赤とカノンは誰にも等しく
きっと
ながれている
誰にでも
体中をめぐり
きらきらと
ながれている
晴れた夜明けの
小川の岸には
露に濡れた細い葉が伸びる
ちちち
瑠璃色の小鳥は早起き
薄い空の色には
優しい微笑みの雲の面影
すこし冷たい風が吹いて
すっと細い緑の茎の先の
小さな白い花を揺らす
静けさは
まったくの静寂ではなくて
安らかな気配に満ちて
繰り返されるカノンの旋律の
何層にもなる音の重なり
それは
緑の草の囁き
それは
鳥たちの恋
それは
透明な水のおしゃべり
それは
可愛らしいおさなごの鼓動
それは
一心に草を食む小鹿の身じろぎ
誰にでも
ながれている
生きているもの全てに
ながれている
時に
激情に狂い
時に
沈痛に沈み
時に
眠りの中で面影を追い
時に
恋慕に焦がれ
時に
思わぬ美しさにたじろぎ
薄まりはしない
いのちの赤を
わたしたちは
いつもは意識しないけれど
それは
確かにながれ
それは
等しくながれ
それは
分かり合えないわたしたちの
最も確かな共通点
それは
世界をつなぐ赤であり
それは
ひなげしより赤く
それは
落日のように燃えて
それは
炎より重い
わたしの中の
この流れには
父の母の
その父の母の
赤い流れが溶けている
わたしは
一人ではない
この流れの中で
いのちの温度を共感する
痩せた猫たちと
足元不確かな老婆と
目力強き青年と
白い首筋の二十歳の女性と
角のしっかりとした牡鹿と
そして
もう去っていった偉大な芸術家と
今、この詩を読むあなたと
血の赤は誰にでも等しく流れ
世界の透明なカノンは誰にでも等しく訪れる