下院
王都を出てから、オレとナミアはセルティックに一度戻った。だが、ゴールと一緒に暮らしていたセルティックにいたままではナミアの心の傷は癒えないだろうと考え、オレとナミアは旅をしながら商いを行う、行商人のような職に就いていた。
・・・幸い、オレのスキル『選出』があれば金銭を稼ぐことは容易く、ゴールと行っていた武器の目利きを始め、防具や薬、書籍や金銀といった貴金属、嗜好品や家具といった幅広い商売を始め、あっという間に凄まじいまでの財を成すこととなっていた。
気がつけば二年の月日が立ち、オレはゴールの意思を継ぐべくゴール商会を設立。そこからさらに商会を大きくするために尽力し、更に二年が経つ頃には大陸で有数の大商会として成長するまでになった。
「こちらへお掛けください。アーガイル議員、モゴクさん。」
「へぇ、それでは失礼いたしやす。」
「ほぅ・・・なかなか良い家具や調度品をお持ちのようだ・・・。」
館の前で出会ったアーガイル議員とモゴクを館に招き、詳しい話を聞くことにする。ちなみにモゴクとは商売で何度か取引している間柄だ。
「ナミア。お茶を頼めるかい。」
「はい、お持ちいたします。」
「おぉ、お美しいお嬢さんだ・・・。」
ナミアはあれから成長し、19歳となった。その美貌は10人いれば10人とも美しいというだろう容姿で、最近はますます女らしさに磨きがかかっている。
「・・・早速で恐縮ですが、アーガイル議員。お話とはなんでしょうか? 何でも、政治に関することだとか・・・。」
「そうです、ライトニング卿。私はこのヴェール大陸の下院議員を務めて早3年になりますが、卿もご存知の通り、王都を始め、各地の政治は腐敗しきっております。それもこれも、今の政治の実権を元貴族派の上院が握っているため。私は、有能な人材をスカウトし、民主派の下院にお誘いするべく、各地を回っておるのです。」
アーガイルの話を聞き、ライトニングは目を瞑る。
「・・・お茶をお持ちいたしました、アーガイル議員様、モゴク様」
「ああ、ありがとう。・・・それで、急な話で恐縮であるのだが、考えてはもらえないだろうか? 卿は政治に興味がお有りだと聞く。もし受けてもらえるなら、4ヶ月後の議員選挙に貴公を当員が全力でバックアップして推挙し、必ず当選させてあげられる。」
アーガイル議員は前のめりになって、ライトニングに話しかける。モゴクは完全にアーガイル議員の付き添いなのだろう、部屋の調度品をキョロキョロと眺めている。
「・・・アーガイル議員、お話は有難いのですが、この件はお断りさせていただきたく存じます。」
「!? 何故だ!? ・・・ここだけの話、私は卿が4ヶ月後の議員選挙に出馬するという情報を掴んでいる。出馬するのであれば、うちの党が全力で支援してあげられる。・・・逆に行けば、支援無しではいくら財を築いた卿といえども、このセルティックで当選することは不可能であろう。まさか、上院議員になるおつもりか?」
・・・ライトニングは以前、財の力で名誉男爵の地位を手に入れていた。最も、約2年前の公布で貴族制度が廃止され、元男爵なのであるが。
「・・・いいえ、アーガイル議員。私は上院議員になるおつもりはありません。」
「!! なら、なおさら下院に所属しない手はないだろう!?」
アーガイルが憤った顔をする。
「・・・・・・。私は、まずは私自身の力で民衆から選ばれたいのです。最初から下院の力に頼ったのでは、私の望む政権交代は実現できない。ならば、自らの力で議席を勝ち取り、その上で対等な立場として下院議員の皆様と接したいのです。」
「・・・卿の気持ちはわからなくもないが、セルティックでは2年前、カリナン上院議員が当選して以来、毎年連続当選し、強固な地盤を築いている。いかにかのゴール商会のトップといえども、商売と政治の世界は全く違うのですよ?」
アーガイルは理由を聞いて納得はするが、無理だという顔をしている。同時に状況が読めないライトニングに失望しているようにも見える。
「・・・さて、それはどうでしょうね。お話が以上であれば、恐縮ながら後の用件がつかえておりますのでお引き取り願えないでしょうか。・・・無事当選出来た時には、是非こちらこそ宜しくお願い致しますよ。」
「わかった、そこまで言うなら卿の実力とやら、拝見させてもらおうではないか。」
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アーガイルとモゴクが退出してから、ドルノドと呼ばれた執事とライトニングが部屋に残る。
「宜しかったのですか、主様。あのようなことをおっしゃられて。」
「ドルノドか。いや、いいさ。あちらからお誘いがあることは予想できたが、下手に干渉されてはこちらの計画が上手くいかないかもしれない。そういった不確定要素はできるだけ排除したいんだよ。」
ライトニングが高級そうな椅子に腰掛け、笑みを浮かべる。
「主様がそうおっしゃられるのであれば、私は付いていくだけでございます。」
「うむ、頼りにしているよ。・・・あぁ、今日はナミアの御飯が食べれる日だったな。楽しみだな。」
そうして、館での会話は静かに進んでいった。
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4ヶ月後、セルティックのカリナン上院議員の館にて。
「バ、バカな! この私が、ほぼ完封で選挙に負けるだと!! 有り得ない!! 当選したのはどこのどいつだ!!」
「はっ、こ、今回当選いたしましたのは、ゴール商会会長のライトニングリッジ元名誉男爵というものです。」
カリナンとその秘書であろう女性が受け答えしている。
「グ・・・あの成り上がりのゴール商会か・・・。しかし、有り得ないぞ、得票率98%というのは!! 何か不正を使ったに違いない!!」
「はっ、現在調査を進めておりますが、未だ尻尾を掴ませない様子で・・・。」
「ッチ・・・。何より気に食わんのは、そいつが下院に所属する意思を示していることだ。元貴族のくせして、庶民どもの味方をするとは・・・。これは、ランメルスベルグ卿に報告せねばなるまい。上院に楯突いたこと、後悔させてやるぞ・・・!!!」