第二話 初日
柚葉には訳が分からなかった。
何故自分が『魔法少女』に? 何故自分は殺し殺される世界に?
とにかく問いたいことが山ほどあった。
「朱音さん」
「なあに?」
「何故、私達は『魔法少女』になってしまったんですか?」
その質問を聞き、朱音は軽く目を瞑った。
「分からないわ」
ゆっくりと首を横に振る。
「でもね、それを知ってる者は確かにいる」
「誰……ですか」
柚葉は焦っていた。理由は自分にも分からない。ただただ答えを欲していた。
「『魔法の権化』よ」
「『魔法の権化』?」
無論、柚葉はそんな名前など知らない。
だが重々しく口を開いた朱音の様子から、並々ならぬものが感じられた。
「魔法の権化は魔法少女の全てを知っている。だって、彼女が――――」
「魔法少女を作った」
本能が伝えていた。あの声は『魔法の権化』のそれだと。
「正解。彼女――魔法の権化こそが全てを知っている。そして、彼女はこう言ったの。『全てを知りたければ私を倒せ』ってね」
「秘密を知りたければ私を倒せ」。まるで少年漫画のようだ、と柚葉はふと思った。
「あの……私、知りたいです。『魔法少女』が何かを」
「それは私も」
朱音は柚葉に微笑んだ。
「私に戦い方を教えて下さい」
「分かったわ。どうせ梓みたいな襲ってくる魔法少女もたくさんいるし、戦わなくちゃやっていけないもんね」
柚葉の手をとり固く握手をした。
「では、改めて。私の名前は秋坂朱音。よろしく」
「は、はい。大友柚葉です。こ、こちらこそよろしくお願いします」
◇ ◇
魔法少女について少し話をしよう。
「魔法少女」といっても彼女達が使える魔法は限られている。
結界・身体強化・武器召喚 の三つだ。
まず結界についてだ。
魔法少女は結界内でしかその他の魔法が使えない。もちろん不老不死は結界外でも有効だ。
次に身体強化だ。
魔法少女はこの魔法で常人では考えられないような身体能力を手にしている。この魔法は結界内では永続的に発動されている。
そして武器召喚。
魔法少女は各々が一つか二つの固有の武器を持っている。それらは所有者しか扱えなく、魔法少女たちの相棒となる。所持武器はかえようと思えば、多大な努力をようして替えることが出来る。長く生きる魔法少女たちの中には、時代の変化とともに武器を替える者も多くいる。
魔法少女はこれら三つの魔法を駆使し、殺し合いを行う。
ある者はこの世の醜い物を見続け世界に絶望し、死ぬために。
ある者は元の人間としての生活を手に入れるために。
またある者は純粋に戦いたいがために。
そしてまた、
空が鈍色に染まる。
◇ ◇
自分は市ヶ谷梓に殺され魔法少女になった。柚葉の人生はこの日を境に大きく変わった。人ではなくなったため、もう『人生』ではないのかもしれないが。
下校中だった柚葉は取り敢えず自宅へと歩みを進めた。
家の玄関の扉を開け、「ただいま」と言う。リビングの方から母親の返事が返ってきた。
それは、いつも通りの感覚であった。
手洗いうがいを済ませ、二階にある自室に入る。
制服から部屋着に着替えを済ませた。
頭部から真っ二つにされたはずなのに、幼く華奢な身体には傷一つなかった。
ベットに仰向けに寝ころび、天井をじっと見つめた。
一体この先どうなるのだろうか、柚葉には皆目見当がつかなかった。
自分が死んだこと、そして自分が魔法少女になってしまったこと、全てが嘘であって欲しいと思うのであったが、これらが現実であるということを彼女の直感は告げていた。
一階から柚葉を呼ぶ母の声が聞こえて来た。夕食の時間だ。
夕食を食べた後、柚葉はリビングでテレビを観、風呂に入り、歯磨きをしてから寝た。
色々と非日常的なことがあったからなのであろう、いつも以上に規則正しく、ルーチンワークをこなすように日常の動作をこなし、眠りについた。
深夜二時、およそ丑三つ時の頃、柚葉は尿意に目を覚ました。
トイレを済ませ自室に戻ると、自分の今置かれている状況のことが頭をよぎった。
こうしていつもと変わらない日常を自分は過ごしている。本当に自分は不老不死の魔法少女になってしまったのだろうか。
平穏が壊れる不安が胸から込み上げ、柚葉の小さな体を這いずり回った。
その場にとどまることができない。全身に冷や汗をかいている。頭の中で回路が上手く繋がっていないような感じがする。
何かをしなければならない。何かをしたい。しかし、その『何か』が分からない。
ただひたすら不安に駆られていた。
それは、十二歳の少女には重すぎる運命であった。
直感が自分は人間ではなくなったと言っているのだが、心では認めようとはしていなかった。
机の上に置いてある可愛らしいキャラクターの描かれたペン立てが、混乱して狭まった視界に入った。
その中には持ち手の黒い鋏があった。周りのカラフルなその他の文具の中で実用性に特化したその鋏はファンシーな場に馴染んではいなかった。
自分が本当に死なないのか試してみればいい。そう柚葉は思ってしまった。
自然と鋏に手が伸びる。
ペン立てから抜き出した鋏は冷たい質感だった。
深夜、部屋の照明の光だけを浴びて光る刃に自分の顔が映った。
手首に刃を当てる。
手の真下、机の上に置いてあった携帯電話からメールの着信音が鳴った。
「ッ! え……何?」
その音に驚き、柚葉は我に返った。
自分が今しようとしていたことをやっと理解した柚葉の目からは涙が出ていた。
止まらない涙で視界がぼやけるが、なんとか携帯の画面に表示される文字はは読めた。
そのメールは秋坂朱音からの物だった。
どうやら今日の午後に話したいことがあるらしい。
朱音からのメールには、他にもいろいろなことが書かれていた。例えば、朱音は魔法少女としての経歴はそこまで長くないということや、彼女も現在同じ中学校に通っており、同じ学年ではあるが隣のクラスであるということなどであった。
メールを読み終えて一息ついた柚葉の体をどっと疲労感が襲った。
緊張感や不安で柚葉の体力は削り取られていた。
直ぐに睡魔が柚葉を襲い、そのまま眠りについた。
◇ ◇
翌日、柚葉は朱音と一緒に下校していた。
「あの……朱音さん。お話って何ですか?」
「さん付けはやめて欲しいな。敬語も禁止ね。同い年なんだし」
実年齢は柚葉と同じらしいが、かなり大人びている。魔法少女になったら老化は止まるので外見の年齢は柚葉よりも下なのだろう。
柚葉は十二歳にしては幼い顔つきと背丈なので、周りから見れば朱音の方が年上に見える。
「じゃあ、朱音ちゃん?」
「よくできましたー」
わしゃわしゃと柚葉の頭を撫でた。
「ああ、話ね。これから行く場所に――――」
朱音が言いかけた時、闇が二人を覆い尽くした。
「結界ね……」
柚葉は自分の服装が制服から昨日見た魔法少女の衣装に変わっていることに気づいた。朱音も青色の衣装を身に纏っている。
「さあ、出て来なさい!」
朱音が叫ぶと一人の魔法少女が姿を現した。
「あらあら。二人もいたんですかぁ~。折角なんで二人とも殺っちゃいますねぇ~」
ファンシーな柚葉の衣装とは反対に黒を基調としたシックな魔法少女服。同じ黒でも梓のものほど装飾が多くないので落ち着いた雰囲気を出している。
「臨むところよ。柚葉、よく見ててね」
朱音が微笑んだ。
「これが、魔法少女の闘いよ」
久々の投稿になりました。