閑話1
出そう出そうと思いつつ、登場の遅れている人物です。
本編での出番はまだ先になりますが……
机の上に山となった書類の確認に一区切りをつける。あくまで区切りをつけただけであり、終わったわけではないのが残念なところだ。
「今日はここまでにしましょう。明日も同じ時間から始めますのでよろしくお願いします」
私の作業がひと段落したのに気が付いた壮年のエルフが、今日の業務の終了を告げる。この机で仕事をするようになってもうすぐ1年がたつ為か、ようやくこのエルフとの仕事のリズムがかみ合うようになってきた。
「この調子なら、あと一月もすれば落ち着くでしょうか?」
「そうですね……新しい問題が起こらなければ、といったところでしょうか」
それでは意味がないのだが、だからと言って反論することではない。問題が無くならないからこそ、自分のような存在が必要なのだから。
「学院で青春を過ごすなんて、夢のまた夢ってことですか」
「ユーリ様には申し訳ないとは思いますが……難しいですね」
そこで『無理』と言わないあたり彼なりに色々調整をしたりしているのだろうが、人がいないのだけはどうしようもないことだ。
「無い物ねだりをしていてもしょうがないですね、それより例の件はどうなっていますか?」
「……まだ確信の持てる情報ではありませんが、現状では王国始まって以来前代未聞の大問題ですね」
……ひょっとして違う話をしているのでしょうか?数日前に聞いた話では、アーヴァンクライト家に身元不明者が転がり込んだといった話だったと思ったのですが?
「えっと、例の身元不明者の調査の話ですよね?確かにあの屋敷に侵入できるほどの技術を持つ者の身元がすぐにわからなかったのは問題でしょうが、前代未聞と言うほどではないでしょう?」
この国でも戸籍の管理はしているが、どうしたってそこから漏れる人はいるものだ。できればすべてを把握したいが、行き過ぎた管理は反発を呼ぶ以上どうしてもゆるくしなければならない部分も出て来る。そういったものの総称が闇ギルドと巷では言われているようだが……
「いえ、全く出てこないのですよ。どれほど巧妙に隠したとしても出てくるはずの痕跡が、一切、欠片すらも……そして極めつけは、言質まではとれていませんからあくまで推測になりますが『隠れ里』出身である、と」
「……何と言いますか……一体いつの都市伝説かと問いただしたくなりますね……」
確かにこの手の話はいつになってもなくなることは無い。神王の縁者が来るべき時に備えて世界のどこかで力を蓄えている、と言うものだ。だがそれなりの人数の人が生活するには相応の土地がいる。そしてそれに気が付かないほど王国は愚鈍ではない以上、『隠れ里』はあり得ない事なのだ。
「ですが絶対ではありません。もし神王の力を継ぐ者がいるなら、今の私達では太刀打ちできないでしょうしね」
もしそうならば初代によって創られた今の世界は滅ぶほかないだろう。残念ながら、今の王族では初代の足元にも及ばないのだから。
「まあ、彼らがどれほどの力を保っているかにもよりますがね」
「確立としては五分ですか……あなたの力が及ばないほど強いのか、あなたの探査に引っかからないほど弱いのか」
ユーリも気づいている。目の前のエルフですら感知できないほど精密な転移魔法を使う相手である以上、圧倒的格下である可能性はない。
「今のところ敵対行為は見られていないとのことですが、この少年が今後のカギになるのは間違いないでしょう」
魔法によって描かれた写真にはまだ十代であるだろう少年の寝顔が写っているが、願望も混ざっているためか戦争を望むような子には見えない。
「下手に動いて印象を悪くすることだけは避けて、情報収集に努めてください。最終的にはこちらから出向く……いえ、それだと軽く見られる可能性がありますか?やっぱり呼び出すべきでしょうか……」
性格や思想を調査してある程度印象を操作すべきか、等とそこから順番にとても言葉にすべきではない手も考えてから調査待ちだと結論付ける。
「そこでなのですが、一つ提案があります」
そこであげられた提案は採用され、ユーリの黒い計画が世に出ることは無くなった。
………………
…………
……
「さて、これで何とかなるでしょう」
ユーリにした提案が実行されるのは最低でも一月後となるが、必要な準備も多々ある為そこまで時間があるわけでもない。今後の予定を改めて見直す必要があるというのは億劫だが、仕方なないことであると割り切る。
「しかし……本当に何者なんですか?」
一人になり、改めて今回の『異常』について考える。ユーリには絶対などないといったが、『隠れ里』についてはあり得ないのだ。
「そういった連中はすべて潰しましたからねぇ……ごく一部にしたって、今となっては国の一部となっていますし」
800年前に今後の禍根を残すべきではないと判断し、初代が国を興すのを横目にしらみつぶしにしたのだ。今と違い全盛期の自分が見逃したなんてことはあり得ないと断言できる。投降したものについては初代が内密に国に取り込んだので、今となっては子孫を特定するのにも10年単位の時間が必要となるだろう。
「ここまで大事になると旧知に連絡しないわけにもいきませんね」
初代が、いや主がこの世を去って以降疎遠になってはいるが、それでもかつての同志であった以上かつての『敵』がまだ残っている可能性を伝えないわけにはいかない。とは言え、まったく別物であるという確信もあるのだが……
「連絡をすれば文句を言われるでしょうが、しなければ怒られますしね」
かつての同志といっても、『自分』と『彼等』は存在そのものが違うといっていい。あくまで同じ主を慕う同志であり、仲間であったことは無かったのだ。
「それでも私はクリストファー・レイ・シグルドです。主より授かったこの名に懸けて、この地に降り注ぐ禍のすべてを、たとえどんな手を使ったとしても防ぎきって見せます」
現在王国最強の魔法使いの誓いは、誰の耳に止まることなく夜の闇に溶けて行った。




