第四列車「やはり鈍感なところがある主人公」
地名と人名にはすべてルビを振ってみました。邪魔だったら言って下さい。
あの衝撃の事実を伝えられて。
『夏樹の姉です』
うーん、授業に全く集中出来ない。こんな時に体育だったのがまだマシか。
「あれ、珍しいね。片山君なら体育の時は、カメラマンっぽく立ち位置をちょこちょこ変えてるけど」
悩みの原因その二である榎本が俺に構ってくる。
本当は「お前のせいじゃぞボギャア!」と叫びたかったものの、全く事情を知らないであろう榎本にそんな事を言えば周りからは変人として認められるだけだったのでやめておく。
「うーん……? うーん……。 そうだね」
「……本当にどうしたの? 調子悪いなら、保健室連れていくよ」
「いや、そうじゃないんだよ。ただね……お前には相談できんのだよっ!」
飛んできたボールを頭で思いっきり跳ね返す。
「おー、ナイスヘディング。痛くない?」
「今の俺の胸の中に比べれば余裕だ」
「うわ、何気にかっこいい事言ったよ?」
「いいよなー、サッカー部は。体育の時間は審判とか」
今日の体育はサッカーだったが、本職が登場するとゲームバランス崩壊という事でサッカー部員は観戦か審判かという事になった。榎本は審判。
「いや、女子の悪行を見てなければそう言えるよ。ちょっとファールぎりぎりなプレイをしたら、あの柔らかい身体を押し付けて……」
「……大変だな? 公平なジャッジは、記録する事が大事だ」
「……マジでおかしいよ? 普通なら羨ましいなあ、とか言うだろうに」
「なにげに俺の事見てるんだな」
「そりゃあ、前々から目をつけてたからね」
「そうか」
それを言っている時にニヤニヤしているのは気づいていたから、目をつけて――のくだりに少し性の意味を含んでいるのはわかっていた。しかしそれに返す事はしなかった。
「……ま、いいんだけどね」
結局昼メシも一人で食べたのだった。
――本当は、昨日寝れなかったからなのだが。
◇
帰りのホームルームが下校時刻より三分ほど長くなって。
「おし、榎本」
終了後、即座にカメラを榎本の前に置いた。
「はい?」
「悪いが今日は用事があってな。このバッグにカメラ入ってるから、写真部の部員とっ捕まえて使い方聞いといて」
「あ、うん。ちなみになんの用事?」
「……知らないの?」
「うん」
その言葉が本当かどうかは信じられなかったが、どうせバレるのだから知られていてもいいだろう。
「じゃ、なんかあったら連絡してくれよ。じゃあなー!」
すたこらと俺は教室を出て、学校を後にする。
……あー、なんか緊張してきたー。
だって、あんな美人さんとお茶なんだよ? 誰だって緊張するって。
とはいえ駅にはいつの間にか着いていた。
「どこに居るのか、聞いてなかったな……」
この陣場駅は高架駅。駅中央の駅舎にはコンビニや本屋があり、一階の改札を抜ければすぐに二階のホームに上がる階段がある。だから駅の真ん中に居れば、とりあえず出てくる人はわかるわけだ。
ひとまず三分ぐらい経ったが、現れる気配は無い。と、思ったら。
「ごめん、待った?」
来た。
「いえ、三分と二十五秒ですし、僕はそんな長時間待った気もしないので」
――というか亜鈴さんの私服姿、可愛すぎるだろおい!
淡い黄色のキャミソール……ワン……ピ……だと? いやいや、ちょっとその、レベル高くないですか。いくら弟の友達に会うとはいえ、そこまで気合を入れなくても……。
しかもそのバッグ、母さんが「ほしいなー」とか言ってたブランド物だよ? そんな、俺と会うだけなのに。
「えー、でも三分って言ったら結構な時間でしょー?」
「そうですね。えっと三分と言えば……車掌乗務中の折り返し時間ぐらい?」
「そこは山手線が来る間隔でいいでしょ?」
「あはは、でも山手線は最短二分ですから」
「え、そうだったの!?」
「はい」
「へー、知らなかった。鉄道マンが知らなくてどうするんだってね……さて、じゃあ行きましょうか!」
「あ、はい」
そして俺たちは駅の外へ――は出なかった。
「私の行きつけはねえ、森元駅の近くなの」
「へえ、森元駅の。でもあのあたりに飲食店とかあんまり無いですよね?」
「そうだねー。チェーン店ぐらいしか無いように思うかもしれないけど……あるんです!」
「やっぱ見る場所が違うなあ……」
俺だったら、とりあえず駅を出たら「あそこから列車見えそう」とかしか考えないのに。そこら辺は今時の若者(俺も、という事は棚に上げておく)らしい。
「さてさて、というわけで電車で行くわけですけど……」
「今の時間、ヤバイですよね」
腕時計に目をやると、午後四時五十分を指していた。帰宅ラッシュがもうすぐ始まってしまうし、五分前と比べると明らかに人が増えてきた。
「そうだねー。ま、私は運転室入れるからなんとかなるけど」
「えっ、いいんですかそれ!? おやすみですよね!?」
「いやー、流石に入れてくれるんじゃない? こう、上目遣いで」
――え、なぜそこで言葉が途切れる? と思う暇も無く、亜鈴さんは俺の手を取って、目の前に回った。そして。
「お願いします☆」
「あー、うん、確かに誰だって乗せちゃいますね」
それほど破壊力がやばかった。いままでこの笑顔でどれほどの男を騙して来たのだろうか? という事は考えたくなかった。
「あははー、顔赤くなってるー。もー、かわいいなあ、祐介くんは」
「……そう言えば今、初めて名前を言われた気がします。というか言ってましたっけ?」
記憶を遡ってみたが、それらしき記憶は一切無い。うーん、うん? ううん?
「うん? ああ、夏樹から聞いた。いや、右脚を折られたくなかったらー、ってね」
「いや、俺の名前って弟の右脚に匹敵するほど価値あるんですか!?」
「当たり前でしょ? 陣場のカメラ小僧、って言えば乗務区では誰もが知ってる有名人なんだから」
「うわー、予想以上に俺有名だった……」
というか高校入って一ヶ月もしないのに、なぜ陣場で通っているのか。ウーン、ジモトジュウニン恐ろしいネ。
「ちなみに評判はまあまあです」
「どんな風に言われてるんです?」
「気持ちわるいけどいい写真撮る謎の人物」
「ま、まあそんなもんですよね……」
いくら見えづらくなっているとはいえ、外から見れば運転士の顔は見える。だからプライバシーとか色々気にしてるんだろうけど、それを写真で相殺出来ているだけまだマシか。
「……あ、次の電車、確かトップナンバーだったよ。撮らなくていいの?」
亜鈴さんが唐突に話を変えた。
「まあそこら辺の話は、おいおいという事で」
「へー、なにか深い事情でもあるのかなー?」
「うーん、まあ、珍しい事ではあるでしょうね」
「そっか。じゃあ期待してますねー」
――めちゃくちゃプレッシャーなんだけど。
そもそも俺、電車内で女性を喜ばせられるようなトークスキルを持ち合わせていない。くっそー、こういうとき榎本が居たら。
俺は手汗をズボンに擦り付けながら、列車へ乗り込んだ。
◇
「えっとですね……」
電車内。陣場から森元はほんの数駅、五分で着く距離である。しかしその短時間でいかに話を伝えられるか。俺は頑張って脳内で話の順序を考える。
「まあざっくり言うと、夏樹くんがカメラ始めたいってんで、俺が付き合わされてて、今日はサブ機貸しておいたって事です。その上でメインを持ってくる度胸は無かったので、今日はスマホしかありません」
話(と俺への期待)が終わった。
しかし亜鈴さんは嫌な顔一つせず、笑ったまま。
「えー、夏樹がー? 嘘でしょ?」
「あはは、まあ証拠は……今上がりました」
俺たちのすぐ近くに知り合いでも居るのでは? という可能性を疑わなければ行けないほど絶妙なタイミングで友人のSNSの投稿が見つかった。
学校イチのイケメンが急に写真撮り始めました、と書いてあるその投稿に添付されているのは、一人の高校生がカメラを構えている写真。それだけでは榎本とは特定出来ないが、俺のサブ機のストラップには金色の線を真ん中に縫ってある。なんとなくカッコつけようとして。
「あー、こりゃ本当に夏樹だね」
それに姉なら一瞬でお見通しだったらしい。スマホを向けて一秒で断言した。
「とまあそんなこんなで、今日は手ぶらなわけです」
そういうと、亜鈴さんは「そっかー」というような、納得の表情を浮かべる。
「なるほどー、だから昨日馬尺居たんだ」
「え、知ってたんですか?」
「うん。対向で乗務してて、たまたま見かけたから」
そういえば昨日、榎本と帰りの電車を待っているときに対向列車が駅に来た気がした。俺は今から乗る方に乗務してないかな、という思考しか無かったので、対向の事など考えてすらいなかった。
「なるほど」
「いやー、私も不思議に思ってたんだよー。ほら、弟が誰かと二人っきりって珍しいなって」
「確かに、今まで集団行動が基本でしたからね」
あまり定かではないが、校外で姿を見かけたときは側に必ず四人以上誰かが居た。
「それに、君サッカー部でもないでしょ? 前に試合見に行った時、姿見なかったもん」
「はい」
「だからさ、なんで見たこともない人と二人きりでー、って不思議に思ってたんだよね」
そんな話をしていたら、森元駅に着いた。
――俺、頑張ったよね? もう、力尽きても……いいよね?
「ほら、行きますよー」
ダメでした。
とはいえそれからも亜鈴さんは話題を振ってくれたし、俺も精一杯応えてはみた。だから目的地までに会話が途切れる、という事は無かった。
そして約十分歩いて、ビルとビルに挟まれた店の前で俺は足を止めていた。店の扉の上には「Cafe Im Wald」と書いてある。看板の色がドイツの国旗なのでドイツ語なのだろう。後で調べたら「森の中」とかいう意味らしい。
「こっこでーす」
「はー、まあなんというか、知る人は知るみたいな……」
「そうだね。私もねえ、高校時代に友達に連れてきてもらって。その時も君みたいな感じだったよ」
「へー、そうなんですか。しょっちゅう来るんですか?」
「うん。嫌な事とかがあったりしたらね?」
「まあなんといいますか……こう、ストレスを食で発散しようとするって、女性っぽいですね」
「えー、なにそれ。私が食欲しかないがっかり美人だと思ってるの?」
「いえいえ! こう、そういう面がある所が、ちゃんと女の子っぽいというか……って、こんなことを言っていいんですかね」
「うーん? よくよく考えると、今君が言った事って……」
「いえっ! 単に亜鈴さんのネガティブ思考を少しでもポジティブにしようとしただけです! 口説いてなんていません!」
「そうだよねー。……でも、そんなつもりもあったんでしょ?」
最後はほぼ独り言だった。俺は一応聞かない事にしておく。
俺が無視を決め込む事を確認した亜鈴さんは、そのまま店内に入っていく。俺もその後ろについて行った。
「あれー、亜鈴さん! いらっしゃーい」
……あれ、この声。聞いたことあるなー。
「美歌ちゃん! 久しぶりー!」
……美歌。あー、あいつか。榎本が最初に接してきた時、「もし彼女が出来たら自殺する」とか言っていた奴だ。そうだ、本名は有村美歌だった。俺、名字でしか覚えてなかったわ。
「……って、えっと」
――なんでアンタがここに居るの? という目線が、一クラスメイトから発せられる。
あ、これ俺学校でボコられる奴や。
「俺は弟の方の榎本に付き合ってた事でなんか評価を付けられるらしい」
もちろん嘘である。評価を付けられるかどうかは別として、榎本の事は単にきっかけでしかなかっただろう。おそらく俺から声をかけていれば、もうちょっと早くこうなっていた――かもしれない。
「……ちょっと、そんな、ねえ?」
姉がわざわざ調査しなければならないほどヤバイ事をしてしまったのか? みたいな、苦い顔をされる。
「あれ、もしかして二人とも知り合い?」
事情を知らない亜鈴さんはキョトンとしている。
「あ、はい。有村はクラスメイトです。まあ、それなりの付き合いはあるほうかな?」
「まあ、否定はしません」
「へえ? そのわりには仲が良さそうだね?」
「それなりの付き合い、っていうのは親友方向に分岐してしまったのです。友人の次のステップは二つに別れてて……」
「なるほどね? あ、立ち話もよくないよね。よかったら美歌ちゃんも一緒する?」
「……そうですね、まあいいかな?」
――こりゃ、亜鈴さんとの色々を聞かれて、しかも明日それをクラス中で話しまくるつもりだ。
しかし弟の方を通じてバレる可能性もあるし、この際隠すのは無理だろう。
「と、言いたい所なんだけど。忙しくてね、今の時間。ごめんね?」
「ああ、気にしないで。私は祐介くんと楽しくしておきますから」
その後、有村は俺と目が合うたびに「言うぞ」みたいな雰囲気を送ってきた。あー恐ろしい。
「さて、なににする? 私はいつものがあるからね」
「へー、いいな」
「そういう祐介くんも、ここ以外ならあるでしょ?」
「まあ、何個かは?」
それが撮影地を指しているのはなんとなく察したので、それっぽく答えておく。
「あー、結構メインっぽいのもあるんですね。うーん、悩ましいなあ……」
プリンやゼリーといったデザートから、カレーやパスタなどなんでもござれだ。今晩飯を食うか、軽く食べるか。迷う。
「とりあえず、アイスコーヒーにでもしておこうかな」
「おー、かっこいー」
「もちろんお砂糖はありです。俺はブラックでも飲めるんですが、嫌いと苦手は違いますしね」
そして注文の時も、亜鈴さんは「いつもの」だった。うーん、なんなんだろうね?
◇
「お待たせしました」
数分後、有村が運んできたのは俺のアイスコーヒーと……
「ハーブティーでーっす!」
有村が丁寧にカップを置いた。
「はい、アイスコーヒー」
ドンッ。
「俺のだけ扱い雑すぎるだろ。今の普通に溢れるところだったけど!?」
「ガムシロップとかはそこにありますから」
「無視か!」
まあ、俺は構わないんだが。結果主義だから、俺。
「じゃあ、ごゆっくり」
その声はこれ以上不機嫌っぽい声があるなら教えてくれというほど平坦で低くて小さい声だった。
「……キレてますね」
「仕方ないんじゃない? 微妙だと思ってた男子が女の子連れてきたらそんなもんだよ」
「は、はあ。それは一体なぜ?」
「女の子はそういうものなんです!」
「わ、わかりました。俺には一生理解できないエリアなんで、知らないままでもいいです」
亜鈴さんは俺をからかっていたわけだが、俺が言ったのは事実でもある。俺には女性というものが理解できる気が全くもって存在しない。榎本なら分かるのだろうか?
「んー、おいしー」
俺がストローでガムシロップを混ぜていると、亜鈴さんはハーブティーを飲み始めた。
「いっつもそれなんですか?」
「最初はね。長時間居ることになったら別のを頼むの」
「へー。俺はずっとおんなじ物を頼み続けるかな」
「ほうほう、それは一体どうしてなのかな?」
亜鈴さんが体を少し乗り出してくるので、貫徹派の信念をくどくどと語った。
「なるほどなるほど。つまり君は保守派ってわけだ。悪く言うとチキン?」
「否定はしませんね。食いもんぐらい好きにさせろー! って感じで」
今度は逆に、亜鈴さんの意見を聞かされる事になった。
「まあ、色々なことに手を出してみるのはいいと思いますけどね」
「でしょー? ってことで次は何にする?」
亜鈴さんはメニューを見る。
「まあ、亜鈴さんは決まってるらしいし……じゃあ、バニラアイスで」
「そっちかいっ! って、君もそういうの食べるんだー」
「はい、甘いものはそれなりに好きですよ。ご当地ソフトクリームとかあると、ついミックスを買ってしまう人間なので」
「バニラは絶対なんだ」
「当たり前です! というか、恐ろしくてそれ単体では食べられないだけなんですけどね。ゆで卵ソフトとか」
「えー、なにそれ! どこで食べたの?」
「いや、あれはマジでやばかったので! ……一応言っておくと、湯海の温泉にあって、風呂上がりに食べたんですが」
「ふ、風呂上がり!?」
「はい。いや、ちょっと面白そうだなーって買ってみて。うーん、あれは食べた人にしか分かりませんね」
「そっかー、今度食べにいこーっと」
「残念ながら、風呂に入らないと食えません」
「そうなの? というか、君がそういう場所を知ってるっていうのがちょっと驚きかな」
「いやー、まあ。長時間屋外にいて、夏でしたし。こう、クチコミとか見ないでたまたま入るラーメン屋とかそんな感じで行ったわけですが。あ、ちなみに大人一人五百円です。女性は結構いましたよ? なんか美容効果もけっこうなそうで」
「じゃあその勇気を食べ物に回してみよう!」
「その結果がゆで卵ソフトなんですよね」
「なるほど。うーん、一体どんなものなんだ……よし、今度のお休みに絶対行ってやる!」
「あ、休日限定ですので」
「大丈夫! 今月は休日のお休みあるから!」
「じゃあ、食レポ期待してます」
「えー、私あんまり自信ないなー」
「大丈夫です。食べれば、あれはやばかったで全てが通じます」
「よし、じゃあゆで卵ソフトのやばさを伝える会でも結成しようか」
亜鈴さんが顔をきらきらさせて、是非是非という感じで迫ってくる。
「いやです」
もちろんそう言って断ったのだが。
◇
「じゃあねー」
「はい、おやすみなさい」
亜鈴さんは榎本と同じく大宿に住んでいる。なので俺とは南山公園で別れることになる。
三階の乗り換え通路で、俺は東三神方面、亜鈴さんは湯海方面に別れた。
連絡先は交換しなかったので、これから先会える保証はない。別に俺は今日限りでも良かったし、あまり後悔はしていない。
「ただいま」
平台までは快速を使えばすぐだ。あっという間に駅に着き、俺は家に戻った。
「おかえり。今日は遅かったね」
「うん、ちょっとね。飯食ってないから」
「わかった。今作るから」
母さんが出迎えてくれた。
時間は八時、とっとと飯を食べて風呂に入って宿題を済ませてしまおう。
その日の夜には、俺が明日学校で体験する事の想像もついていなかった。
ノリと勢いだけで書いていたらネタが尽きてモチベとペースが死ぬほど下がってます。さっせん。
多分次で亜鈴編は終わりかも。(もちろんこれから先も出てきますよ)
8/01:平日限定から休日限定に変えました。六話書いてたら問題があったんですー!




