RIAα4
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BOOKの実験は計3回行われた。
利用者合計人数において15名。そのうち1回の実験の事実を機関が認めたが、成果の合否については誰も回答しなかった。
BOOKが制作された過程は子供の教育にあてようとする計画があったからだった。
文科省の課題はせっぱ詰まっていた。
机の前に子供を縛り付け、紙と鉛筆だけで思想の教育を行う。知識の教育を行う。もちろん、そのことに別段悪い点はない。将来を有望される、高尚な考えをもった人間が生まれていくだろう。
しかしながら、机の前に縛り続けるだけでは精神が貧弱になった。
考えだけなら立派だが、実際に行動に移すことのできない人間ばかりだった。いってみれば、体と精神とのバランスがとれていないためであると、専門家が分析し、通説となった見解を文科省は受け入れた。
どのように"体"の教育を行うのか。知識だけではなく、アクティブに、実体験を伴った教育を行うことができるのか。
昔ながらの"遊び"や"体育"は非論理的、非効率的であると、通説は語っていた。
遊びを行うことにより、子供がけがをする。そのけがの責任はどこにあるのか。本来ならば、子供自身にある。しかしながら、法律は子供に責任をとらせる権限を与えてはいない。そういう現実と法と論理のそぐわなくなった部分を、知識教育で育てられたごくごく一般の大人はつっこんでくる。
責任は学校側にあるとされ、学校側はリスクを減らす為に、遊びを禁止した。子供はどのような環境におかれていても、一定の割合の数の負傷者が現れるものであることは、通説となっている。
大人に嫌悪されるから、"子供の遊び"は禁止される。子供はゲームで飼い慣らされ、体を動かすことを知らない。
けがを全く警戒せず、子供に体を動かすことで、実際に経験を積ませられる教育ができないものか。開発されたのがVRMMO技術である。
バーチャルリアル世界。
架空世界。
そこはどれほど体を動かしても、実際の体が傷つくことはなく、経験だけを持ち帰ることが可能だった。
ゲーム会社と文科省が一体化になって計画は進められた。潤沢な資金源、フルに使える情報資源。学校への参入による、固定利用の見込み。
立派な甘い謳い文句とは裏腹に、実体は特殊技術の囲い込みにすぎなかった。科学技術の進歩に伴って、一番問題なのが、他国への流出である。それは企業側だけが懸念する問題ではなく、国家が懸念するような、そういうレベルの技術があるからだ。
VRMMO技術は極秘裏に開発された。
その一方で、"世界"についての情報は広く求められた。nonameも応募をした口だ。
計画が頓挫されたのは試験台に選ばれた子供の意識が戻らなかったことだった。理由はわからなかった。
BOOKに欠陥があると叫ばれたが、前試験段階では不備はなかった。自ら実験台になることを了承した、どの研究員も"こちら側"に戻ってくることができた。
けれども、試験台に選ばれた子供たちだけが"あちら側"の世界にいったきり、戻ってくることはなかった。
nonameは試験台に選ばれた子供たちのうちの一人だった。彼は当時孤児院で生活をしていた。選ばれる子供たちはエリート官僚の子供たちだった。そのご子息に万が一のことがあってはいけない。そのため、彼がどの子供よりも先に選ばれた。
そして、彼は二回目のフライトにて、エリート官僚の子供たちをエスコートする任務を仰せつかっていた。
もう一度いおう。計画になに一つとして問題はなかったのだ。現に、nonameは二回目のフライトからも無事帰還している。
井上はつぶやく。
「おまえは知っていたとも。BOOKが完成しているってことを。誰よりも」
BOOKの中でnonameは眠っていた。
夢の中の夢をみているような、そんなちぐはぐな気分だった。
彼には二度のフライトの経験があった。
RIAの世界。
それはとても魅力的な世界だった。
彼はそれを思い出す。
その世界において、彼はヒーローになることができた。
どの場所にいても、世界は彼一人だけを中心に回っていた。
それは彼が味わったことのない感覚だった。
"あいつらは俺よりも執着深かった"
戻ってこようと思えば、全員戻ってくることができた。
"拒んだのは彼ら自身だった"
世界は箱庭である。そういう考えがある。
この世界は一つレベルの上の別の知的生き物によって作り出された世界であって、実際はみんな何らかの実験体にされている。
自然災害が起きるのも、神と呼ばれる超次元が降り立つのも、そのせいだ。我々は所詮箱庭の中で生かされているのにすぎないのだ。
BOOKは箱庭説を逆にしたようなものだ。
その世界は完全にプログラミングされているがゆえに、すでに一種の箱庭と化していた。
意識が向こう側にいっている間にも、改良を加え、アップデートをし続けるなら、精巧度の高い世界観を維持することができる。
子供たちはとある勘違いを起こしたにすぎない。
僕らは神々の世界から舞い降りた救世主だ、なんて。
"バカなことだ"
彼は思った。
現実を知ることのなかった子供たちだ。ゲームで遊び、紙でのみ学んだ連中だ。著しく、経験に乏しかった。
頭の中で想像や、計算ができても、目の前にあることについて判断ができない。その欠点を直すためにつくられたはずのBOOKは、その欠点が故に選ばれた子供たちの自尊心を煽った。
nonameはそんなことをしない。
nonameには現実と非現実との差が理解できている。
アップデートに携われないのが残念だ。
完全な世界。
あの世界はまだ未完成だった。
けれども、計画が失敗し、BOOKが永久に機密事項として処理されようとしている以上、この手を使わざるを得なかった。
BOOKは"正倉院"に送られる予定だった。もちろん、この言葉には裏の意味がある。
日本の謎に満ちた場所。保管することだけを目的にされた建物。千年も前から変わらない形で存在し続ける保管庫。思考を働かせれば、自ずとだれもがその矛盾に気がつくことになるだろう。
"正倉院"に送られる前に。
nonameはBOOKを手に入れた。隠しきることなんて出来やしない。
だからこそ、リスクと無謀との入り交じる策の中でも下策を選ばなければいけなかった。
成功したのだろうか。
nonameは考える。
意識が分離し、仮想世界のアバターに定着しようとしている。アバターはVRMMOに入る段階にて、サーチされ、形が作られる。
誰も行っていないことだった。
VRMMOの限界は肉体はそのまま存在するということにほかならない。BOOKが現実世界に存在するということにほかならない。
ならば、BOOKを消してしまえばいい。存在しなくすればいい。
どのように?
タイムトリップ。
肉体は残り、BOOKだけが過去に移動する。
過去にBOOKを実行できる技術はなく、棺に入れられたまま、意識は目覚めながらにして眠り続けることができる。
その実、選ばれた子供たちの意識が戻らなかったのは、BOOKの外にいる大人たちがあわてて強制終了をかけたからだった。
戻りたくないと願う子供たちと、それを強引に意識を戻す技術。
そこで二つの思いは反発しあったのだ。
nonameは止めた。
「彼らは戻ってきたくないっていっていった。無理なことをしない方がいいと思う」
「くそ、だから、子供たちに参加させるのは嫌だったんだ」
「仕方ない。実験は成功していたのだから」
「どうする?こいつを破壊すればつまらないゲームは終わるのか?」
「今の技術力では無理です。意識を世界とシンクロさせているのです。無理矢理すると、どのような弊害が起きるかわかりません」
「強制ストップのスイッチくらいつけとけ」
「もちろんあることにはあるのですが」
「どこだどのボタンだ」
「そうやって、彼らの行動を批判することしかしないんだよね。ああ、わかっていたさ。だからこそ、あの世界はすばらしいんだ」
"彼ら"はnonameの意見を聞こうともしなかった。まるで、はじめから存在していないかのように。井上が表現する、あのくそったれな家族と同じように。
家族のことは思い出したくない。nonameは首をふるう。
意識がRIAの世界とつながっていく感触を覚える。
RIAはnonameの世界だ。nonameが作った。
自然と調和の国シナイル。政治と科学の国オリアス。二つの国は長年対立してきたという歴史を与える。
流浪を重ねてきたススキの民のたった一つの安住の地。大昔、太陽国と月国の二つの国に分かれていた時代、中立の立場をとることを選んだ特異な民族。
呪われた町リジャー。万年雪に囲まれたサ・アフロク。後にオリアスの国を立ち上げる一族の出生の地である機械国カイゴ。
それぞれの立国者は幼なじみの友人同士だった。
地図を自分で引き、土地を分割させた。12色色鉛筆で縁を丁寧に囲み、印字シールで地名を貼った。RIAの世界。
nonameの頭の中にある世界。
BOOKの感動を体言した世界。
nonameにしかできないことだった。その意味ではnonameは特別な人間だった。
あのBOOKでとどまることを選んだエリートの社会的に"選ばれた子供たち"よりも遙かに、まるで空を越えるように、nonameは選ばれていた。
誰から?
蝋燭から?
ソフトとして有効だと認められたその時に。
さあ、もう一度、RIAの世界に!
nonameはRIAの世界にたどり着いた時、世界の異変を知る。
nonameのたどり着いた場所はなにもない真っ白な世界だったのだ。
こんなプログラムを設定した覚えなんてない。