでるのー? あー、コーヒー牛乳かー」と俺の紙パックを見て言っていた。スキが多いのやらわざとなのか。判断に苦しむね。


 俺はゆで卵ソフトと普通のバニラを一個ずつ買って、亜鈴さんの元に戻った。


「あれー? 祐介君は普通の?」


「はい。俺はねぇ、こう、好き好んで食べるほど好きっていうわけではありませんので。はい、どうぞ」


「へー、そうなんだ。もったいなーい。じゃ、いただきまーす」


 俺からゆで卵ソフトをもらい、直に口をつけようとする亜鈴さん。


「スプーン使って下さい」


 俺はその行為がどれほど危険なのか熟知している。前回俺がやって、口の中をカオスにしてしまったのだ。


「え、なんで?」


 よかった、間に合った。


「いや、もしお口に召しませんと俺が代わりにということも出来ませんから」


 俺が普通のバニラを買ってきたのもそのためだ。もし「まずい!」と言われて「なんか買ってきてー」とダダをこねられたら、俺は色々悲惨な状態のままなにかを買ってくるはめになる。だからこうして前々から備えておいたのだ。


「おー、なるほど。そういうことね。じゃあ改めまして、いただきます」


 ――パクっ。


「……ふむふむ、謎な味かしますなぁ。大人の味?」


「いや、どっちかっていうと年寄りの味じゃないですかね……」


 なぜそんな表現になるのかわからなかったが、俺もちょっとずつこのバニラクリームを食べることにしよう。


「あ、食べてきたらちょっと」


 半分ぐらいまできたところで、亜鈴さんのペースが落ちる。


「ほら、やっぱこうなった。……食べます?」


 左手のソフトクリームを差し出す。


「え、いいの?」


「はい。どうせこうなるかなー、と思って。最初からミックスだと、あーこれ行けるなーと思って挑戦して食べれないという事件を起こすかもしれなかったのでこうやって分けておいたんです」


 俺もゆで卵ソフトだけは行けなかったが、なぜかバニラと合わせたら案外いけた。だから調子に乗ってしまう可能性を考えていたのだ。


「……そっか。ありがとね。じゃあ、もらうね」


 なぜか急に声が暗くなる。しかもさっきまでは目が色々な所に向いていたのだが、ずっとソフトクリームを見たままだった。


 ――どうかしましたか?


 そう聞きたかった。でも、なんかそうじゃないなー、と思って黙っておく。


 半分残ったゆで卵ソフトの味は、なんとなく――甘いような、すっぱいような気がした。


 ◇


「……きれいだなー」


 あの後は温泉街をぶらぶらと散歩した。温泉を出た直後、ちょっと回って歩こうよ? と亜鈴さんが切り出したためだ。

 それからいつしか、俺たちは駅の展望台ではなく坂の上に来ていた。こちらの方が人は少ないからだ。

 すでに東の空は青く黒くなっており、時間が経つにつれて黄色い街の灯りが灯りはじめる。

 俺はなにも言わず、この景色を写真に収めた。

 以前俺は、ここで昼から夜までのタイムラプス写真の撮影をしたことがあった。陽が傾きはじめる午後三時から完全に暗くなる午後九時までの、計六時間。その間にこんな景色は見たのだが、なぜかまた写真に撮りたくなった。


「そういえば、さ。前に動画サイトでここからタイムラプス撮った動画を見たんだけど……あれって祐介君が撮ったの?」


 いや、俺はアップしていない。ここはそれなりに有名なので、別に俺しか知らないというわけではなかった。ただ市のホームページに動画を提供したのだが。


「え? あー、俺は投稿してませんが……」


「……嘘でしょ? ほら、これ」


 亜鈴さんに見せられたスマホの画面には、今ここから見える景色と同じ物が――そして、俺が撮影した動画と同じ物が写っていた。


「だって、祐介君が立ってる位置からだとちょうど同じ景色だもん。みんな、一番前で撮ってるのに」


 確かにこの坂の上の公園から街の様子を撮影する人は、皆フェンスにぴったりカメラをつけていた。

 だが俺だけは、一歩引いた今の位置から撮っていた。


「うーん、まぁどうせ転載でしょうけど……俺の奴だと思います」


「やっぱり?」


 そして一息置いたあと、亜鈴さんは話を続けた。


「私さ、これ見て感動した。みんなとは違う景色が、この人には見えてるんだろうなって」


 いや、実際は一歩引けば列車が入るという理由だった。


「でも、今日ここに来て……祐介君がそこに立ってるのを見たら、なんか……すごいって思った」


「なんで、ですか?」


 俺には背を向けたまま、その心の中の思いを告げていく。


「だって、まだまだ子供だよ? それなのに、こうやって人を感動させることが出来て。再生回数見た? 三十万だよ?」


 げ、転載野郎め。俺の動画で再生回数稼ぎやがって……! でも大丈夫、市にアップした奴は画質をかなり落としている! だから本当の美しさは伝わっていない!


「なのに、さ。 私は……なにも出来てないなって。私、昔から結構習い事してたの」


 なるほど、弟の方があれなのだから、姉ならもうちょっと英才教育を施されていてもおかしくはない。


「だから両親や親戚には、色々期待されてて。本当はさ、親は高校出たら東京の大学に行けって言ってきた。でも私はここから離れたくなかった。だから今の会社に就職して、電車運転してる」


 結構地元愛あったのか。俺はてっきり、親が「行け!」と言ったからかと思っていたが。


「でも、電車を運転したからってなにになると思う? 一日、同じぐらいの時間をかけて運転しても、みんなの感動はないんだよ」


 確かに、列車が走ること自体に感動する人はあまりいないはずだ。写真になったりしてようやく価値を持つ。


「でも、祐介君は違った。誰にも期待されてないのに、誰かに褒められて。……ほんと、羨ましい」


 え、ちょっとまって? なんか口調がヤンデレちっくになってません? おーい。


「それに、親だけじゃなく友達まで。私はこうあるべきだ、って言ってきた。私は私なのに、なんで他人が口を出すの? って、ずっと思ってきた」


「……まぁ、亜鈴さんはそうすればもっと光ると思ったからじゃないんですか?」


「そう、だよね。でも、私にだって自分の生き方ぐらい自分で決める権利はあるはずなのに……全部全部、周りの人に決められる」


 これはなんというか、結構心の底に怒りを秘めてますよ?


「私も最初、祐介君もそうかと思った。もし仲良くなっても、亜鈴さんはそうあるべきですよって。きっとそう言ってくるんじゃないかと思ってた」


 まぁ、きっと言っていたのではないか。もし今みたくくよくよしていたのなら、きっと俺は「いつもみたいにからかってくれる亜鈴さんが一番亜鈴さんらしいですよ」とか言っていただろう。

 だがそれは、きっと俺がそうしなかったから現実にならなかった。


「でも、祐介君は色々なことで私に従ってくれた。一番最初にお茶しに行ったときもさ、てっきり私は同じものを頼むと思ってた。きっとこの人が飲むものは間違いないから、って思われてるんだろうなって思ってた。実際はそうじゃなかった」


 確かに俺は「いつもの」を頼む亜鈴さんと違う、アイスコーヒーを頼んだ。もちろん心のどこかにそんな気持ちがあったかもしれない。でも俺は、なんとなくで違うものを頼んだ気がした。


「それに、無理しないで普通にお砂糖も入れて。しかもさ、今日はいろんなことをしてくれたよね」


 うわー、そう言われると俺って「カッコつけてない俺かっけーwww」って思ってる痛い奴みたいじゃん。まじやめてほしい。


「色々買ってくれたり。私のことを心配してくれたり。みんななら、痩せてて当たり前でしょ? って言ってくるけど、祐介君はただ太るってだけ言ってくれた。今の私から変わってもいいみたいに言ってくれた」


 え、あれ大して意味込めて言ってないんだけど。


「しかもどうせこの人なら食べるだろう、とか思わないで普通にアイス変えてくれた。ほんっとうに嬉しかったよ」


 ……あれ、目から水が……? な、なぜ泣いている俺。まさか悲劇のお姫様ストーリーに感動してるのか俺!?


「……だから、最後に一つだけ。わがまま、聞いてもらっていい?」


「……はい。俺に出来ることなら、極力」


「えへへ、そっか。じゃあ……」




 ――ずっと、私の側にいて?


 その言葉の大きさを噛み締めたのは、家のベッドに入ってからだった。

ストーリー「ノシ」ペース「ノシ」の産物。

ほんとすいません。いい話が思い浮かばんのです。さすがに次はストーリーあらかじめ考えよう。

あと結局次で終わるかと思います。というか終わらせます。

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