第二列車「学園モノの鉄板ネタ」
「おはよう、片山くん」
「はいはい、どもども」
最近すっかりこの学校を代表するカメラ小僧となってしまった榎本と共に教室に向かう。
これは他人に聞いた話なのだが、なんでも榎本に写真を撮ってほしい女子が急に増えたとか。そのせいでよく「わたしの写真を撮って!」と言ってくるようになったらしいが、その裏で俺の株も上がっているらしい。
だから、なのか。
「あの、わたしと一緒に写真撮ってください!」
「だから俺のカメラは画質じゃなくて動体向けなんだってばー!!!」
などと言いつつも、榎本と女子がラブラブしてる写真を撮る俺だった。
◇
「それで、新しいレンズ買ったんだよ」
教室で担任が来るまで適当に駄弁る俺と榎本。
「うわー羨ましいな、ぜひ俺にもお恵みを!」
「で、これなんだけど」
全力でスルーされてしまった。というかどこからそんな金が出てくるんだ?
「うわ、マジ……?」
携帯の画面には、35mmの単焦点レンズ。開放F値1.4のお高いレンズだ。
「やっぱいいね、高いやつは」
「金にモノを言わせるとはなぁ、ほんと君のお父さんなにしてる人なの? 危ないお薬を売ってたり?」
「え? あぁ、ただのパイロットだけど」
「そうだったのか、それなら分かるけど……」
だが学生の時からこんな高いモノを持っていると、金銭感覚が崩壊しそうだ。
「でも羨ましいっ……!」
俺だったら親に甘えてどんどんレンズ沼に嵌っていきそうだ。それがこうしてレンズ一本で耐えられる榎本はすごいと思う、単純に。
「まぁ、使いみちに悩んでるけど」
「なに言ってるんだよ君は!? 35の単焦点って言ったら、なんにでも使えるんだぞ!?」
大体、視界が少し狭まるぐらい。だからこそ芸術としての写真となってくる画角だ。
「街歩きでも電車でも、なんでも使えるんです、35mmは」
もっとも、俺は持っていないのだが。
一応50mmの撒き餌レンズを持ってはいるが、いかんせんAPS-Cには無理があった。70mm近くなるから無理もないか。
「は、はぁ……」
少し引きぎみ? の榎本に俺は、
「いいか、単焦点ってのはね、あ~ズームできないよぉって嘆くんじゃなく、ズームできないから寄ろう! っていうもんなの!」
なんていうことを、先生が来るまでひたすら語り続けていた。
「あ、おはようございま~」
す、まで言えよ、と脳内ツッコミを入れている間に、先生が教室に入ってきていた。
榎本との朝の雑談タイムが終わるのは少し惜しいが、まぁ今の俺は気にしない。なんせニーニッパ、サンニッパ、ヨンニッパの良さを語れたのだから……!
と、いうのはさておき。
「じゃあ号令」
先生が教壇に立ち、ピシッと姿勢を正したところで、教室の中は静まり返った。
「起立」
椅子を引く音。いつも通りだ。最近は色々あったので、「普段と同じ」を再認識できると、なぜか落ち着く。
「気をつけ、おねがいします」
こうしてホームルームが始まる。
とは言っても、健康観察と教科連絡、あとは先生の話ぐらいしかないけれど。
――と、思っていた時期がうんたらかんたら。
「えっと~、今日はいつもどおりの時刻です。特に変更はありません。が」
が。意味深すぎる!
「が?」
思わず聞き返したやつは当然いた。
「みんな……喜ぶといい!」
フッフッフ、とか聞こえてきそうなポーズ(頭痛みたいな)でカッコつけた先生に皆は混乱する。無理はない。
「わーい」
「やふー」
「いえー」
なんと平たい反応なのか!? というごく普通の感想しか出てこないほど、これから何が始まるのかの想像がつかなかった。
「実は、転校生がいる! 女子だ!」
「うおおおぉぉぉん!」
いま歓声がなんか変だったよ!? いや、まぁ華がなくて薔薇の咲いてるこのクラスなら仕方がないのかもしれないけど。
というかそんな冗談抜きにして、かなり教室が盛り上がっている。
「キタコレ! いよいよ俺も学園モノ主人公に! えっと、多分夏休みの間に初体験を迎えて……」
「伊丹! 早い! 適当すぎる人生設計考えるのも早すぎる! 早まるな! まだ美人と決まったわけではない!」
クラス一の変態・伊丹、いつもどおりである。
「はいはいみんな落ち着いて。焦っても入らないよ」
さらっと担任から出るシモネタ。転校生が入らないんだよね!? 変なのじゃないよね!?
しかしくだらないシモネタで皆が醒めたのか、教室はまた静かになる。
「じゃ、入ってきて」
わー、いつもどおりですね~。
などとリアルがこうなんだ、とか考えて、期待しつつも「俺興味ないよ?」みたいなふうに教室の時計を眺めて(もちろん目線は入り口)いると。
「あ~、あ~、あ~……」
なぜか三連呼したあと。
「アァンン゛!?」
入ってきた彼女の姿を見て、俺はヤクザ顔負けの怒鳴り声を上げてしまう。列車が引退するときに葬式鉄でごった返す大宮駅、その中の罵声の飛び交うホームでも通用するんじゃないかってぐらい。
つまり、静かな教室と廊下に聞こえるには十分なわけで。
「うおお!?」
「ひっ!?」
ガラン、とでかい音がしたと思えば、伊丹の野郎が椅子からひっくり返っていた。なんだよびびらせんな……いや俺のセリフではないけど。
というよりそれよりなによりあれより。
入ってきた女の子に見覚えはあった。
もとから女性で印象に残っている人はそこまでいないのだが、強烈に印象に残っている人と言えば、今の俺には亜鈴さんか母親(いや、これは例外か)、それか。
先日森元駅で道案内をしてあげた外国人の「お前はディスプレイの中から来たのか?」と言いたくなるあの人。
いや、まぁ、ここまで引っ張ればわかるだろう。
そう、あの超絶美人なブロンドロングの彼女だった。
「おいおい片山。どうしたんだ。寝てたのか」
「いえいえいえいえいえいえいえいえ?」
何回言ったか覚えてないほど全力で否定する。もちろん自分も、まるで「事情」の最中に親フラされてしまった息子のようだ、ということは把握している。
当然周りは「え、なにこいついよいよ狂ったか?」という感じだが、おどおどしながら教室の中に入ってくる彼女を見れば、俺としては当たり前の反応である。
「あっ、もしかして」
向こうも気がついたようで、一人だけ立っている俺の方を見て少し言葉を選んでいるようだった。
「ん…なんだ、知り合いってやつ?」
「えー、まぁ、そう…なるんでしょうかねぇ」
担任の質問を否定するのは、それもそれで違うと思う。
仮に道案内をしただけとは言っても、ただ地図を書いただけではない。途中までは一緒で、それなりに会話もした。
だから向こうがどう思っているかは別として、こちらとしては彼女は知人に値する人物であると考える。
「えっと、彼には駅で迷ってたときに助けてくれたんです」
「あー、なるほど。オッケーわかった、とりあえず片山。落ち着いて。座る。な?」
そういえばずっとたちっぱだった。しばらくは笑いの種にされるのはもう仕方がないから、ここは潔く座ろう。
「はい、仕切り直して。彼女が転校生の、ユラ・マリノさんです。自己紹介、してくれる?」
担任の言葉で、ユラと名乗る少女が一歩前に出る。
「ユラ・マリノです。父がイギリス人、母がスイス人で、生まれはドイツのケルンです」
駅で会ったときもそうだったが、日本語の発音が少しだけぎこちないとはいえ、ほとんど違和感はない。国際事情なんかには疎い俺でも、ああ、彼女は小さい時から日本語を使っていたのだろう、と思わされる。
「小さい時から父が日本に仕事で訪れていたので、父のもとを訪れているうちに日本が好きになり、家族と一緒に引っ越してきました」
オー、それはいかにもテンプレネ。
「日本に来てまだ日が浅いので、日本の文化にはまだ慣れないのですが、日本語は自信があるので、どんなことでも躊躇なく教えてくれるとうれしいです! 皆さん、よろしくお願いします」
ぺこり。
オー、ディスイズザッパニーズ「オジギ」。トテモキレイネ。
かなり角度の深い(後ろから下着見えそう、なんて思った自分が悔やまれる)お辞儀をした彼女は、クラスの温かい拍手に包まれる。
「はい、はい。質問とかは休み時間にね。とりあえず、席はあそこ」
――担任の指さす先は、俺……!
ということはなく、教室の隅っこでした。当たり前か。
「じゃあ、ホームルームは場がしらけないうちに終わらせるよ。はい号令!」
不思議とその後の気をつけ、号令は皆がちゃんとしていた――ように思われた。
◇ ◇ ◇
「ねぇねぇ、両親ってどんな人?」
「はい、これは空港で撮った写真なのですが……」
転入生って、マジで囲まれるもんだな。流石に授業と授業の間のわずかな休み時間ではそれほどでもなかったが、昼食後――昼飯もいろいろな人に呼ばれたあげく、結局彼女は自分の席で食べたが――の休み時間、外や体育館に出る人はほとんどおらず、男子も女子も転校生の机に群がっていた。
俺は興味ない(道案内しただけで知人気取りなので、今話す必要はないと思ってる)のでのんきに自分の携帯をいじっているのだが、こうにも騒がしいと、それにさえ集中できなくなりそうだ。
ふと、最近昼休みは榎本と話しているな、と気が付き彼を探してみたら。
別に何かをしているわけではなく、転校生の方を自分からずっと見ていただけだった。
「な~んか気持ちわる~。性犯罪者~」
「いやいや、騒がしいなって見てただけだよ」
声をかけようとしたら、ついここまで出てしまった。いけねぇ。
「いや~、でもまさか意外だったね。外国からの転校生と知り合いなんて」
「まぁ、偶然だよ」
もし三分でも時間がずれていれば、俺とユラは今日が初対面という可能性もあったのだ。
別にこれを運命の出会いとするつもりはないが、少なくとも感じるものはある。
「あはは、でも今朝あれだけのことをしておいて、よく「偶然だよ」ですませられるね」
「な、なんのこと? ははは」
あれは人生最大の汚点だ。あれだけでグモの動機には十分。
「まぁ大丈夫。もとから変わってる俺だし? 今更これぐらいで」
「声、震えてますが……」
ナ、ナンダッテー!? というのは嘘で。
もとより俺が変人なのはマジだったが、ここまで来るといよいよホームから突き落とされるとか、しばらく開かない列車左側のドア付近で大切な物を失ってしまうかもしれない。
さすがに鉄道写真だけで食っていけるとは思わないし、最悪亜鈴さんのヒモになればいいんだろうが。
とはいえ、せっかくの命を捨てるつもりはない!
「大丈夫だいじょーぶ。俺には知り合いというメリットがあるから」
「そんなもん一日もせずに遅れるでしょ……」
「なんやと」
「当たり前でしょう……」
ま、まさか。
今俺たちの前で話しているあいつらに、先を越されるのか……!?
いかん! それはいかん! 女の子の友達はいても損しない! というかいないと損!
せっかく頑張って亜鈴さんとお近づきになったのに、このビッグウェーブは逃さない!
「決めた。今日無理やりにでも帰る。一緒に帰る。俺は死んででも一緒に帰るんだぁぁぁっ!」
俺としてはかなり大きめだったその声も、転校生の周りには届かないようで、反応したのは榎本だけなのが少しさみしかった。
「まぁ、好きにしたら? でもあんまり付きまとってると、「彼には一応恩があるし」とか、そうやって仕方なく付き合う関係になるかもしれないよ」
「そうなる前になんとかなるでしょ」
「楽観的だねぇ……」
そうしないとやっていけないんだ、と言おうと思ったら、ちょうどチャイムがなった。
「ま、頑張って」
結局最後は優しい榎本先輩、ほんと惚れます……! 誕生日は俺が先だが。
俺もしぶしぶ席に戻り、次の授業の準備をする。その間もユラの様子を伺っていたのだが……
――人気なんだなぁ、やっぱ。
あれだけ美人なら仕方がないのかもしれないが、誰一人として自分の席に戻ろうとするクラスメイトはいない。
そこまでして話を聞きたいのか、俺にはいまいちわからないが、しかし。
どうしてか俺は、心に焦りを覚えていた。
◇ ◇ ◇
「おぉ……」
ピピッ、という音。
常日頃からICカードを使っている人なら聞き飽きたかもしれないが、ユラはカードを使うのが初めてだったようで、単に改札を通っただけにもかかわらず、小学生のときに新幹線に初めて乗ったときの俺みたいに興奮しているようだ。
「これから毎日こうだし、改札ぐらいで驚くことはないんじゃない?」
「いえいえ、なんとなく、きっぷとは違うので」
確かに改札を通るだけなら、前に送ったときも通っていたと思う。
俺も仙台に行って初めてSuicaを買ったときはあんな感じだったけど。
「ははは」
無事彼女のやりたかったことも終えた俺たちは、混まないうちにホームに降りていく。
「在来線のホームは、やっぱり新幹線と違いますね」
「そうだねぇ」
このエリア、森元周辺は、ホームの高さが西に比べて低い。客車がメインの時代からホームの嵩が変わっていないから、普通よりホームの高い新幹線と比べれば、確かにこっちが低く感じる。
また、新幹線ホームの目の前に建物が来ることはあまりない。あっても屋根で、在来の目の前に雑居ビルが見えるのとは大きく違う。
「こう、新幹線は、今から旅行に行くんだ! という感じですが、在来線は、今から家に帰るんだ! みたいな感じです」
「うん、わかる。わかるよ」
普段仕事で新幹線を利用しない人にとっては、まず新幹線は頻繁に乗らないだろう。となればやはり旅行に行く目的に使われるわけで、俺も悲しいかな庶民ということもあり、その気持ちには共感せざるを得ない。
「そういえば、外国はどうなの?」
ユラはドイツ出身だというから、日本、イギリス、ドイツの鉄道三大国出身者の話は聞いておきたい。
「そうですねー、街にもよります。Sバーンの走る大都市は、建物もいっぱいですし、線路もいっぱいなので、都会的? なんですが……」
ユラの言う風景を思い浮かべてみる。ゲームで海外を走ったときは、ドイツはほとんどそんな感じだった。
「地方に行くと、周りに何もないのに、機関車に引かれた四両編成の客車がやってきます」
まず今の日本では考えれられない光景だと思う。カマが客車四両引いてくるなんて701系に置き換えられる前に東北地方を支配していたED75+50系が1990年代に走っていた程度だ。
当然ドイツでも電車への置き換えもされているようだが、日本と違って鉄路が国を越えていることもあり、何でもかんでも金にモノを言わせればいいわけではないらしい。
「ははは、それはまた、シュールだなぁ」
「でも、山の中の単線でカーブが続く路線をICEが走るんですよ?」
「ま、マジで!?」
ドイツの最優等列車・ICE。フランスなど外国にも直通しているのは聞いていたが、飯田線のような路線をICEが走るのか? それ、ICE-TDじゃないよな……?
「はい。ミュンヘンから、第三回冬季オリンピック開催地のガルミッシュ・パルテンキルヒェンを経由する系統があって、ICE3が走るんです。一度だけ見たことがあるんですけど、すっごく変でした!」
ユラはその時のことを思い出しただけで顔を綻ばせた。まぁ、飯田線をE6系が通るなんてのも想像出来ないが--よく考えたら、田沢湖線も奥羽本線も似たような物じゃないか?
「日本だって負けてないよ。田沢湖線の県境のあたりなんて、普通列車でさえ二、三時間に一本なのに新幹線が一時間に一本走るんだから」
「そうですよね! 聞きました! あのあたりって、夏も秋も冬もすっごく綺麗なんですよね?」
「そうそう! 夏は緑あふれる山間、秋は流れる川の上を通る鉄橋とこまち、それでバックは紅葉! 冬は雪が降り続けてライトが雪を照らす峠!」
「はぁ~、死ぬまでに一度は見たいです!」
食いつきが半端ではない。確かにドイツに比べれば四季が綺麗に現れるが、目を輝かせ--体が俺に当たっているのにも気がついていないほど、日本の話に興味津々らしい。
「はは、なんかすごいね、ユラ。外国人ならスシ、アサクサ、トカイドゥシンカンセンって言ってるイメージだけど」
海外の人ならこれぐらい許せるだろうと直球で聞いてみる。
「え~、そんなことないですよ! それは日本の魅力が本当に分かってない人です!」
おお、随分バッサリ同族を切ったものだ。まぁ、たしかに日本に並ならぬ興味を持つ人はいるし、彼女もそんなタイプになるのだろうが、そこまでなのだろうか。
「周りの評判に流されるだけで、日本でこれをしたいと自分で見つけたやりたいことをやる人はほとんどいません! まぁ、わたしは来ようと思って来たわけではありませんが、それでも大人になったらぜったい電車に乗りに来ようと思ってました!」
「そ、そうかそうか。まぁ落ち着いて。はい、息を吸って、吐いて、吸って、それを繰り返す!」
どうにもオーバーヒートぎみのユラをたしなめる。こんな風に言っても心ここにあらずといった感じで体で深呼吸をするだけだ。
「それで--」
あぁ、終わらねぇ。
そう悟ったのは、接近放送が始まったときだった。
確かにユラ・マリノという女性は綺麗だが、中身は案外ポンコツらしい。少し日本に浮かれているというわけではないが、まぁ、付き合っていくのには少し手こずるかもしれない--
もしや俺、厄介なことに足を突っ込んだ?
なぜ今書き始めたか。というかこれ、第一列車上げてからずっと執筆中の欄にあったんですよ。
しかしながら最近は小説を書きやすくなったので、頑張ってみようと思います。