RIAα2
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「成功したぜ」
nonameは自慢げに語った。
「連中、実用不可能な機械には無頓着と見える」
だとしても、下手をすれば人の意識さえも取り込んでしまうBOOKをそうやすやすと保管しているはずはないのだが。
やっぱりお前はイカしてるよ。
「こいつに俺のソフトを組み合わせることができたなら、俺はもう一度RIAにいくことが出来る。俺が作った世界。俺の世界」
「応援するよ」
「本当は井上にも来てもらいたかったんだが、あいにく定員は一人だ。専用のチューナーが足りないんだ」
「お前の作った世界だ。お前がいかなくてどうする? 俺は後でかまわないさ」
「ああ、非常に心苦しいのだが、俺はもう一つの計画を考えている」
「もう一つの計画?」
「お前に教えることは出来ないんだ。そしてこれは実験であり、挑戦であり、俺の夢だ」
「いったろ。夢という言葉に俺は弱い」
nonameが意識を失ったのは三日後だった。
BOOKが失われていることに気づいたのが一日後。
捜査が行われたのがまた一日後。
nonameに行き着いたのがまた一日後だったことを考慮しても、nonameの計画は無謀かつ周到だったと言わざるを得ない。
逃げ込まれたか。
捜査員の悔しがる顔を見て、俺はほくそ笑んだものさ。
だろ? 哀れなあいつをそっとしておいてやってくれよ。あいつは最高にイカした男なんだからさ。
nonameが名を捨てたのはいつの日だっただろう。
「俺は名を捨てた」
閉口一番に彼は俺にいった。
「まだ誰にもいってない。お前が初めてだ」
「名を捨てたことを報告する義務はない。むしろ、報告したところで、俺ははいそれとお前の名前を忘れることは出来ない」
「そこをなんとか」
「名を捨てるのにお願いするくらいなら、別の名で有名になるんだな」
「別の名を手に入れるのなら、俺は名を捨てるいみがないじゃないか」
「本当にお前は最高だな」
nonameはそのようにして、まるで大学を退学したと言わんばかりに、名を捨ててしまった。もちろん、だからといって深く刻まれた戸籍を消すことは出来ないのだが、名がないことを名乗るくらいのことなら誰にでも出来た。
俺はnonameの家族を知っている。
奴はそのくそったれな家族の元で多くの時間をすごし、同時進行として彼は傷つけられ、損なわれてきた。今更やつの家族がどれくらいくそったれだったかを話したところで意味はない。くそったれはくそったれでしかないのだから。
確かなことは、nonameがあの家族の元にいることで、多くの時間を無駄にしてきたということ、そして、本人自ら名を捨てたがっているという意志だけだ。
本当に、真実大事なコトって言うのはこれだけを理解しておけばいいという部分があって、それさえ、知っていれば後はどうにでもうまくなるものだ。よけいな情報をあれこれ並べ立てるからこそ、問題は複雑化して、どうにもならない局面へと押しやられるものなのだ。
俺とnonameはその部分を見抜く力に長けていたし、奴の家族はその力に欠けていた。
「いいかい? 井上? 大事なことは一つしかない。やるかやらないか。これにつきる」
奴は俺に向かい、ご高説そうによく語ってくれた。
奴のそういう青臭いところが俺は好きだった。
「一つの話をしよう」
nonameは物語るのが昔からうまかった。
「一つの海がある。男はその海を泳ぐ。女は泳がない。突然の波で男がおぼれてしまう。女がそれを助けようと泳ぎにいって、同じようにおぼれてしまう。男の家族は女の家族にいった。なぜ、はじめから一緒に泳いでくれなかったんだって。そうすれば息子はおぼれても助かっただろうって。女の家族もいう。勝手におぼれたのはおたくの息子です。私どもの娘はそれにまきこまれたにすぎません。むしろ、私たちのほうこそ被害者です。答えはすべてnoだ。確かなことは大波の中に男が泳いだこと。女も泳いだこと。それがすべてだ。結果どうなろうと、それは大した問題ではない。この話のポイントはやったかやってないかってことなんだ。どんな感情があろうと泳いだのは二人で、どんな順番であっても泳いだのは二人だ」
「なあ、おまえの考え方は俺にも分かる。でも、現実世界ではそれで話がうまくいくもんじゃない」
「だから息子の家族はお金を払うべきなんだ。やるかやらないか。もしもその問題を解決したければな」
ホントおまえは最高だぜ。もしもおまえがRIAにいっても、俺はこういえばいい。
やったのはあいつだ。俺がなにを言ったところでもう、その事実は変えられません。いくまえに私は確かに止めてみるべきでした。しかしながら、そんなことは重要ではありません。
彼は行ってしまった。それはどう転んだところで、間違えようのない事実であり、過去なのです。
やったか、やっていないか。
物事はそれにつきる。
確かにその考え方は理解できる。