名を呼ぶことも憚られる君。
朝起きたときに思いついたお話なんですが……なんだこれ?
朝は苦手だ。
だんだんと肌寒くなり冬に近づく朝は、特に苦手だ。
それでも何とか起きて辺りを見回すと、朝の喧騒がひと段落ついた後の薄暗く寂しい空間がそこにはあった。
―――――今日も朝、君と逢うことはかなわなかった。
そうして僕はまた惰眠を貪る。
時折、芳香剤の、規則正しく自動でまかれる音が部屋に響き渡る。
小腹が空いたのでもそもそとキッチンに来てみれば、彼女はお弁当を用意してくれていた。
なんて気の利く彼女なんだろう。
とても働き者でもある彼女が忙しい中、どんな顔をしてこのお弁当を用意してくれたんだろうと想像すると僕の胸は高鳴った。
胸もいっぱい、お腹もいっぱいになって、僕はまた惰眠を貪る。
彼女はいったいいつごろ帰ってくるのだろう。
うとうととしながら彼女のことを想う。
たまには掃除でもしてあげようか。
そう考えるといてもたってもいられず、僕は起き上がって動き出す。
掃除が行き届きにくい角を重点的にチェックしていくけれど、清潔好きな彼女のこと、埃ひとつ落ちていない。
机の上だって綺麗なもので、だらしなく雑誌や新聞が広がっていることもない。
彼女は働き者で清潔好き。
それがとてもよくわかる部屋だった。
結局僕が掃除することなど何一つなく、部屋を一通り見終わると少しばかり疲れてしまって、また惰眠を貪った。
「ただいま」
彼女が帰ってきた。
ここでお出迎えとしゃれこみたいところだけれど、たまにはちょっと悪戯をしようと僕は陰に隠れてみた。
彼女は全く気付かずに部屋の中までやってきた。
ぱちんと照明をつける音がしたと同時に薄暗い部屋の中を煌々と照らし出す。
すると彼女は僕を簡単に見つけて大げさに驚いた。
「―――――ごっ!」
ご?
慌てて彼女はどこかに行ってしまったけれど、彼女を慌てさせるようなことを僕はした覚えがない。
彼女にお礼を言うつもりで、彼女を驚かせようとして隠れて待っていたというのに、彼女はそれどころじゃなくなって、どこかに行ってしまった。
いつもよりも遅くに帰ってきたから「ごめんなさい」って謝るつもりだったのかな。
僕はしばらく待ってみた。
彼女は慌てて部屋から出ていったのを恥ずかしく思ったのか、そろりそろりと部屋に戻ってきて僕の前までやってきた。
口元にはハンカチ、手には芳香剤が握られている。
―――――ああ、なんだ。僕がお風呂に入っていないから、汗くさい臭いがしていたんだね。
だからといって僕に直接芳香剤を向けるのって酷くない?
僕は腹が立って、彼女の思い通りにされてたまるもんかと逃げ出すことにした。
背後からシューと芳香剤を僕にかける音がする。
負けるもんかと、僕は逃げる。
背後からシューと芳香剤をかける音がする。
僕が隠れるのにちょうどよい隙間を見つけた。
背後からシューと芳香剤をまかれる音がする。
……あれ? なんだか体に力が入らない。
背後からシュー……と……、
最後に見えたのは、彼女のほっとした顔だった。