第五列車「下り勾配でバックの気持ち」
金曜日。週の終わりとなるこの日は、やはり生徒達の気分も上がるらしい。
しかしその中で唯一人、自分だけが月曜日の気分で登校していた。
理由は簡単、どうせ美人な女性と二人でお食事という行為のせいだ。しかもそれをクラスメイトに見られるなど、自分は終わった。そう断言できる。
学校の玄関で内履きに履き替えて、そのまま教室に向かう。どうせ死ぬならば早い内に死んでしまおう。
「おはよう、片山君」
ほれ見ろ、さっそく来たぞ。
「榎本、悪いが俺はもう終わりだ」
「あー、姉さんとの件でしょ」
「知ってんの!? 早いな」
「だって本人から直接自慢されたしね」
「へ、へえ」
何をやっているんだ榎本の姉の方! と思ったが、向こうも向こうで色々あるんだろう。
「でもなー、まさか姉さんが男の人と食事なんてね」
「一応言っておくとお茶会だそうです」
「どっちでもいいじゃん。まあ、姉さんって中々男の人と二人でどこかいくって無くてね」
「へー、そりゃまたなんで?」
「うーん、僕も詳しい理由は知らないけどね、なんか前に、こう、表面上の付き合いじゃなく、ちゃんと友人として向き合ってくれる人じゃないと認めない、って言ってたんだよねぇ」
「え、でもそれが俺に当てはまるの?」
「僕は知らないよ。まーでも、会える確率が高いからってのはあるかもしれないね」
「あー」
つまり、鉄である俺ならば駅のホームに居る事が多く、土日休日も仕事になる可能性の高い運転士としては、普通の人よりも遭遇しやすいということか。
「やっぱりさ、付き合う時間の長さって大事なんじゃないの?」
「なるほどなぁ……でも俺、昨日連絡先交換しなかったよ?」
「知ってる。でも姉さん、そっちの方が嬉しかったらしいよ?」
「あー、あれ? 滅多に会えないからって会いに来る人はダメってこと?」
「多分そうなんじゃない? ほら、考えてみてよ。片山君がモテる人だったとして、ひたすら駅で待っててくれる人と、下駄箱にラブレター入れて呼び寄せる人。どっちが良い?」
「まあ前者だろうね。そっちの方が真面目な印象というか……」
「でしょ? だから、なんだかんだ言って根が真面目な片山君は、友として認めるに値するって事だよ」
「うーん、そう特別扱いしていただけるのは嬉しいんだけどなぁ……逆にそれが……」
教室の前まで来てしまった。
そしてクラスメイトは、俺を殺さんとする勢いで睨みつけている。
「行くしかないでしょ」
「……榎本」
「なに?」
「骨は拾ってくれ」
「うん」
俺は今日、あの世へと旅立つのだ。
一歩ずつ、教室に向けて。
「とかかっこいいこと考えたけど無理だったーおはよーーー!!!!!」
あ、これ死んだ。皆白けてる。
「お、おはよ……う?」
「どうしたの……?」
「え、あ、いえ、その、ね、まあ、ほら、な」
とりあえず言葉を出す。
「皆さん怒っていらっしゃるのではー? なんて……」
はははー、と笑いながら席に向かう。
「……伊丹?」
隣の席の伊丹も黙ったままだ。
俺としては「お前、初夜はどうだったんだ!」と聞いてくると思ったのだが、なぜか俺の目を見つめてくるだけだ。
「……なぁ」
ようやく伊丹が口を開く。
「どした?」
伊丹はなぜか一呼吸置いてから、また喋りだした。
「「「ゆで卵ソフト食いにいこうぜ!」」」
「はあああああああ!?!?!?!?!?」
クラス中が訳の分からん事をいうもんだから、俺もつい大声を出してしまった。
「黙れぇえええ!」
「はい! さっせん!」
隣のクラスの担任が怒鳴りにくる。
「で、なんでゆで卵ソフトなんだよ!」
「それを食えば彼女が出来んだろ!」
その時俺は、人生でおそらく最大の声を出した。
「どうなればそう伝わるんだああああああああああああ!!!!!」
◇
「んだよ、彼女じゃねえのかよ」
「当たり前だボケ」
あの後昼休みの時間になり、伊丹にイチから説明した。反応が薄かったのはゆで卵ソフトのせいだろうか。
榎本はテラスで写真をパカパカ撮っているが、それもセンスのためだと俺は気にせず飯を食う。
「でもよ、榎本の姉ちゃんってどんな奴なんだ?」
「教えないぞ」
「んだとゴラ、てめぇをゆで卵ソフトにしてやるぞ」
「意味不明だから。あと榎本フラッシュやめて」
「しょうがないでしょ、ここ日陰なんだからISO感度高くしないとダメだし」
なんというか、ツッコミ役がもっとほしい。
ひとまず誤解を解いた俺は、ゆで卵ソフトの情報をばらまく事によりいつも通りの生活を取り戻せた。
「有村、お前だな」
「え」
授業とホームルームのくっそ短い時間で、俺は真犯人を捕まえる。
「全て聞いたんだな!?」
「そ、そうよ! 悪かったですね!」
「……いや、ありがとう」
「は!?」
そう、ここはゆで卵ソフトに意識を向けさせてくれたこいつに感謝すべきなのだ。
もし事実のまま伝わっていたら、俺は今頃焼却炉の灰と化していたに違いない。
なんなのアイツ、調子狂うわ……と俺に謎の目線を向ける有村はとりあえず放っておいて、ホームルームというだるい時間を終えて、俺はバイト先に向かった。
◇
あれから一週間が経った。
今日は待ちに待った土曜日で、俺は始発で東三神駅に向かった。
東三神線の上り始発は四時台。そのせいで俺は三時に起きる必要があったわけだが、自分の選んだ事に違いはない。
眠い目をこすりながら列車に揺られる。
東三神方面は、進めば進むほど景色が田舎っぽくなっていく。住宅街から畑や田んぼ、そして山。
まだ四月の朝という事もあり、辺りはほぼ真っ暗だ。田んぼの中に灯る路灯だけが、窓から見える景色だった。
東三神までの暇な時間を過ごし、五時頃に東三神に到着すると東の空が赤く染まっていた。
――早く行かないと。
俺の心が自分を急かす。
まだ足元は暗く、ライト無しでは躓いてしまうだろう。もちろん駅の中は明るいが。
「ふぁぁぁ……」
改札を抜けたところで、大きな背伸びをする。どうせ周りに居るのは年寄りなので、別に変な目では見られないだろう。
俺はメイン機だけを持って、あるお立ち台に向かう。
東三神辺りは、東三神を向いて左側に山が、右側に川があるの。そして駅の南西には川と山と列車を一緒に撮れる場所があり、結構な人気撮影地として有名なのだ。
今日も途中の公園には車がすでに何台か停まっており(市は許可している)、土曜日の朝にもかかわらず賑わっていた。
公園からさらに南、山の方角へと向かっていく途中のけもの道を曲がる。五年ほど前は草が凹んでいる程度だったのだが、人が多く来るようになったためか今では土が見えている。
ガサゴソと脇から生えてきている草をかき分けて、川の方へと降りていく。
途中の分岐は右に進むのが正解。分岐側が本線という面倒くさい状態なのだが、一ヶ月ぐらい前にようやく「撮影地→」の看板? が立てられた。
そして脇道にそれる事約五分、駅から十五分。ようやく森が開け、川の流れる音が聞こえ始める。
――そこに見えるのは、太陽に照らされて赤く染まる川の水、森元の街、四本のレール。とはいってもここからレールは直接見えない。
「お、片山さん」
声をかけてきたのは、同業者――つまり、同じく鉄道オタクの平田さん。三十七歳で会社員、仕事が休みの日にこうやって列車を撮りに来るという極普通の鉄道オタクだ。ちなみに撮り鉄らしい。
「あ、どうも」
彼が元立っていた場所には、すでに三脚が立てられていた。きっと俺の乗った始発も撮影していたのだろう。
「早いですね」
「まあ、最近は昼か夜でしたから。一応ね」
この川と線路の間には桜が植えてあり、夜になるとライトアップもされるのだ。今年の初日には大勢の人が集まり、お外で罵声大会が繰り広げ――られたかは別として、とにかく賑わったのだ。
そして俺も、その珍しい機会を逃すまいとしばらく親を無理やり引き連れて夜中にも来ていたというわけだ。ちなみに学校の校則では、「十時までに帰宅」という校則があるものの、「何時以降から外出可」という決まりはない。なので三時とか四時ぐらいに歩いていても特に問題は無い。補導はされるかもしれないが。
「へー、そうだったんですか。僕はちょっと仕事が忙しくて、最近来れなかったんですよー」
「あはは、じゃあ今日は久々に来たんですか?」
「うん。二週間ぶりぐらいかな?」
「はー、じゃあ結構光量とか変わってますよね」
「うんうん、下り始発撮ってみたんだけど明るすぎた」
「この時期はですね……」
俺は色々と設定を教えたりする。シャッタースピードがどうたら、絞りがどうたら、ISOがどうたら。たったこれだけの要素だけでも、写真というのはとても変わるのだ。ホワイトバランスとかは後で変えれるので問題ない。
「あー、いいかもね。じゃあ頑張るよ」
「はい。俺は今日はメインしか持ってこなかったんで、ちょっと挑戦は出来ませんが」
「あら、そりゃまたなんで?」
「クラスメイトに貸したんです。なんか、写真始めたいーとか言ってて」
「へー、じゃあこっちの世界に是非」
「あのね、始める動機が、サッカー部で活躍しすぎて妬まれてるから写真部にって事なんです」
「えー、じゃああれ? リア充?」
「ですね」
榎本をそう言わずしてなんというのか。
「じゃあ絶対に遠ざけてくれよ」
「はい、言われずとも」
とはいえ被写体が動く物だった場合の練習として、列車を撮らせる可能性はあるが。
「あ、あと少しで来ますね」
東三神駅方面の第二閉塞信号機が注意から減速に上がったのは、もうすぐ到着するという証拠である。
「よーし、じゃあガンバレよー」
「はいはい」
俺はひたすら、列車がファインダーに入るのを待った。
◇
パパパパパッ。
俺がシャッターボタンを押せば、毎秒十コマでシャッターが切られる。
動体撮影に特化したこのカメラは、連写速度で他のカメラを圧倒する。
「うーん、やっぱ高いのはいいよね」
「まぁね」
俺の後ろには榎本が居て、構え方だとかなんだとかを観察している。
今日は朝から定番の撮影地に行った後なんとなく湯海に行ったのだが、そこで榎本に捕まってしまった。もちろんそれを覚悟で行ったのだが。
そして今は陣場高校サッカー部の撮影に、学校に来ていた。
「おーい、サボってないで練習しろー!」
遠くからサッカー部員が榎本を呼ぶが、榎本は参加するつもりも無いらしい。俺と同じく撮影に回っている。表向きは「思い出を記録」らしい。怒られても知らないぞ?
「いやー、やっぱ一眼レフかな」
「え、結局そうなの?」
「うん。その方がかっこいいじゃん?」
「は、はぁ」
確かにそれはその通りなのだが、榎本が一眼を持つと違和感しか無いのは既知の通り。トイレ行くからカメラ持ってて、と友人に言われて無理やり持たされたみたいな感じしかしないのだ。
「それに、性能もいいし」
「それはわかる」
「レンズも拡張性高いし」
「そうだな」
ミラーレスではレンズの種類が元より少なく、コンデジに至ってはそもそもレンズの交換も出来ないのだ。レンズ面を考えれば一眼に軍配が上がるのも無理はない。
「てことで一眼買った」
……は?
「ちょっと待て、何買った?」
「えっとね」
通販サイトの発注履歴を見せられる。
「そ、そのメーカーはな……癖がすごいって有名なんだよ」
「うん、知ってるよ」
すました顔で何言ってんだ!? 俺ですらちゃんとした写真を撮るのに一苦労したんだぞ!?
「まぁ、頑張って使いこなせよ。どうしても無理ってんなら……サブ交換してやってもいいけど?」
「いいや、絶対変えない!」
榎本から熱い闘志のようなものがみなぎっている。松○修造の生まれ変わりだろうか?
「お、おう……」
俺は呆れて? 被写体の撮影を再開する。
「そういや俺撮った写真どうすりゃいいの?」
「あ、データちょうだい。僕が責任を持って処理します」
「そうですか。あ、写真使う時はなるべく著作権者を記載しておいてくれ。基本Exifに乗ってるけどなるべくな」
「え、なにそれ?」
Exif、というのは写真に関するデータである。撮ったカメラ、シャッター速度、絞り、ISO感度などなど。その情報の中には作成者と著作者の名前を含める事もでき、転載などの被害を防げる。
しかし印刷したら情報はなくなるし、SNSにアップロードしても情報が消える。なので俺がSNSに投稿するときは透かし文字を入れている。
と、いう事を榎本に説明した。
「へー、そんなのがあるんだ」
「あるんだなーこれが。でも俺ローで撮ってるからJPG直出し出来ないから編集の工程で入れればいいんだけどね」
「何言ってるのか全然分からない……」
「安心せい。三ヶ月もすれば、俺はロー専門です! とか言ってるだろうから」
「そんなもんなの?」
「そうだよ」
俺もそうだったのだが。というかエントリー機では秒間撮影可能コマ数とデータ容量の大きいRAWの連続撮影可能枚数がほぼ一緒で、大抵一、二秒で撮れなくなってしまうのだ。だが一度その良さを見つけてしまうと連写を捨ててでもRAWを選んでしまうのである。
「あ、試合終る?」
「うん。二対一かぁ、なんともなぁ」
他校との練習試合だったのだが、その結果がお気に召さないらしい。
「お前が出りゃいいだろうに……」
嫌味らしく言ってやる。もちろん榎本はケロッとしているが。
「じゃ、片山君は帰ってもいいよ」
「はいはい。元からそう長く居るつもりもなかったのでね。写真は後で渡すんで」
「わかった。じゃねー」
「はいよ」
俺は色々予定に無かった今日を振り返って、大きなため息をついた。
◇
日曜日。今日は特に予定が無かったので、いつものごとく南山公園に来ていた。もちろん中央線狙いである。
俺が始発でここに来て、それからかれこれ六時間は経過している。朝と昼をコンビニのサンドイッチとおにぎりですませ、なんだかんだもう二時だった。
あー、亜鈴さんいないかなー? などという淡い期待をいだきながら、来ては出ていく列車を俺の目に焼き付けていく。
「二番線、回送列車入ります。ご注意くださーい」
向こうから銀色に光り輝く車体が現れる。
そしてその列車はゆっくりとホームに進入してくる。
「南山公園、南山公園です。東三神、湯海乗り換えです」
面白いアナウンスだなー、と目だけでなく耳にも注意を配りながら列車を見ていた。
「あー、祐介くん!」
とうとう俺のお探しの人が現れた。ピンクのシャツと、腕に抱えた上着。
「あ、どうも」
乗務員鞄を肩から下げて走るその姿は――なんというか、不釣り合いな気がする。こう、キャビンアテンダントがそのまんま鉄道に来たみたいな。
「今日はお休み?」
「はい。まー始発で来てずっと駅から一歩も出てません」
そう言うと亜鈴さんは笑顔から驚きの表情へ変わる。
「え、それ本当!?」
「はい。これが証拠です」
朝六時代の列車の写真を見せる。
「うわー、ホントだ……今日はずっと湯海線乗ってたからねー」
「あー、そうなんですか。ちっ、中々こないなーって思ってたらそういう事ですか。まったく、この行路作った人に文句を言いたい!」
「あはは、でも実は私も関わってるんだよねー」
「え、嘘でしょ? そんな、主任でもない人が行路編成に関わるなんて……せめて乗務区で働くようにならないとありえないじゃないですか?」
基本運転士は決められた列車を一ヶ月ぐらいの周期で乗務する。その周期を行路といい、ダイヤ改正のたびに変わるのだ。もちろんそれを決めるのは運転士ではなく乗務区の内勤組。
「えへへ、バレちゃった」
「いやバレバレですから」
俺だって半端に知識を持っているわけでもないんだ。
「じゃ、私はこの列車回送で出して終わりだから……例のソフトクリーム食べにいこうよ!」
「うぐっ、今日ですかっ……」
「えー、不都合でもあるの?」
あるに決まっている。きっとウチの生徒どもがうじゃうじゃと居るのだ。そんな中二人きりで温泉デートなど……ああ恐ろしい、それぐらいだったら列車に引かれたほうがまだまだマシだ。
「い、いえ! ございますぇん!」
噛んだ。俺氏ダサすぎな。
というか身体は拒絶してるのに口はオッケーするなんて、俺ってツンデレまじヤダー。
「そっか! じゃあ現地集合で!」
「え、あ、は、はい!」
こうして、俺は地獄へと向かうのであった。
文字数すくねぇ!七千行かなかった!
すいませんいよいよネタが尽きました。多分次回温泉回ですが混浴なしお泊り無ししかもその上まわりにはクラスメイトいっぱいのたいして文字数稼げない話になります。ほんとごめんね。




