夜の執務室 --<魔王>--
窓からは月の光が差し込み、部屋を照らす。それは、薄暗い光であったが、文字が読める程度には明るかったため、仕事をするぐらいであればさして問題のない環境であった。むしろ、暗いが一人静かに仕事ができるため、はかどるくらいだ。
羊皮紙を手に取り、内容を読んでいく。そして、ひとつの羊皮紙に目を通し採決をして、また新たな羊皮紙を手に取り内容を確認していく。
採決を行った羊皮紙は山のように積み重なり、自身の伸長をも凌ぐほどとなっていた。
だが、新たに手に取り採決する必要のある羊皮紙の山は前述した山をも凌ぐほどの高さがあり、尚且つ山もひとつではなく、複数ある。
日々、ある程度の量をこなしてこの山を片づけていくのだが、少し休暇を取ると山が数個出来てしまう。これには最初は挫けそうになったが、なんとか精神を振り絞り、日々こなしていった。尚、今ではこれは自分の仕事として捉えているため、それほどの苦痛は感じられない。
「コンコン」
そして、またひとつの羊皮紙を片づけたところで、ドアからノックがした。
キリも良かったので部屋に招き入れることとする。
「入れ」
「失礼します」
部屋に入ることを促すとエミリーが入ってきた。
背は女性にしても少し小柄で髪は綺麗な茶髪。髪型は腰に届くであろうほどのロングで、顔立ちは綺麗と言うよりも幼く可愛らしい。そして、服装はメイド服。そうエミリーはメイドであり、尚且つ俺の専属のメイドである。
「こんな時間にどうしたのだ?」
俺は本来であれば、寝ているはずのエミリーに対して質問をした。本日の職務については終わりだと告げたはずなのだ。
「そ・れ・は・私のセリフッ!!」
「ぐッ!」
目はほとばしる程に怒りの熱を宿していた。
見た目が幼く可愛らしい。そんなことは一切、今の形容には当てはまらない。むしろ恐怖の化身といったほうが適切ではないかと思える。
「失礼なこと考えたでしょッ!!」
「いや、考えていないぞ!」
何て鋭いメイドだ。このメイドはまさしく鬼のメイドであろう。
「また――」
「それより、こんな時間に何用でここに来たんだ?」
この話を続けても墓穴を掘るばかりであろうことは目に見えていたので話を戻しにかかる。
そう何故、こんな夜中の2時という時間に尋ねに来たのかを聞かねばならない。
「むッ! まぁいいけど。それよりもヴェルトは何でこんな時間まで仕事してるのよ!」
エミリーは俺と幼馴染であるため、魔王である俺のことを呼び捨てにする。ちなみにだが、俺は昔からエミリーには頭が上がらない。エミリーは俺の天敵だ。
こんな時間……俺が言った言葉をそのまま、投げ返された。
それよりもここは上手い言い訳を考えなければ後がなくなる。
「そ、それはだな」
「そ・れ・は?」
何て威圧感だ。現魔王である俺をも遥かに凌ぐ威圧感。
この場にいるものが俺でなければ、すでに即死していただろう。
「……そ・れ・は?」
また、現実逃避している間に怒りのボルテージが上がってしまったようだ。
このままではまずい。
ここは正直に言おう。
「ここ最近溜っていた執務について夜のうちに片づけてしまおうと仕事をしていたのだ」
「いつも、いつも無理はするなっていってるだろうでしょうがッ!! ヴェルトはそのまま朝まで寝ないで仕事やってまた明日も同じことしてっていうループをしてるでしょッ!!」
「だが――」
「言い訳はしないッ! もう今日は寝るの! 解ったッ!」
「あ、あぁ、解った」
やむなく俺は白旗を上げた。
「それよりも何でこんなに仕事が溜ったの? いつもならこんなことになる前に問題なく片づけていたでしょ?」
「それは出来れば言いたくないのだが」
「そ・れ・は?」
「……勇者との決闘が待ち遠しくて仕事が手に付かなかったのだ」
出来れば言いたくなかったが、エミリーに対して嘘はつけなさそうなので正直に告げることとした。
エミリーはポカンとした顔を作った後に、笑いだした。
「ぷッ! あははははははは! ヴェ……ヴェルトってば、いつまでたっても子供のままだったのね! ぷぷッ! あぁーお腹痛いッ!」
俺が予想した通りにエミリーは大爆笑をする。だから俺は言いたくなかったのだ。
「でもヴェルトらしいね」
「俺はいつもそこまでバカではない」
「バカなんかじゃないよ。いつまでも子供な部分があるだけだよ」
「……どうしてもバカにされているようにしか聞こえんのだが?」
「まぁ解んなかったらいいよ。それよりもその勇者との対決があまりにも期待はずれだったって話は本当なの?」
バカにされていることに対しては水に流して、今日のグレイとの決闘のことを思い出す。
「はぁ」
すると、ため息を思わずついてしまった。
「その様子だと当たりみたいね。それじゃ勇者を鍛えて再決闘をするっていう話も本当なの?」
「あぁ本当だ」
「そうかぁ。やっぱりヴェルトはヴェルトだね」
「うむ、俺は俺だが? 何だいきなり?」
「ううん、なんでもなーい」
そう言ったエミリーはほくそ笑んだ。本当によくわからんヤツだ。
「そういえば、鍛えるにあたってその勇者は期待ありそうなの?」
「今のままではその辺の子供の魔族にでも負ける弱さだ」
「……まぁ、残念ね」
エミリーはすごく残念そうな目で言った。確かに子供に負ける大人なんて期待できはしない。だからエミリーの思いとしては当然だろう。
「まぁ、現状が酷いとは言え、力の一端である部分を垣間見た俺はある程度は期待出来ると思うのだがな。それに何て言ったって俺が鍛えるのだから、ある程度期待は出来るだろう」
「うん、確かにそうだね。ヴェルトが鍛えるなら少しは期待出来るかも」
「うむ、明日からビシバシ鍛えてやる」
エミリーの中では皆無の可能性から少し期待出来る程度にまで俺が鍛えるという理由により納得したようだ。
「あッ! それよりもヴェルト! 明日も勇者鍛えたりするんでしょ! なら尚更、今日はもう寝るんだよッ! 寝なかったら怒るからねッ!」
「うむ、わかった」
俺は観念して今日は寝ることとする。
まぁ今は2時だから、3時には起きて仕事をしよう。
「もちろん、1時間仮眠したから何て言い訳は通じないから覚悟しておいてねッ!」
「う、うむ」
どうやらこちらの行動は既に予測済みであるようだ。
ここは観念するしかないだろう。
「まったく、その様子なら、本当は仮眠してと考えていたんでしょ! ダメだからね!」
「あぁ、解った」
本当にすべて筒抜けなようだ。
「じゃちゃんと寝るんだよ! オヤスミ」
「あぁ、オヤスミ」
エミリーはお休みの挨拶を告げて出ていく。
そして、俺も寝室へ向かうべく、執務室を出て廊下を歩いていく。