第五話 再会
ある日の学校からの帰り道、柚葉は背中にねっとりとした何者からかの視線を感じた。
すぐに振り向くも誰もいない。振り返った瞬間にその気配は霧散した。
魔法少女ならば普通は結界を張ったうえで近づいてくるのだが、そうしないということは魔法少女ではないのだろうと柚葉は予想した。
しかしその予想は外れていた。
背中を重く激しい痛みが襲い、華奢な少女の背中は真っ二つに裂かれた。制服ごと裂かれた割れ目からは鮮血が吹き出し周囲を真っ赤に染め上げた。その出血量は恐らく致死量に達しているだろう。それ以前に常人ならば余りにも激しい痛みのショックに絶命をしていてもおかしくはない。
通常の人間が魔法少女を傷つけることは出来ない。逆もまた然りである。
つまり、今柚葉を攻撃してきた人物は魔法少女であるという結論に達する。それは当然の結論である。
では何故この襲撃者は魔法少女へ変身をせずに生身の肉体で柚葉を襲ってきたのだろうか。
魔法少女は元々は普通の少女である。変身をしなければ身体能力強化の魔法も使えない。結界の外での魔法少女の身体能力は本人の外見のそれと等しいのである。
その痛みから柚葉はある重要なことを思い出した。
これは柚葉が『死んだ』時と似た感触であった。
徐々に薄れていく意識の中、目に飛び込んできたのは赤いパーカーを身に着けた自分と同い年ぐらいの少女だった。
完全に意識が途切れる直前の柚葉の瞳にはパーカーを着た少女のひどく冷徹な乾いた笑みが映った。
そして柚葉の意識は闇へと消えた。
目を開くと背中の傷は完全に塞がっていた。
意識が戻ると同時に柚葉は結界を張り、魔法少女の状態へと移行した。
空には黒い幕がかかり、柚葉も例の如くフリルの多く付いた可愛らしい衣装を身に纏っている。
幼さと女性らしさの混じり合った柔らかそうな両手に、ファンシーな衣装に似合うとはどうしても言えない無骨なハンドガンが光とともに現れた。その二丁の凶器を構え、精神を集中させる。
意識を失った直後に魔法少女は復活するため、先程の襲撃者はそう遠くには逃げられないはずであると柚葉は考えた。
全神経を索敵に集中させる。街路樹の葉を風が揺らす。今感じられるのは自然の動きのみ。
絶対に近くにいるはずであるが全くもって彼女の位置を当てることが出来ない。
神経が摩耗し、体力が削り取られていく。
意識の集中が途切れたその時、少女の頬には鉈の刃が宛がわれていた。
「……⁉」
「やあ。君が大友柚葉だね?」
耳に謎の少女の吐息がかかる。大人びてしっとりとした声は華奢で小柄な外見に似つかわしくなく、妙な色気を帯びていた。
「あなたは……誰ですか?」
「私? 吉良四葉。あなたを殺した犯人よ」
柚葉の体に刻まれていた記憶は正しかった。彼女の体は鉈で切られる感触を憶えていたのだ。
柚葉はバックステップで咄嗟に四葉から距離をとった。
鉈の攻撃範囲から獲物が外れてしまったが、四葉は柚葉との距離を詰めずにただ狂気を孕んだ笑み浮かべて立っているだけだった。
目の前のフードの付いた赤い魔法少女衣を身に纏う少女から漂う嫌な感じを、この一か月で何度か柚葉は経験していた。
それは人を殺すことを快楽としている者から漂う空気である。
風が止み、一瞬の静寂が訪れた。
四葉は地面を蹴り、柚葉との距離を一瞬にして零とした。
対する柚葉も分が悪いと感じ、得物をハンドガンから青竜刀へと変化させた。
四葉の鉈が振り下ろされ、柚葉はなんとか刀でその打撃を受け止めようとした。
しかし、二人の膂力には魔法少女の状態でもかなりの差があった。
衝撃を受け止めきれないことを覚った柚葉はバックステップで間合いを取ろうと右脚に力を込めた。
だが襲撃者の振り下ろした鉈は柚葉の右脚に浅い切れ込みをいれた。
柚葉は力の差を再び身体をもって感じた。
戦いが長引けば長引く程、疲労により力の差はより明白になってゆく。
はっきり言ってしまえば、この時点で柚葉に勝ち目は無い。
魔法少女歴では柚葉の方が先輩ではあるが、経験した戦闘の数では四葉の方が圧倒的に勝っていた。その差は歴然である。
右脚の傷から血が滲み出し、柚葉の白いニーハイソックスを鮮血で真っ赤に染める。
柚葉も自分は勝てないことに気付いてはいるが、目の前の少女から伝わる殺気に足が竦んで逃げるための一歩を踏み出すことが出来ない。
獲物が動けないことを理解し鉈を振りかぶったその瞬間、四葉のこめかみには穴が開かれ河に映った夕日が顔を覗かせた。
柚葉の目の前にあるのは赤い魔法少女の死体だった。
四葉の体が強い光に包まれた。
その瞬間を柚葉は見逃さなかった。全身の緊張が解け自由になった足を動かし襲撃者から一〇メートルほど距離をとった。
四葉の身体は直ぐに再生した。穿たれた頭部も無傷である。
普段は黒目がちで円みを帯びたかわいらしい四葉の両目からは今までとは違う感情——怒りが見て取れた。
柚葉はこれほどまで怒りの感情を顕わにされた表情を見たことが無かった。
細められた四葉の眼に映っているのはピンク色の魔法少女ではない。
ハンドガンを構えた青色の魔法少女が立っていた。