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第一話 魔法少女は突然現れる

 それは、あまりに突然のことだった。

 

 極普通の中学一年生の少女、大友(おおとも)柚葉(ゆずは)は学校からの帰り道を一人で歩いていた。

 そこは、どの町にでもあるような何の変哲もない住宅街。

 五月初旬、少しずつ夏へ近付きつつあったが、その日は何故か少し肌寒かった。

 空気が湿っている。

雨でも降りそうだ。

 柚葉は学校指定鞄に折り畳み傘を入れていたので、急な雨に対する心配はしていない。

 その時柚葉は友人から聞いたとある都市伝説について考えていた。それは、ありふれた、どこにでもあるようなものであった。

 しかし彼女にとってそのありふれた話はおもしろいものであった。もっと言えば、そうして友達と一緒にいるその日常が楽しいのだろう。

 だが、その日常こそが楽しいのだ、とは今の彼女には分からない。失ってから初めてその大切さに気付くのだろう。

 そう、失ってから。

 その時はすぐにやって来た。




 その日、大友柚葉は死んだ。




 後ろから何者かに鉈を振り下ろされた。

 刀身そのものの重さで鉈が体にすっと入る。

 その刃は彼女の体を頭から真っ二つに切断した。

 即死だった。



 空は鈍色に染まっていた。




     ◇           ◇



『生きたいか?』

 脳に直接響いてくるような声だった。

 それは幼い少女のように甘くあったが、凛とした雰囲気も同時に携えていた。変な威圧感があった。

 辺りには何もない。ただ闇が続いている。

 勿論、声の主の姿など見えやしない。

「え……?」

『もう一度問う。生きたいか?』

 『生きたいか?』。答えはもう決まっていた。恐らくこの質問には嘘がつけないのだろう。本能がそう言っている。

 心のどこかでそう思えるような声だった。

「うん。生きたい」

『ならば、お前を生き返らせてやろう。その代わり、お前には――――』

 もともと静かだったその空間に、更なる静寂と緊張が生じる。

 沈黙。

 声の主はそのまま続けて言い放った。

『魔法少女をやってもらう』




     ◇           ◇ 



 

 柚葉が目覚めた場所は、自宅近くの公園のベンチの上だった。

 確かに彼女は覚えていた。あの不思議な声と、交わされた契約、そして――――


 自分が殺されたことを。


「え……夢?」

 彼女のまだ着慣れていない制服は全くの無傷。

 さっきのは何だったのだろうかと何となく思っていると、遥か遠くから黒い影が並々ならぬ勢いで空、いや、空間を覆いつくしていく。

 数百メートル先にあっただろう闇は、二秒もたたないうちに柚葉のいる公園を覆い尽くした。

 だがその空間の内部にあるだろうと思っていた闇は広がっていない。頭上に広がるのは鉛色の空。空間の外の空よりもさらに濃い。

 そして彼女は自分の服装の変化に気付いた。

 まだ幼い少女の体を包んでいたのは、彼女が通う中学校の画一的な制服ではなく、レースやフリルがふんだんに使われた、ピンク色を基調とする非常に独創的な服。

 それは魔法少女が着るにふさわしい代物だった。

 謎の声を思い出す。『魔法少女をやってもらう』。

「ああ、そういうことか……。って、ええ!?」

 柚葉は改めて己が身に何が起こっているのかを知った。

「まさかね……あはは」

 ある日突然魔法少女になるなど、そんな馬鹿な話があってたまるか

 受け入れがたい現実を夢だと自己解決しようとしていると、先程闇が向かってきた方向から同年代であろう少女の声が聞こえてきた。

「お! ラッキー。あいつ、新人魔法少女じゃないか? とっとと殺しちゃおっと」

 そんな物騒な台詞が闇が迫ってきた方角から聞こえてきた。

 普段抜けているところが多いと友人に言われることが多い柚葉だが、『新人魔法少女』が自分を指していることが分からない程鈍くはなかった。

「嘘……また、殺されるの?」

 柚葉のまだ幼い顔が真っ青になる。身体が震え、歯がガチガチと音をたてる。

 そこに感じたのは絶対的な死の恐怖。

 

 死。

 

 柚葉は一度経験していた。

 だからこそ分かるのだ。

 その経験は彼女の心の奥底に決して消えない記憶を刻み込んだ。

「嫌……だ。死にたく、ない……。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死に、たく、な、い……」

「死ねええええええぇぇぇぇぇぇぇぇェェェっっっっッ!!」

 先程物騒なことを言っていたと思われる少女が目前まで迫っていた。

 手には巨大な鎌。

 それは柚葉が読んだことのある小説や漫画の中で死神が持つそれと同じものであった。

 だが、そこには違和感があった。

 まず、その鎌はひたすら実用性を極めたものだった。装飾などの類は全く見られない。『実用性』と言っても、鎌本来の使用方法ではない。この少女の雰囲気に合った使い方――――人を殺す、という使用方法だ。

 そして、少女の服装。

 その姿はまさに――――


 『魔法少女』

 

 一見すれば制服に見えなくもないが、それにしては装飾が多い。

 服装の派手さが彼女の持つ大鎌の無骨さと対比され、得体の知れない気持ち悪さを覚える。

「死にたく、ない。死ぬの、私? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」

 鎌が目の前で振り上げられた。


「あぁん? 誰よ、あんた。何邪魔してんの、よ?」

 自分の肉が切り裂かれる音は聞こえなかった。

 柚葉の目の前にはこれまた『魔法少女』のような服装に身を包んだ人物が立っていた。色は青色基調としている。デザインは柚葉や鎌を持つ少女よりはシンプルだ。

「新人相手に虐殺とは感心しないわね」

 青色の服を着た少女は鎌を持った少女の腕を掴んでそう言った。

「はぁ? あんた、誰よ?」

「他人の名前訊く時は自分から名乗るってのがマナーじゃないかしら?」

「しかたがねえな。いいよ。アタシの名前は市ヶ谷(いちがや)(あずさ)。『死神』って呼ばれてる。で、あんたは?」

秋坂(あきさか)朱音(あかね)

「あきさか あかね……。秋坂朱音……!? あの秋坂朱音か?」

 梓は明らかに狼狽していた。身体が震えている。

「あなたがどの『秋坂朱音』のことを言ってるのか分からないけど、その様子から判断すると、その『秋坂朱音』ね」

「ちっ。仕方ないな。一旦逃げるぜ」

 梓は大鎌を引き、消えるようにその場を去っていった。

「何……今の?」

 先程までの状況を理解することが出来なかった柚葉は、呆然としてその場にへたりこんだ。

「ああ……あなた、えっと……」

「大友柚葉です」

「柚葉は本当に新人魔法少女なのね……」

「そうらしいです。えっと朱音さん、『魔法少女』って何なんですか?」

「『魔法少女』ねぇ。簡単に言えば、『世界から乖離した存在』ってところね」

「『世界から乖離した存在』?」

 柚葉にとって理解するには難しすぎる言葉だった。

「あ……。ごめん。魔法少女って言うのはね、この世界から嫌われ存在なの。つまり、世界に干渉が出来ないの。私たちはこの世界の人たちに危害を加えることが出来ない。この世界の人も魔法少女に危害を加えることができない。それに――――」

 一呼吸置き、朱音は再び言葉を紡ぎ出した。


「魔法少女は死なない」


「死な……ない。でも、さっきの人は私に『死ね』って……」

 柚葉の質問に朱音は頬を掻きながら答えた。

「そのことはちょっと話し出したら長いんだけどさ、良いかしら?」

「はい」

「詳しく言えば、生き返る、ってことね。何度死のうと蘇り続ける。私たちはそんな存在。あと、年もとらない。不老不死といったところね。でも、ずっと生きていればこの世界に絶望を感じる者も中にはいる。そう、死にたい、と。でもね、そんな者たちの願いを叶える方法がある。『魔法少女を殺す』。この世界と繋がるには『存在の力』が必要なの。でも魔法少女にはそれが足りない。あることはあるんだけど、全然足りない。そして魔法少女は殺されると自分を殺した魔法少女に持っている『存在の力』のいくらかを渡す。『存在の力』が溜まった魔法少女は世界との繋がりを取り戻し、魔法少女の力を失い普通の人間に戻れる。そうしたら、死ぬことができる。さっきの魔法少女――――梓っていったかしら? 彼女は恐らく死にたいと願う魔法少女の一人ね。だからあなたを殺そうとして存在の力を手に入れようとした」

 その時柚葉は確かに感じていた。

 自分は知ってはならない世界に足を踏み入れてしまった、と。

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