訓練 --<勇者>--
「期待してるぞ。頑張れよ」
「ギャァァぁぁぁ!!」
気軽に言って去るヴェルトめ、いつか殺してやるぅぅぅ!
あッ! でも元々殺すつもりか。じゃぁアイツがもっとも悔しがるように殺ってやるぜ!
というかヤベェよ! 逃げないと焼かれるぅぅぅぅ!
ってそのわりに意外と他のこと考える余裕があるな。なんでだ?
うーむ、何か俺の身体軽い気がするな。というよりか必死で走り始めたと思っていたのに何故か余力がかなりあるな。まだまだスピートも出るし、体力もまだまだあるぞ。
それに後ろを見てみるとまだ魔法との距離は少しあるしな。
大体、追尾してきている魔法の速度は遅いと感じられるくらいだし。
うん? なんだ思ったより余裕だな。
ワハハハハハッ!
ついに来たか! 俺、無双の時代がッ! これでヴェルトも殺れる! 殺ってやるぅ!!
どうやってやろうか。ふむふむ、あれがいいかな。いや、ああ殺ってやろうか。悩んでしまうな。うーむ。
「アチッ!?」
あれ? 何か尻が熱い。いや、まさかねと思いつつ後ろを振り返ると……やっぱり炎がそこまで来ている。うん、真後ろにあるね。近いね。熱いね。
っつーかウソ!? 何で!? さっきまではもっと余裕があったはずなのに!?
いや、っつーか速度上がってるよね?
「ゴォォォォォッ!」
しばらく後ろを観察しながら走っていると後ろの炎が音を立てて激しさを増しスピードが速くなった。
ってもしかして段々と速くなるとかじゃねーのか! チクショゥー!!
死ぬ気で逃げてやるぅぅぅ!!
……そして、ヴェルト殺してやるッ!!
「ハァハァ」
あれからずーっと逃げっぱなしだ。
その間、魔法の速度は徐々に上がって、今ではまったく軽口が叩くことは出来なくなってしまった。
おおよそ2時間は経過しただろう。もう体力もスピードも限界に差し迫っていた。
「も、うい……いだろ。無……理……だ」
己の限界と相談した結果、弱音を吐いてしまう。
大体、これだけもったほうが上出来な話だ。いつもであれば、この半分も持たなかったはずだ。自分でもそれぐらいは解る。
言い訳などではない。本当に頑張った上での諦めなんだ。ヴェルトも納得してくれるだろう。だから、もう……無理だ。
――ふと、無理だと諦めようとした時にヴェルトの最後の言葉が浮かぶ。
そう『期待してる』という言葉が。
あの言葉は勇者の末裔ではなく、俺に対してくれたのだろう。俺に対して『期待してくれた』のだ。
そんなことは初めてだ。
俺は俺だ。だが、周りからするとそれ以前に俺は『勇者の末裔』だった。
だから、俺に期待なんてするヤツは居なかったはずだ。
でもアイツはしてくれた。俺に期待してくれた。
だったら不格好でも何でもいいから限界まで悪足掻きしてやるッ!
それこそが期待に応えるってことだろうがッ!
決意を胸に秘め、足に力を込める。
「ッ!?」
足に力を込めるが身体は正直で力が入らない。スピードもさして上がらない。
やはり限界が近いのは確かだ。
くそッ! どうにかして……。
何か案がないかと考えた時に思い出す。この魔法を避けた時のことを。
確かにこの魔法は追尾機能を備えていて避けても再び追ってくる。だが、避けられた後に再度追尾するには一度止まってから反対方向へと転向する必要がある。それにより、時間を少し稼げる。
それから、逃げるではなく避けるのにはスピードも持久的に必要とならず、瞬間的にさえあれば事足りる。
「ふぅ」
一呼吸つき、足を止め振り返る。
「ッ!?」
振り返ると炎は眼前にまで迫っていた。
やはり、相対すると迫力が違う。だが、負けてはいられない。
俺はヴェルトの期待に応え、期待を越えてやるんだ。
「うおぉぉぉぉッ!!」
気合いを声として発しながら力いっぱいに横へ避ける。
「ブォッ!」
耳元で炎が直進していく音を捉えた。
どうやら避けることが出来たようだ。炎は真横を通過した。
「ふぅ」
一呼吸つき、集中力を高める。
まだ一度避けただけだ。これから、何度だって避けなければならない。
だったら避けてやる。諦めてなんてやらない。
何度目かも解らないがずっと避け続けている。
集中力はかなり高い状態を維持していて俺と炎しか認識していない。
何度か避けているうちに炎のスピードが徐々に上がっていくが、それ以上に俺の瞬間的なスピードが上がっていく。
昨日の俺が今の俺を目の当たりすると別人だと思うくらいにスピードが出ている。
また、炎が目前へと迫った。俺は必死に動き避ける。
そして、炎は横を通過して消えた。
何故、炎が消えたのか解らないが、炎が消えたことで集中も途切れて疲れを身体に感じる。
かなり疲れていたためか身体から力が抜けてドカッと腰を下ろす。
「思っていたよりもかなり良かったぞ」
いつの間にか現れたヴェルトが声を掛けてきた。
「ハァ、ハァ……あぁ、俺も、そ、う思うよ……ハァ、ハァ」
俺は満身創痍ながらもなんとか返答する。身体が限界を突破してしまったからな。余裕がないんだよ。
あと俺自身、こんなにまでいける何て思ってなかった。
まぁ、なんだその。ここまで頑張れたのはヴェルトが俺に期待してくれたからという要因は大きいかもな。
――ん?
でも頑張って尚且つ秘められた才能を開花させたのは俺自身だし、良く考えると俺のおかげだ。うん、やっぱり俺ってすごいな。
「まぁ良く考えれば俺だから当然か」
思ったことを口にする。
ヴェルトが俺の凄さを理解出来ていないかもしれないので捕捉として言ったのだ。
色々と勘違いしているのは傍から見ていると可哀想だからな。ちゃんと理解してもらわないとな。
「……はぁ」
「うん? なんだ溜め息なんか吐いて。もしや、俺にすぐ実力を抜かれることを気にしているのか?」
ヴェルトは嘆息した。
俺の偉大な程までの凄さにヴェルトは自身の小ささと比べ落胆したのかもしれない。
理解してもらえたなら嬉しい。だが、ここまで凹むとは予想していなかったな。
仕方ない。俺のせいで凹んだのなら俺がフォローしてやろう。
「まぁ、それは……なんだ……その……し、仕方ないことなんだから気にやむなよ」
相変わらず俺のフォローは完璧としかいいようのないくらいの出来栄えだ。
自分のことが自分で怖くなる。この感覚は才能ある俺にしか解らないのかもしれないな。
「ふん、まぁ良いだろう」
どうやらヴェルトは立ち直ったようだ。これも完璧な俺のフォローのおかげだろう。
「それよりも次の訓練に移るぞ」
「えぇー今日はもう終わりじゃないのかよ」
「そんな訳はないだろう」
「へいへい、解りましたよー」
「まぁ、次の訓練はとりあえず測定をメインとするつもりだから、大丈夫だろう」
「ふーん、で何の測定?」
測定と聞いて嫌な予感がする。当たらなければいいが。
「それは魔力と属性の測定だ」
どうやら俺の予感が的中したようだ。