RIAβ2
4
「ここは白紙の世界。君が望むならば、世界はなんでも君を受け入れる。何を思い描くも自由だ。火、水、風。それらはあたかも魔法のように、この世界に形をなして現れる」
目次は三つの指を振りかざし、それぞれ、火、水、風を出現させて見せた。その火はCGでみるような炎で、その水は私の下半身に向かって川として流れ、その風は緑色の光を伴い私の頬をなでた。
確かに魔法みたいだ。
けれども、その"魔法"とおまえが呼ぶものもすべて偽物だ。
「うむ。君は疑っておる。疑っておる、と顔にでている」
目次は自分の手を鏡に変え、私の前に出した。私の額に「疑っておる」という文字が浮かんでいた。
「これぞ本当の手鏡」
私は額を指でなぞると、へんてこなその文字を消してやった。
「からかうのは止めてほしい。仕組みは理解できた。だから早く彼の居場所を教えて下さい」
「お嬢さん。急いてはいけない。ここは創造の世界。時は閑暇、閑暇は創造。チュートリアルはゆっくりと進むべきものだ」
「なんども言うけれど、私はこの世界に興味はない。私は彼を連れ戻しにきた。彼に会うだけでいい」
私は目次に訴える。目次はクルクルと頭の先についた太い蝋燭を回している。
もちろん、彼に会うだけで何かが変わる保証というものはない。10年ほど私と彼との間に直接的な会話らしい会話はなかったのだから。彼は私を拒むかもしれない。
「そうはいかないのがこの世界のルールなんだ。"ゲームではルールがすべてだろ?" 君たちプレイヤーは敷かれたルートの上を沿って歩くしかない。特例というものは何らかのイベントを達成したときにしか現れないのさ。もしも、君が彼に会いたいというのならば、まずはフラグをたてるべきだね」
目次は"白紙の世界"に一人で座っていた。
かわいげのないマスコットキャラのようなやつだ。
頭は白いボール、体にポンチョを羽織り、鳥の黒い足を交差する。三つしかない大きな指。ポニーテイルのように頭の先から太い蝋燭を垂らし、紙縒に灯す火からは秒数ごとに溶けた蝋が垂れ落ちている。
いいわ。これじゃあ、埒があかないから。あなたの言う"RIA"の世界とやらに、私もつきあってあげようじゃないか。けれども、あなたたちは私を欺くことはできない。私の目前にどのような景色を映し出したところで、私はあなたたちの"魔法"と呼ぶ、薄汚いフェイクを見破ってやる。
目次。あなたは選ぶべきプレイヤーを間違った。
"偽物に、いくら偽物を見せつけたところで、それは単なる子供劇なのよ"
「さすれば、汝を世界に導こうぞ。目次の名の下に、ここに契約を誓う。時と場所の魔術師目次がミコトを"いきすぎた国"に送り届ける。オン・バラダ・ハン・ド・メイ・ウン」
目次が怪しげな呪文を唱える。
その声は朝露のように澄み渡り、よく通る。
目次の声には時折、人間臭い淀みと語調が混じることがある。
普段は抑揚を欠いて単調な、機械的な声なのに。
まるで、そのセリフの一節だけが、生の人間が喋っているかのようだ。
私の足下に黒い円が浮かび上がる。
円の縁は昆虫のように少しずつ回転している。円の中に煉瓦石の風景がならんだ。
「一つ飛び出ている煉瓦を踏むがいい。それが入り口の合図なのだ」
「これから先も、別の世界に行くときには、こういう煉瓦を探せばいいのね?」
「いや、それは違う。飛び出た煉瓦は無数にある扉の、一つの形でしかない。これからおまえが行く場所の、発想の記録として煉瓦を便宜的に使わせてもらっているにすぎないのだ。限りなく現実的な君に最後に一つ言葉を贈ろう」
何?
私は尋ねる。
目次は答える。
例の、"本物の声"を使って。
「扉はどこにでもある。みようとするものには、必ず啓示が訪れる。誰でもな」
「わかったわ。注意する」
目次が何のことについて語っているのか、私はまるでわからなかった。それでも彼が何か重大な秘密のようなものを語っているだろうと言うことは推測することができた。
みようとするものに啓示は訪れる。私はこの言葉を記憶の中に書き留めて、目をつむる。大事なことを記憶するときの私なりの儀式だ。
「よい旅を」
白紙の世界から私は異世界に飛ばされる。