第三列車「主人公を事件に巻き込んだ挙句、それ以降出番が無い系モブキャラ登場」
森元鉄道の運転士は、全線を乗務する。
同じ運転士が中央線と東三神線と湯海線、全ての路線を運転する訳だ。
だから同じ運転士に会える確率はかなり小さく、俺が昨夜会ったあの女性運転士さんも、今日どこに居るのかはわからないのだ。
「あー、彼女ほしー」
「お、いよいよ祐介が女性に目覚めたらしいな」
学校の昼休み、俺はクラスメイトと昼飯を食っていた。ちなみに俺は弁当派。
「うん、まあそんな所かな」
「えー、祐ちゃんが? ないない、あり得ないでしょそんなの」
女子め、そんな事を言うけどな。休日のショッピングモールに行ってみろ、子供を連れてるのは大概ブスな男と女だぞ。現実見ろって。
「まあその通りなんだけどね」
「もしアンタに彼女が出来たらアタシは電車に飛び込んだっていいよ」
「やめてくれー。ってか俺に彼女が出来る事って、人生悩んでなさそうなお前が自殺するぐらいありえない事なの?」
「そうだな」
「そうね」
「あったりまえじゃん」
ぐっ……。いくらクラス内では中流階級の俺でも、さすがにそれは無いか。
「まーまー片山君。気を落とすなって」
「げ、なんで榎本がここに」
榎本夏樹。クラス、というか学年イチのモテ男である。
誰にも優しく接して、自ら率先して仕事を引き受けて。しかも身長百七十四センチだしスタイルいいし顔いいし。付き合った事のある人数は二桁なのだそう。
「うん? ああ、面白い話題を聞いたからね」
「だからって一年生の教室から反対側のテラスまで来る事は無いだろ」
この陣場高等学校には、校庭に面したテラスが二階にある。玄関の上にあって、午後には日陰になる事から昼飯には人気の場所なのだ。しかしここから一年生の教室は、一度玄関に下がって一階へ行き、そこから旧校舎に行ってまた二階に登るという面倒なルートを通らなけばならない。
「いやいや、もう噂になってるよ? 片山君が有村ちゃんを殺すってね」
「なんでそうなったの!? 彼女が出来ればの話だよね!?」
「きゃー、片山君こわーい! 榎本くんたすけてー!」
女子が榎本の腕に抱きつく。
「……なあ、俺思ったんだけど。誰も不幸にならないでクラスの邪魔者の有村を殺すには、祐介が有村と付き合えばいいんじゃね?」
唐突にクラス一の変態でオタク、伊丹が訳の分からない事を言いだした。
「言ってる事が理解出来ませんよ? もしかしてあれ、クスリでも吸ってんの?」
「ああ、女性の愛え」
「昼からそういう発言はやめなさいあと女性陣ガチで引いてるからというかお前にそんな事させてくれる奴いないだろ」
「いや、居る! ……画面の向こうに」
すると周りの全員が「あー……」という顔をする。こいつはガチのオタクという奴だ。
「……そうだな、もしこいつに彼女が出来たら俺が死んでやる」
「うん、アタシも」
「ウチも」
「僕も」
「うわー、嫌われてんなお前」
「はは……今更ですよ、今更。ねえ?」
「そう言って目がうるってしてるのは気の所為かな?」
「あーん! もう俺の味方はいないんだー! ぐすん、うえーん!」
そう言うと伊丹は弁当を持って逃げていった。
残されたのは女子二人と俺と榎本。
「で、榎本はなんでここに居るの?」
「えっとね、ちょっと放課後付き合ってくれない?」
「やだ、榎本くんが……」
「男子を……キャー!」
「キャー!」
「あの、お二方。そういう噂を立てるのは結構ですので、どうぞよそでお願いします」
とりあえず人払いをしておく。
「マジで!? 公認しちゃったよ?」
「ヤバイって!」
そして女子二人も去っていった。
「で、どこに行くんだ?」
「うん? えっとね、僕もカメラとかはじめよっかな……なんて」
「へー、榎本が?」
「うん。その、僕って何か行事に参加するたびに色々迷惑かけるでしょ? でも全く参加しないってのも嫌だから、カメラマンとして行事とかを見届けよっかなって」
迷惑、というのがどういう事か。それはおそらく、女子が関わる物全てに起きる物なのだろう。
「あー、なるほどね。あれ、じゃあサッカー部やめるの?」
「うん」
「入部一ヶ月で退部とか早いな……」
「まあ、元から部員に嫌われてるし。写真部ならいいかなー? って」
「そうか。じゃ、どこで待ち合わせする?」
「うーん、部活いつ終わるかわかんないから、終わったら連絡するね」
「それはいいけど、俺榎本の連絡先知らないよ?」
「ああ、じゃあ今交換しよっか」
なんだかんだでこいつのアドレスをゲットしてしまった。
「じゃ、後でね」
「ああ、うん」
榎本の後を追って、俺も教室に戻る。
あの榎本が、ちゃんと自分の立ち位置を理解していたとはな。俺は驚きだよ。
◇
「いらっしゃいませー。……って、榎本か」
「うん。ここでバイトしてるって聞いたから」
放課後、榎本が「バイト行ってていいよ」と言ってきたので、俺は言われたとおりバイトに来ていた。
「あ、メロンパンとカレーパンちょうだい」
「はい、お持ち帰りですか?」
「うん」
「了解ー。二百五十二円になります」
六時ごろは仕事帰りの人が多く立ち寄るので、店はかなりいそがしい。榎本に構う暇など無く、俺はそそくさとパンを袋に入れる。
「はい、気をつけてくれよー」
俺はカウンター越しに袋を渡す。
「うん。あ、いつ上がれる?」
「うーん、分からない」
「そっか」
「聞いてみようか?」
「いいの?」
「うん」
というか今日は元からバイトでは無かった。榎本がここに来ると分かったので、どうせならと仕事をしていたわけだ。
「ちょっと抜けますね」
一応レジの人に断ってから店長の元に向かう。
「店長、今日いつ帰れますかね?」
「うん? ああ、帰りたかったらいつでもいいよ。今でもいいし」
「じゃあ今日は失礼しますね」
「はいよー」
店長もパンを焼くのに忙しそうだったので、挨拶もほどほどに切り上げる。
学校の制服に着替えて、店の前にぐるっと回る。
「悪い、またせた」
「ううん、気にしないで。それで、さっそく相談なんだけど」
ひとまず駅の方向に向かう。
「片山君が持ってるカメラって、いくらするの?」
「んっとねえ、今使ってるこれは十万ちょっとぐらいだね。バイトするからって、父さんに買ってもらった」
そう言うと榎本は少し驚いた表情をしたが、まあカメラならそんなものだよね、という感じで納得した。
「そっか。で、正直僕ってどんなカメラがいいと思う?」
「えー、うーん、どんな写真が撮りたい?」
「だから、行事とかの……」
「いや、ほら。単に記録として撮るのか、作品として撮るのかって事だよ。写真展に出すようなモノならできるだけ高級なカメラが良いだろうし、アルバムに乗せるような奴なら気軽に撮れる小さいカメラがとかさ」
「あー、まあどっちかっていうと……前者かな? 僕が一眼レフ持ってるなんて、どう?」
「うーん、似合わないよな」
「だよね。ってことで、僕はそんなにガチじゃなくてもいいのです」
「そうだね。まあでも一応持ってみてよ」
俺のカメラを持たせてみる。
「……なんというか、レンズが無いからとか、そんな次元じゃないね。カメラ自体が似合ってねぇわ」
「でしょ? だからね」
「うん、わかった。とりあえず電気屋いこっか」
「はいはーい」
男子二人で電気屋デートか。明日は女子に色々聞かれるだろうな。
◇
「うーん、悩むなあ」
「予算六万となると、エントリー機のデジイチと中級ミラーレスとコンデジが入るからねえ」
とりあえず電気屋で一通り触ったあと、ひとまず帰る事にした。
「あ、そうだ。片山君、カメラ貸してくんない?」
「うーん……まあ、サブなら、学校で」
「本当に!?」
「うん。中学の時に買った奴で、今はもう型落ちしてるけどね。でも基礎はわかると思うよ」
「そっか、じゃあその内貸してね」
「はいよ。じゃあ俺はあっちだから」
「あ、僕もそっちなんだよ」
「え、南山の方?」
「うん」
「そっか。じゃ、行きますかー」
中央線は北の方を除き全部の駅が高架駅なので、改札に入ってそのまま階段を上がっていく。
森元で一番デカイ電気屋の最寄り駅は「馬尺駅」。すごく字面が紛らわしい駅である。駅名の由来は、馬何頭分かで物の長さを測る人がいたから、という事なのだが、なぜこのまま駅にしたのか。
「次の電車、十分後かあ」
いくら中央線とて、さすがに八時にもなれば間隔はだいぶ開く。
「ははは、仕方ないね」
と言いながらおもむろにカメラを取り出す俺。しかし榎本は気づいていない。
カシャッ。
「あ、ちょっと、何撮ってんの?」
「はっはー、似合うじゃありませんか。都会のホームで待つイケメン男子なんて、絵になりますなー」
「もう、やめてって……」
「俺だって写真コンテスト出たいし、こんな写真を撮るのも大事なんです! それに、師匠が写真のなんたるかを知らない人でいいの?」
「それはそれ、これはこれでしょ! まずほら、プライバシーとか……」
「これを見て見るんだな!」
バン、とカメラのモニターを向ける。
「ちゃんと、榎本は胴体しか写ってません」
「それもそれでなんかショック……」
「だって、ほら、ここ明るいし。榎本にも光が当たってるからしゃあないんだよ。人だけ暗くしてとかはねえ、あっちのホーム端行かないと」
「へー、そうなんだ」
そうなんです。と言いかけた所で、接近放送が始まった。
『まもなく、三番線に、快速、南山公園行きが参ります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください』
「あ、そういや榎本も快速でいいよね?」
「うん。東三神線使うから」
「そかそか。どこで降りるの?」
「んっとねえ、大宿」
「あー、反対だ」
大宿駅は俺の平台とは反対方向、南山公園から湯海方面にある快速停車駅。
名前の通り元は宿場町だったらしく、今も旅館が数多く立ち並ぶエリアだ。
「え、片山君は?」
「俺は平台」
「そっか。じゃあ南山でお別れだね」
「そうなるな。しかし、大宿とは知らなかったなあ。よく女子に住んでる場所バレてないね」
「まあ、隠してるから」
「ほほー、じゃあ俺は榎本の秘密を知ってしまったわけで……なんでもするので許してください」
「いや、別にバレてもいいよ?」
「んだよ人ビビらせやがってこんにゃろー」
肘で軽く腹を突く。
そうこうしている内に列車が到着し、俺と榎本は前から三両目の車両に乗り込んだ。
「そういやさ、榎本」
「なに?」
「榎本ってさ……今誰と付き合ってるのさ?」
「ぶふっ、急に人にそんな事聞く?」
「あたりめーよ。あのな、榎本。お前を陰ながら支えてる男子たちの存在を忘れちゃいけねぇぜ?」
「え、なにそれ」
「やっぱ知らないんじゃん。えっとなあ、クラス中の男子はな、お前を狙ってる女子に「榎本は今アイツと付き合ってるから狙い目だぞ!」とか、逆にやめておけ! とかいう重要な仕事があるんだよ」
「ええ、初めて聞いたけど……」
「そうだろうな。でも、よくよく考えてみろ。今まで交際が長続きした相手って、大抵うるさい奴だっただろ? こう、おとなしい子ってあんまり長続きしなかったらしいじゃん」
一応中学は別なのだが、そこら辺は友人に聞いた。
「それはなあ、女子からの復讐を恐れた男子が、やむなく、アイツはチキンだから軽く脅せば普通に別れてくれるぞ、って吹き込んでたせいなんだわ」
「そ、そうだったんだ」
「ああ。てことで、俺もその一員だから、今誰と付き合ってるかは把握しておかなくてはならない」
「……今は、居ない」
「そうか。……本当だな?」
「うん。いやー、最近姉さんからも、少しは身を固めろ―! って怒られてね」
「はは、そうかそうか。それならいいんだわ」
よし、これでしばらくは女子に怯えずに済む。
それからはあまり話す事も無く、ほぼ無言のまま南山公園に着いた。
「じゃー、僕こっちだから」
「うん。じゃあな」
連絡通路で夏樹と別れた後、俺はまた中央線ホームに向かった。
早く帰らなくてはいけないのは分かっている。でも、なんとなく行きたかった。
俺は中央線を使う乗客達に紛れ、またもホームへ出る。
「……さすがに居ないか」
――って、これがストーカーの初期症状なのだろうか。
ううん、今日はたまたま来ただけ! なんの目的も無い!
そういうことにして、今日はすぐに東三神線ホームに向かった。
◇
木曜日の朝。俺は今日も学校へ向かう。
先日(と言っても一昨日だけど)人身事故の起きた千命も無事通過、南山公園に着いた。
南山公園駅は、一階に改札口、二階に東三神線ホーム、四階に中央線ホームのある高架駅。東三神線から中央線に乗り換える時は、一度三階の通路に上がって、その後四階へ上がる事になる。
もう一ヶ月も経てば乗り換えの時に人がどう動くかが把握出来るようになった。だから俺は邪魔にならないように、人の波に押されながら中央線ホームに向かう。
いつもの列車から乗り換える列車は、基本一番線から発車する。二番線に停車している列車は後から発車する列車で、先を急ぐ人とそうでない人である程度分かれる。
しかし俺はそんな理由ではなく、ちょっと変わった理由で一番線に向かう。
「一番線に停車中の列車は、普通北八宮行きです。まもなくの発車となります。ご利用のお客様は、ご乗車のままでお待ちください」
この時間帯の列車は、三本に一本ぐらいの確率で十二両編成が運転される。いつもの列車は六両だが、その列車に乗って最初にすれ違う列車は十二両。なんとなく撮ってみたかった。
『一番線から、普通、北八宮行きが、発車します。ドアが閉まります。ご注意ください』
列車最後部に乗務する車掌がドアを閉める。
そしていつも通りの音を発しながら、列車は駅を出て行く。
「えー次に一番線に到着する列車は、通勤快速北八宮行きです。ご利用のお客様は、ホームの先発の列でお待ちください」
そんなアナウンスが聞こえたかと思えば、遠くにHIDのライトが見えた。
『まもなく、一番線に、列車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側まで、お下がり下さい。この列車は、折り返し、通勤快速、北八宮行きとなります』
まったく某路地裏以下略もびっくりな間隔だ。
今日はサブ機しか持ってこなかったので、撮影はしない。榎本にメイン機を触らせるわけにも行かないし、学校に二十万ぐらい行きそうな物を持っていく勇気も無い。
さーて、乗車待ちの列にでも並ぼっかな―、と思っていると。
「ねえ、君。ちょっといい?」
誰かに声をかけられた。
しかしこちらを向いているのはただ一人だけ。
――こんな事、あるのかよ?
そう、その相手は前に手袋を拾ってあげた、あの女の運転士さんだった。
「はい、なにか用でしょうか?」
もしかしてマナーとか指摘されちゃうの!? やべー、俺の鉄人生ももう終わりだあ……と、心の中は冷静さを失う。
しかし出てきた言葉は、とても意外な物だった。
「君さあ、昨日、夏樹と一緒に居たよね?」
……なぜここで、榎本の名前が出て来る?
「え、えっと、確かに昨夜、夏樹っていう人とは居ましたけど……その、どちら様で?」
「えー、忘れたの……? って、よく考えたら名乗ってなかったね」
するとこの人は咳払いをしてから、驚きの事実を告げた。
「私、榎本亜鈴。夏樹の姉です」
は、はあああああああああ???
ちょっと待て、それってありえるの? いいの?
「そ、そうですか。弟さんには、いつもお世話に……は、あんまりなってないかな?」
「あはは、君面白い事言うね。あのさ、今日お昼で上がりだから、よかったら放課後お茶しない?」
……えっと、榎本が図ったんじゃないよね? まさか俺が亜鈴さんに好意を抱いているのを感づいてて、昨日付き合ってくれたお礼にって事で、こうやって……いいや、深く考えるな。騙されてるならそれでもいいじゃないか。
「あ、はい! 今日はバイトもありませんので」
「そっか。じゃあ下校時刻になったらお迎えにあがりましょう」
「いやー、そうされると命が危ないので、駅で待っててください」
「あははー、高校生っぽい。うん、分かった。じゃあ駅で待ってるからね」
もう列車がホームに差し掛かる頃だったので、亜鈴さんは会話を切り上げた。
……これはぜひとも、榎本を問いたださなければ。あと、クラスの連中を納得させる言い訳を考えなければ。
――この時俺は、初めて女性と(交際じゃなく)付き合う事のめんどくささを知った。
急展開ですよ!
と言っても、察しはついていたと思いますけど。
ちなみにどうでもいい設定ですが、祐介が持っているカメラはメインがEOS 7D Mark2、サブがX8iとからへんです。キャノン派なのです。




