結実
皮肉にも、女王の最後の言葉は真実となりました。
その後、革命家同士が血で血を洗う政争をくり返し、罪のなすり付け合い、暴き合いが起こりました。
何人が断頭台の露と消えた事でしょう。
罪に問われた人びとの中には、あの組合長まで含まれていたのは遺憾にもほどがありました。
「儂が我が身かわいさに、街の者をポムデギャミンの犯罪者に仕立てただと!? 冗談もほどほどにしろ!!!」
事実とは真反対の情報が、革命家たちの間で独り歩きしていきました。
街の人びとも何度も誤解だと訴えましたが、革命家たちにその声は届きませんでした。
革命家たちにとっては、街から無実の罪で監獄に送られた者がいた。それだけが真実でした。
幸か不幸か、不名誉な報せを受け取ってからすぐに組合長は身を持ち崩し、裁判が始まる前に還らぬ人となりました。
首と胴がくっ付いたまま墓に入れて良かったなどと、今際に組合長は言い残しましたが、街の人びとにはいわれなき罪で憤死したように思えてなりません。
「……旦那は、こうなる事がわかっていて、俺を革命から遠ざけたのかい?」
娘婿となった木こりの息子が、組合長の葬列の中、こっそりエンゾに聞きました。
「まさか。僕が足を洗えと言ったのは、もう君に手を汚して欲しくなかったからだ」
エンゾは木こりの息子と一番上の娘が結婚する条件として、革命とはすっぱり縁を切れと言い渡しました。
当時は革命一色の空気。木こりの息子は渋りましたが、エンゾがこの通りだと頭を下げるので従わざるをえませんでした。
この気の良い娘婿が自分のために人を殺めた事を思い出すと、エンゾはひどく複雑な気持ちになります。
エンゾにも、ポムデギャミンの冤罪の犠牲者として革命に加わってくれと言われた時期がありました。
けれどその度に、エンゾはやんわりと断っています。
静かに暮らさせてくれと言われると、誰も無理にとは言えませんでした。
あの時の事が悪い夢だったかのように、季節は過ぎゆき、エンゾは静かに老け込んでいきます。
「――ごめんください」
経営の主導を娘婿に譲り渡してしばらく経った頃。エンゾが一人で詰所でいると、扉のカウベルが鳴りました。
どうぞ、と中へとうながせば、入ってきたのは何とも場違いな人でした。
絹のドレスの貴婦人です。ふわりと広がる裾が帳簿机に引っかかりそうで、エンゾはあわてて机をどけます。
「ごめんなさいね、……ありがとう。ああ、貴方もずいぶんお年を召したわ」
貴婦人はなつかしげに目を細めますが、エンゾは首をかしげます。
「貴方のような美人を忘れるなんて失礼な話ですが、……僕と貴方は、どこかでお会いしましたか?」
「いいの、どうせ覚えてないと思ってたから。だって前に会った時も、貴方は私の事を忘れてたもの」
身なりの割に、俗っぽい話し方をする女性でした。
その言葉づかいと口ぶりに、エンゾは思わずあっと口を開きます。
「ポムデギャミンの……! ……いや、失礼」
「あら気にしないで。どんなに言いつくろったって、過去が変わりやしないわ」
いまはどうやら良い暮らしをしている様子の彼女にとって、忘れたい過去でしょうに。
貴婦人は気にした風もなく首を横にふるいます。
「そもそも、私がこんなドレスを着られているのも、ポムデギャミンの出身だからよ。
……利用され続けた私をあわれんで、ある革命家が私を妻に迎えてくれたの」
貴婦人の笑顔が少しだけ曇りました。その表情で、エンゾは察してしまいます。
おそらく、彼女はまだ利用され続けているのでしょう。
身分いやしきにも関わらず、かわいそうな少女を娶った寛大で慈悲深い彼女の夫に。
「けど、前よりはずっと幸せよ。もう飢えることもないし、凍えることもないわ。
それに、……貴方にずっと頼みたい事があったの。聞いてくれる?」
貴婦人は内緒話をするように、エンゾの耳元に唇を近づけました。
「実りの季節になったら、私に毎日林檎を届けてほしいの」
その言葉を聞いて、エンゾは目を丸くしましたが、やがてうやうやしくお辞儀をして。
「よろこんで、――お嬢さん」
初めて会った時と同じように、彼女の事を呼びました。
彼女の夫の喧伝が花を咲かせ、貴婦人はその後、ポムデギャミンの象徴として歴史に名を残しました。
はからずも、エンゾとの逸話も広く世に知られる事となります。
後の世の人びとは、不幸な子供たちから始まった革命をこう呼びました。
『ポムデギャミン革命』 もしくは、 ――『林檎革命』 と。
ご覧いただきありがとうございました。
また次回作でお会いできましたら幸いです。