RIAβ4
8
夢を見た。
夢を見たのだと目覚めたときに思った。
夢の中は目次のいる白紙の部屋だった。
目次は自慢の蝋燭を垂らしながら、
「ずいぶん苦戦しているようじゃないか」
と、私を冷やかした。
「何をすればいいのかさえ分からないのだから当然だって」
目次はケタケタと鳥のように笑った。
「何をすればいいか分からない? まるで子供だな」
「だってこれはゲームでしょ?」
「ゲームではない。これは仮想現実だ。立派な現実だ」
目次は私の目の前に近づいた。
「何かをしなくちゃならんことはない。君は君のしたいことをしたらいい。それとも君は現実でもしないといけないことがないと生きていけないのか?」
目次の言葉は私の心を的確に捉えていた。
「ここは現実なんかじゃない。仮想現実よ」
「"でも、現実だ。それを望むものにとってはね"」
口を結びながら、成海のことを私は考えた。なんだか、成海と討論しているようだ。
あの日もそうだった。
「お願いもうやめて。こんな訳の分からないものにのめりこむのは」
私は彼の手からBOOKを奪い取った。すごい力でナルが取り戻しにくる。
「ゲームと代わらないよ。美琴。これはすごいものだ。現代の科学力を越えている。言うならばオーパーツだ」
爛々と輝く目は彼を夢見る少年の姿に変えた。
「そんなことばかりに興味を持つから現実に置いて行かれるのよ」
ナルは憤慨していった。
「置いて行かれたんじゃない、俺が捨てるんだ」
これを使えば完全に意識を二次元世界にもっていくことが出来る。ナルの目にはBOOKしか入らないようだった。
BOOKを見つけたのは私だった。図書館で借りた本の中にいつの間にか紛れ込んでいた。
水色のハードカバーの古めかしい装丁をしていて、どこか魔導書というべき雰囲気があった。タイトルに「RIA」とだけあり、作者はnoname。巻末にBOOKとだけある。
開いても、その白紙のページに描かれる世界は何もない。ナルはその魔導書を1目で見破った。
きっと、そこには二次元に恋いこがれるものとしての何らかの勘が働いたのだと思うのだが、私にはさっぱり理解できなかった。
「これは、おそらく二次元世界に入るためのハードなんだ。俗に言うVRMMOだな。機動の方法とか分からないけれども」
彼の話には時々ついていけなくなる。
VRMMOというものが何なのかさえわからない。漠然とした、それでもはっきりした蔑視感情から、
「やめておいたほうがいいんじゃない?」
と私は言った。
「どうして?」
「あなたみたいな人間が手を出すからよ」
「これは俺のためにあるようなものだよ」
「見つけたのは限りなく現実世界を愛する私だけれどもね」
「仮想現実も立派な現実だよ」
「現実は一つで十分よ」
不毛な記憶しか残らない会話になった。
「分かった」
私は目次に言った。
「私の好きなようにやる。私が狭量すぎた。貴方のいう現実を私は受け入れようじゃない。偽物の現実。かりそめの現実。間に合わせの居場所。でも、そんなものはいずれ寂しくなるだけ」
目次。あなたも覚えておかなくてはいけない。
"どれだけ近づけようとしたところで、結局のところ、レプリカはレプリカでしかないのだと"
私は夢の中の夢から目を覚ます。
文と明。
二人の少年少女が私の目の前に眠っている。頼りない、今にも空気に同調しそうな薄い体。私は静かに二人の体をなでた。決してふれることのできる影ではないのだけれど。